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【報告】〈哲学×デザイン〉プロジェクト6: 「哲学のビジネス化」

2017.10.19 梶谷真司, 佐藤麻貴

10月15日、<哲学×デザイン>の第6回目のイベントとして「哲学のビジネス化」が開かれた。「哲学が思考の革新である限り、それは社会のいたるところで大きな可能性を秘めているはずだ。哲学とビジネス―この一見無縁なものの出会いから何が生まれるのか」という主題のもと、4名のゲストスピーカーをお招きしての会であった。

秋雨がぱらつく肌寒い中、当日は70名近い方がお見えになり、ゲストスピーカーのお話に耳を傾けた。今回は、参加者に教室準備していただき、受付さえしない、司会すらいなく、子供たちがかくれんぼする中、梶谷先生も写真撮影係、ゲストに司会進行役を任せるという異例の事態の中、会は終始、楽しく、また白熱した議論が展開された。

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まずは、2017年5月に設立されたクロス・フィロソフィーズ(株)代表取締役の吉田幸司氏のお話から始まる。インテリアとしての仏像を売る会社のお手伝いをした事例が紹介された。一般的なコンサルとは異なり、哲学対話による意識調査、問い出しと問いを深めることにより問題を共に考えていく、矛盾はそのまま提示し、批判的思考でリスクを回避していくこと。またその際には哲学を基盤とした学術リサーチも行われることから、哲学と実社会の媒介として、哲学のビジネス化の意義なども紹介された。また、哲学のビジネス化は、現実に肉薄したビジネスと絡むことにより、哲学にリアリティを奪取する、哲学のリアリティの回復への一つの方向性ではないかとも示唆された。

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次に、哲学対話・探究ラボSCiPメンバーの堀越耀介氏のお話。哲学対話とは何かという説明から、哲学対話・探究ラボSCiPの実施している新しい哲学対話の可能性について話して下さった。哲学対話の利点としては、普段は話さないことを話す哲学対話を通して、日常のコミュニケーションが改善する点、考える力、問う力が養成されることが挙げられ、社員研修や商品開発、マーケティングなどと相性が良いのではないかとのことであった。参加者からは、経営哲学との接続について質問があった。また、企業内では組織に属する個人の関係性の構築に欠けているため、哲学対話をする意義が高いのではないか、との指摘もあった。これを受けて、企業、学校は「権威、知識、規範に頼って自分で自由に考えない」ことを推奨しており、哲学は、その反対を目指しているということで、哲学はある種の人々からは危険視さえされるのだとの指摘もあった。

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次に、上智大学哲学徒の岡田基生氏から、クロス・フィロソフィーズ(株)で経験された仕事から、哲学者と企業の協力を通して、哲学研究者に何がもたらされるのか、についてお話があった。先の、仏像をインテリアとして販売する会社の仕事を通して、哲学徒にとっては、学際的視点が養成されることを指摘され、ライフスタイル・デザインを提言できる利点などを挙げられた。これに対し、参加者からは、哲学とブランディングの接続性は良いのではないかとの意見が出た。

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最後に、日本デジタルゲーム学会理事、「人工知能のための哲学塾」を主宰されている三宅陽一郎氏からのお話があった。三宅氏は日頃はゲームデベロッパーであるが、西洋哲学から東洋哲学へ関心を移しつつ、ゲームのキャラクターにAIを付加することを通して、どのようにゲームのキャラに意思を持たせるか?ということを研究されている。認知がどのように理解されているのかを、主体と客体という二元論的なインプット―アウトプットの関係性から、その主客の関係が曖昧な環世界モデル(インプット―アウトプット関係が二重性を持つ)へと話を展開し、物質という一層構造の時間の流れに対し、知覚という多重構造の時間(物理情報→反射→抽象化による理解)の中で、インプットされた情報がどのように再構築されるのか説明された。抽象化するとは、世界を分節化して理解すること(Leibnizの普遍記号論の発展→ブール→ラッセル・ホワイトヘッド)、すなわち垂直的に物事を分けて理解することだが、東洋哲学においては、物事を分けない水平的な知能感があると指摘し、物事を分離させない混沌的な状況を人工知能自体に与えることにより、煩悩的なもの(身体・欲求)を与えることができるのではないか?と説明された。谷淳の「人工知能に主観を与えるには、客観から主観を作り出しているという、主客混沌の状態こそが意識の源泉ではないか」という仮説に触れ、アリストテレス・デカルト的な原因⇔結果の関係性から華厳モデルへの変換こそが、AIに主観を持たせることの可能性を生み出すのではないかと指摘された。(三宅氏の発表資料はここからダウンロードできます。

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参加者とのディスカッションにおいては、「哲学を実験できるのがAIではないか」との指摘に対し、客観的に外から与えた物理的身体に対し、空間も時間も連続している中で、身体からのフィードバックをどこまで意思決定レルム(realm)まで落とせるのかというのが、課題であると返答された。すなわち、所与の状態として与えたフレーム(frame)が、どれだけオープンになりうるかというのが今後の課題であり、例えば、現在のゲーム世界における格闘技だけのフレームであれば学習が可能であるが、フレームを超えると途端に、細部を緻密に設定することが必要となり、何を学習すれば良いのか、AI自体も分からくなるという点を指摘された。また、華厳モデルをどのように応用しようとされているのか?との質問に対しては、モノとのインターアクションにおいてxyz座標軸で条件を与えている現状から、五感レイヤーのようなものを作り、AIが世界から抽象化した知識表現をどう解釈するのかというのを、五感レイヤーからのシグナル(ある閾値を超えると反応するなど)により、自らが判断できるようにすることが、第一段階ではないか、と応答された。

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休憩後、哲学とビジネスの可能性について全体ディスカッションを行った。哲学とは共に考えるツールであり、クライアント=お客様という考え方ではダメで、いかにパートナーとして共に悩み、共に考えるか。また自論を正当化するために哲学を用いるのではなく、対話というツールを通して共に考えていく姿勢を貫くというのが哲学的ビジネスではないか、との指摘があった。例えば、日本人はコンセプトを作る力が無いと指摘されるが、何をやっているか語れるようにならないといけない人(例えば芸術家や経営者)に、理論武装させるためではない哲学で、本人が考えていくための力を共に助けて考えていけることが重要で、哲学そのものが変化していくことも大切ではないかとの指摘もあった。また、そうは言っても、哲学はあくまでも「考え方としての考え方」であり「足場を提供するのが哲学」であり、哲学のコンテンツも重要だが、哲学のプロセスの方がビジネスになるのではないか?との指摘もあった。最後に、そもそも哲学としてビジネスができるほどの人材が哲学出身者に少ないという指摘があり、哲学には可能性があるものの、現実は厳しく、様々な哲学関係者で今後も、こうしたトレンドを盛り上げていこうということで、会は予定時間を大幅に超えて、盛会の内に終了した。

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