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【報告】ダンスと身体1「身体と知覚―ダンスの身体から―」

2012.11.12 内藤久義

 2012年10月27日、駒場キャンパス・コミュニケーションプラザで、 山田せつ子氏の講演とワークショップが開催された。

 〈踊り〉という、おそらく人類最古の身体芸能は、現代ではさまざまなメソッドを持つ。西洋を起点とするダンスを例にあげると、確立されたダンス(クラシック・モダンバレエ、ジャズダンス、モダンダンス等)の稽古場には大きな鏡が置かれている。ダンサーたちは自身の身体を鏡に映し、その鏡像(逆向きに映った自分の身体)を視覚から認識し、導入された情報によって身体をメソッドへと整合し踊るというトレーニングを行う。

 しかし、コンテンポラリーダンサー山田せつ子氏のダンスとは、視覚情報とは異なる認知から身体を知覚している気がする。視力を失った目は別の感覚野でモノを捉え知覚するという。視力を失った視野内は「闇(blind)」であるが、他の感覚器官においては「明度(bright)」を感じている。空間を認識し、身体の距離がはかられ、自分の手・足の隅々を知覚する。山田氏のダンスは視覚では捉えきれない、視力を失った人に近い感覚において踊られているのではないか。まるでジャック・デリダが述べる『盲者の記憶』のように。

 2012年10月27日、東京大学駒場キャンパス身体運動実習室に山田せつ子氏を招き、「身体とダンス」シリーズの第一回目、「身体と知覚―ダンスの身体から―」の講演とワークショップが始まった。ダンサーは踊るという行為において身体をどのように知覚しているのかという問いに対して、山田氏にレクチャーとワークショップで答えていただくという趣旨である。この「身体とダンス」シリーズは、聴衆者も一緒にワークショップに参加し、体を動かし身体について知るという要素が盛りこまれている。
 
 山田せつ子氏は舞踏出身のコンテンポラリーダンサーである。演劇専攻の大学生の時に舞踏家笠井叡氏が主宰する天使館に入館し、9年間稽古を続ける。笠井氏の渡独後、ソロ公演を行いながら、1983年のフランス・アヴィニヨン国際演劇祭に招待参加しそのダンスが絶賛される。以後、国内外で多くの公演・振り付け、また美術家・音楽家とのコラボレーションを行ってきた。89年にはダンスカンパニー・枇杷系を立ち上げ、また京都造形芸術大学映像・舞台芸術学科教授として多くのダンサー、コレオグラファーを育成した。ダンサー・指導者・振り付け家いう多様な側面から、ダンスにおける身体と知覚の講演会とワークショップが開始された。

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 第一部の講演では、山田氏が舞踏と出会う1960年代末から70年初頭の日本の状況から話は始まる。70年安保、沖縄返還闘争などの学生運動への参加、デモの衝撃で失われた知覚、そんな時に『現代詩手帖』に書かれた笠井叡氏の天使館募集の記事が目にふれる。ほとんどダンス経験のない若者たちの集まりだった天使館では、即興性を中心とするトレーニング、また太極拳・合気道・中国武術から、自身の身体を知覚する訓練が行われたと述べる。

 さらに講演ではダンスの映像を観ながら、作品づくりについて語られる。山田氏は作品を作り上げていく際に、既存のダンスコードを排除し、〈身振り〉から作品を創造していくという。近代のダンスにおいて、〈うれしい・たのしい・かなしい〉等の感情を類型化しムーブメントとして表現したマーサ・グラハム、それを逆転して使用したピナ・バウシュがいる。これら著名なダンサーの創出したダンスコードとは異なる身体の方法論、「身振りを抽象化する」という概念を山田氏は作品づくりに取り入れた。

 振り付けにおいては、「秘密を持てないダンサーは面白くない」、ダンサーの身体と言葉が出会い、「秘密」を持って踊れるダンサーは魅力的である。そんなダンサーに出会いたくて山田氏は振り付けを行うのだと語った。

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 第二部では、講演会場のイスやテーブルを片付け、聴衆者が全員参加してワークショップが行われた。まず、聴衆者が二手に別れて7メートルほどの距離で向き合う。片方がゆっくりと近づき、もう片方の人が近づいてくる人に対して嫌悪感を感じる距離になると手をあげ停止してもらう。すると人によって嫌悪の感情を知覚する距離が異なることが分かってくる。さらにペアを組んでその相手と抱擁をする。初めて相対する人と抱擁を行ううちに〈感情〉が生じてくる。それは人によって異なり、愛情に近いものを感じる人もいれば戸惑いを憶える人もいる。次に抱擁した相手からじょじょに身体を離していく。抱擁は解かれるがお互いの指先だけが触れあっている。大きな身体の接触から小さな身体へと感覚は変化しながら、その指先は微細な相手の感情を知覚する。その後、聴衆者同士のパフォーマンス、山田氏と聴衆者のパフォーマンスが展開され拍手が沸いた。

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 非常に密度の濃い講演とワークショップが行われた3時間であったが、とくに印象に残ったのが「秘密」いう言葉であった。「秘密を持てないダンサーは面白くない」と山田氏は述べた。ダンサーの持つ秘密とは、ダンスコードの中に隠されたボギャブラリーではなく、身体を知覚する感覚野をいくつも持っているということではないだろうか。ダンサーは身体で踊る。しかし、身体を機能させるためには身体を認知していなければならない。身体の情報を視覚から得て踊るダンサーもいれば、異なるいくつもの感覚野で捉えるダンサーもいる。多様な感覚野で自身の身体を知覚し、再生できるダンサーが「秘密」を持っているのではないだろうか。

 この秘密については、山田氏のレクチャーだけではなく、ワークショップを体験することによって、少しだけ垣間見ることができた気がした。さらに今後の「ダンスと身体」のシリーズで、解明の糸口が見えてくるのではないだろうか。
 
(報告:内藤久義)

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