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【報告】映像上映&トーク「ヤングムスリムの窓/哲学対話」

2024.04.09 梶谷真司, 宮田晃碩, 山田理絵

 2024年3月26日(火)17:00-21:00、東京大学駒場キャンパス(18号館コラボレーションルーム2)とZoom配信にて、映像上映&トーク「ヤングムスリムの窓/哲学対話」が開催された。

 このイベントでは「ヤングムスリムの窓:芸術と学問のクロストーク Young Muslim's Eyes: Crosswork between Arts and Studies」プロジェクトのメンバーが制作した映像を視聴し、参加者が思ったことや疑問を哲学対話の形式によって共有した。
「ヤングムスリムの窓」とは、このイベントに登壇してくださった澤崎賢一さん(総合地球環境学研究所、アーティスト/映像作家)、阿毛香絵さん(京都大学、人類学者)、野中葉さん(慶應義塾大学、イスラーム/ジェンダー)の3名が共同で企画したプロジェクトである。日本で生活する20代を中心とした若年層のムスリムの生活や活動に焦点をあて、企画を立ち上げた3名とともにヤングムスリム本人たちが活動の主体として参加し、調査研究や映像の作成を行なっている。

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 イベントは2部構成で、前半ではヤングムスリムのアフメド・アリアンさん(株式会社Rhetica CEO/早稲田大学 国際教養学部 学生)、ユヌス・エルトゥルールさん(社会人)、長谷川護さん(慶應義塾大学 総合政策学部 学生)が制作した映像を視聴した後に対話を行った。
 アリアンさんはコンサルタント会社を経営されている。パキスタンにルーツを持ち、日本で暮らすムスリム2世で、コーランを全て暗誦しているという。イスラム教に大きな影響を受けてきた一方で、アメリカ流の大学教育も受けており、哲学研究者としての一面も持つ。こうした活動と並行して「ヤングムスリムの窓」のプロジェクトに参加し動画制作を中心としたアート活動にも取り組んでいる。
 このようにアリアンさんは、経営、学問、芸術という3つの分野に関わる活動をされているが、これらは、互いに遠い切り離された領域であるように感じてきたという。アリアンさんは、これら3つの領域を1つとして考えたい、そういう思いを追求して映像を作成したと語った。また、この活動自体がムスリムの一人としての宗教実践になったとも語った。映像には「怒り」や「What is capitalism?」といった言葉がたびたび登場した。アリアンさんは、これまでに様々な社会階層の人々と出会い、生活の違いを目の当たりにして、現代社会で構造的にもたらされている不条理さについて怒りや疑問を感じてきたそうで、そのような思いも映像に込めたと語った。

 続いて視聴したのは、企業で働く社会人4年目のエルトゥルールさんの映像だ。上映が始まるとウェブ上や街中で耳にするメロディが流れてきた。彼の映像はいわゆるYouTuberの動画調で、ムスリムの人たちの普段の生活やイスラム教徒ならではの「あるある」な出来事を「ムスリムミーム」を使って紹介していくというものであった。元々、エルトゥルールさんは野中さんの研究室に所属していたという。その頃から自主的な動画制作も行なっていて、その趣味の延長とも言えるかたちで、ムスリムミームを使っておもしろ動画を撮ろうと考えたそうだ。
 エルトゥルールさんのお父さんはトルコ人、お母さんは日本人で、生まれた時から日本で日本語を母語として生活してきた。彼は、小中高大学と進んでいったが、特に学校では同世代のムスリムとほとんど出会うことはなく、宗教的には孤独な環境にいたという。地元の岡山にはモスクがあり、ヤングムスリムの人たちもいるが、人数は少ない。こうした環境で過ごしているとご自身のアイデンティティについて不安になることもあったそうだ。エルトゥルールさんが、YouTubeやSNSで簡単に見られるという意味で「ハードルの低い」映像作成にチャレンジした背景には、このような過去の経験がある。もしも過去の自分が、いま自分が作ったようなおもしろ系の動画を見たら…きっと安心できるのではないかと考えたそうだ。このような経緯で(批判があるかもしれないが)わかりやすい動画を作成して発信することを重視していると語った。

 前半の最後に、大学生の長谷川さんの映像を視聴した。彼は日本で生まれ育ち、2020年にイスラム教に改宗したという。映像では、長谷川さんが改宗をするときの儀式やメッカへの訪問、さらに長谷川さんが生まれ育った家や地域の様子などが映し出され、ご自身がイスラム教に改宗した前後の経緯がまとめられていた。
 長谷川さんは、ムスリムではない家庭に生まれ育ち、いわゆる日本で一般的な道徳観や宗教観のもとに生活してきたと語った。例えばそれは、年長者を大切にしなさいといった儒教的な考え方であったり、地域の神社へのお参り、あるいは地元のお祭りに参加したり、ということである。同時に海外から日本に来た人々やその人たちの生活や価値観に触れる機会もあったという。ご実家は銭湯を営んでおり、家の付近には観光客が訪れることが多く、またご実家に海外から日本への留学生が滞在することもあったそうだ。長谷川さんによれば、生まれてから日本で生活してきたことと、2020年にイスラム教に改宗したことは相反する事柄ではなく、ある種の連続性や必然性のようなものを感じてきたとおっしゃった。したがって、<日本文化とイスラム文化は相入れない>というような考え方には疑問を感じるという。長谷川さんの映像では、ご自身の生い立ちからイスラム教への改宗の様子を映し出すことで、イスラム教に改宗することそれ自体を記録するとともに、長谷川さんの感じているある種の連続性を表現しているとのことであった。

 後半では澤崎さんと阿毛さんが制作した映像を視聴した。それぞれの映像では、アリアンさん、エルトゥルールさん、長谷川さんが映像を作成している様子や、それを一般に公開している様子、あるいは、彼らの家族や友人など周りの方へのインタビューの様子などが撮影されていた。
 動画を視聴した後に哲学対話が行われた。梶谷センター長が行う哲学対話では、通常、対話のはじめに参加者から「問い」を集める「問いだし」の時間があるが、今回は時間の関係で問いだしの時間が取られなかった。その影響もあってか、哲学対話の時間には、対話的に問いや答えが広がっていく時もあれば、登壇者と参加者との間の質疑応答的なやり取りが行われることもあった。以下では対話の時間にあがったいくつかの話題を紹介したい。
 はじめに、「差別の経験はありますか」という質問があった。アリアンさんは幼少期にいじめの経験があることを語った。2020年に改宗した長谷川さんは、コロナ禍の時期に改宗したこともあってか自分を理解してくれる人としか付き合わなかったので差別された経験はないと語った。また、参加者でムスリムではない方からいじめを受けた経験が語られた。
 続いて「ヤングムスリム」というタイトルに興味を持ってきたという参加者は、登壇者に向けて「ムスリムとして世代間の格差を感じることはありますか」と問いかけた。この質問に対して、エルトゥルールさんは世代間格差を感じると答えた。彼のように、日本で生活するムスリムの家庭に生まれ育った2世の人たちは、親世代のムスリムとは異なる環境で成長、生活している場合が多々ある。したがって、非イスラム教圏である日本でいかに生活していくか、ムスリムとしての生活を発信していく場合どの面をどのように発信していくかといった点で、20代を中心としたヤングムスリムとその親世代では差異が出てくると示唆された。また、ムスリム2世の場合、イスラム教からドロップアウトしてしまう人も一定数いるそうだ。このような人たちを見ていくと、親との関係がうまくいかない人、モスクを自分の居場所だと思えない人などがいるとも語った。
 さらに「映像を作って工夫していたこと、苦しかったことは?」という質問があった。アリアンさんは、映像を制作し始めた当初、誤解されないようにと考えていたというが、だんだんと誤解されることは避けられないのではないかと考えるようになったという。誤解されようと思ったことで、それが解放につながったと語った。エルトゥルールさんは、自分が制作した映像を本当に「みて欲しい人」になかなかリーチできないこと、について考えてきたという。エルトゥルールさんが本当にみて欲しい人とは、彼の周りにもいるような、イスラム教に関心がない人、どうでもいいと思っている人であるという。

 イベントで視聴したアリアンさん、エルトゥルールさん、長谷川さん、澤崎さん、そして阿毛さんの映像には、しばしばお互いが撮られる主体として映像に映し出されていた。それぞれが撮る主体であると同時に、撮られる主体でもあるという関係性、「ヤングムスリムの窓」プロジェクトにおける視点の複数性がこの映像の特徴である。また、このプロジェクトに参加する人々が、プロジェクトの関わりを通じて変化してきたということももう一つの特徴である。例えば、長谷川さんは、このプロジェクトに参加してから、博士課程に進学することを検討しているという。
 梶谷センター長から澤崎さんに対して、映像を撮ることは対象を変えてしまう可能性があるが、映像を撮ることと対象を変えることについてどう考えるかという問いかけがあった。これに対して澤崎さんは、ご自身が観察映画というジャンルの映画を撮影されてきた経験について話をされた後、今回の「ヤングムスリムの窓」プロジェクトにおける大前提は、ムスリム本人たちが撮ることであると述べた。澤崎さんたちがこのプロジェクトを始められた当初、対象を変えてしまおうという意図は当初は全くなかったが、プロジェクトが進むにつれて偶然にそういう流れが偶然に作られていったということだ。

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イベント当日の様子。このようなイベントの様子も記録としてとりためているとのことで、イベント中もお互いにカメラを向けて撮影をされていた。


 ヤングムスリムとして登壇されたラフマン・ヌール瑠美花さん(東京大学HIS修士課程)は、ムスリム2世として育ったご自身の葛藤を語った。彼女はパキスタンにルーツを持つが、日本にいてもマイノリティであるし、パキスタンに行くと中国の人だと言われた経験があるという。ラフマンさんのご家族は、モスクに行かないムスリムであり、また、住んでいるところの近くにモスクもない環境で育ったという。そんな中、自分の居場所や自分が何者なのかがわからなくなることがあったという。自分と同じような経験をしたことがあったのか、そういう時にどう言うふうに向き合ってきたのか、ということを他の登壇者や参加者に問いかけた。
 ラフマンさんの問いかけに関連して、最後に阿毛さんの発言を紹介したい。阿毛さんは、生きづらさの解消のひとつのツールとして映像を使ってみることの可能性について示唆された。イスラム教徒は世界に20億人いると言われているが、イスラム教徒の2世3世として生まれても、イスラムの文化圏で生きていない人も沢山おり、そういった場合に自分自身のアイデンティティの問題に直面する場合もあるだろう。そしてそれは、ムスリムだけが直面する問題ではなく、自分のアイデンティティを上手に消化できない人は、ムスリムに限らず、世の中にたくさんいるのではないかと述べた。阿毛さんは、そうした生きづらさの解消において映像を撮ることが役立つのではないかと論じられた。

 哲学対話では「問いだし」の時間がなかったと書いたが、第2部の哲学対話の時間では、slidoというツールを使って参加者同士の「問い」を書き込み共有する時間が設けられた。「アイデンティティとはなんなのか」、「中庸とはどういうことか」、「何かを願う時、何に対して想っているのか。」、「宗教でないと得られない一体感はあるか?それはどんなものか?」といった問いや、映像に対する感想が寄せられた。ヤングムスリムについて知り、ヤングムスリムについての質問をするということにとどまらず、より一般的で誰にでも関係するような問いをそれぞれが考え、また持ち帰れる時間となったと思う。

 登壇者と参加者の皆さまに改めてお礼を申し上げます。(報告:山田理絵)

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