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【UTCP Juventus】石垣勝

2010.09.13 石垣勝, UTCP Juventus

2010年度UTCP Juventus第19回は,中期教育プログラム「科学技術と社会」RA研究員の石垣勝が担当する.以下では,私の現行研究について,その概容を紹介したい.

私の主な研究テーマは,国家計画として推進される傾向の強かった「巨大科学」が,国際共同計画にいたるまでの外交史である.この研究の目的は,現代科学の進め方やあり方そのものと,国際政治やグローバル化との相互連関性を明らかにすることにある.その中心に据えているのは,冷戦下に米ソ両超大国の狭間でヨーロッパが進めた巨大科学の国際共同開発である.現在は,その事例として熱核融合開発をとりあげている.

核融合開発は,それが本格的にはじまった1950年代前半には,核兵器製造技術への応用可能性を払拭しきれなかったため,参入各国(米・英・ソ)ではそれぞれ国家機密とされていた.その中・後半には,IAEAやEURATOM創設など,国際的な原子力平和利用の動きが展開されたこと,また研究者らによる研究公開の声が高まったことなどを受け,各国政府は兵器開発に繋がらない「磁場閉じ込め核融合」に関する公開を認可する.また,こうした動向と並行して,IAEA主催の国際会議,国境や陣営を越えた研究所間の相互訪問などをとおし,研究者の国際的なネットワークが徐々に構築されていった.

1960年代末になると,さまざまな装置型式のなかでも「トカマク」が有望視され,国際的に主流化していくことになる.またこの頃には,経験的にスケール則(*装置の巨大化にともなう実験結果の向上)が認識されはじめ,開発参入各国は装置の大規模化を望むようになる.

1970年代には,エネルギー危機や環境運動の展開などが追い風となり,新たなクリーン・エネルギーの可能性として核融合が注目されるようになる.かくして,「国家プロジェクト」の名のもと,政府機関が核融合開発を一元的に管理・運営し,莫大な資金投入をおこなうようになる.こうして,アメリカはTFTR,日本はJT-60という巨大なトカマク建造をそれぞれ計画する.
ただし,これとほぼ同時期に構想されたJETは,EURATOM加盟のヨーロッパ12カ国による超国家的な共同計画であった.この計画では,その拠出金の大小にかかわらず,参加各国それぞれに同等の議決権が付与された.
他方,これら世界3大トカマクが完成をみた1980年代になると,研究機関・組織も超大規模化しており,その運営・管理の合理化のため「システム工学」が導入されている.

こうした動向とほぼ並行して,日米欧ソ各極の研究者,科学技術政策やエネルギー政策担当の官僚らは,さらに巨大な次段階装置を構想しはじめていた.しかし,各極それぞれが個別に同様の巨大装置を建造することの非合理性や経済的な無駄が指摘されたことから,超国家的・超地域的な計画としてそれらの統合がはかられるようになる.
こうして,まずINTOR計画が発足,日米欧ソの専門家たちは共同で,超巨大装置建造に関する技術的課題の抽出を10年間にわたり実施した.

さらに,1985年のレーガン=ゴルバチョフ会談(ジュネーヴ)における合意事項の1つとして,核融合の国際共同開発の推進が盛り込まれたことを契機に,ITER(国際熱核融合実験炉)計画が具体化されることになる.ITERの設計段階では,参加各国それぞれの議決権の公平性が確保されただけでなく,拠出金の等分出資も原則とされていた.
ともあれ,ITER計画は,日本,EU,ロシア,アメリカ,韓国,中国,インドが参加を表明する,史上類をみない超大規模な核融合開発計画となった.

ところで,私はこのITER計画の推進形式が,これまでヨーロッパが進めてきた巨大科学の国際的な共同開発計画の推進形式に類似していることを指摘し,これに「ヨーロッパ合意形成型」(あるいは「多国間合議型」)と名づけ,「超大国主導型」(あるいは「アメリカ主導型」)で推進されてきた巨大計画の推進形式との区別をはかってきた.

アメリカ主導型の国際共同開発では,アメリカ政府や議会において既に決定された計画に,諸外国を参加させるというかたちで強引に推進される傾向が強かった.つまり,「国際共同計画」と銘打たれながらも,実際にはアメリカの国家計画にたいし諸外国が周辺的な協力をさせられてきたのであり,けっきょくアメリカ中心的なのである.

ところが,現在進行中の巨大科学においては,研究規模や実験装置が超巨大化しており,超大国アメリカといえども一国主導型で計画を推進することが困難になっている.じっさい,1980年代以降,アメリカ主導型の巨大計画の多くは,相次いで無期限遅延あるいは頓挫するという事態に見舞われている.
このため私は,アメリカ主導型の国際共同事業の推進方法が斜陽傾向にあり,ヨーロッパ的な多国間合議型の進め方が,当のヨーロッパという地域的な枠組みさえも越えて広がりつつあると考えている.

以上述べたように,アメリカは,先端的・未踏的な科学技術分野の開発を一国のみ,あるいは国際共同開発においてもそれを強引に主導するかたちで推し進めてきた.東西冷戦体制のもとでは,ソ連に対するアメリカ科学の優越性をアピールしなければならなかったからである.国力と科学の先進性とが一体と見なされる以上,その覇者であることをアメリカは常に世界に向けて明示しなければならかったのである.そうして国威を発揚してきたのである.
ところが,ソ連崩壊により「仮想敵国」を失うことで,超巨大計画への支出は議会からの承認を得られなくなった.と同時に,「同盟国」からも超大国主導の強引なやり方が受け入れられなくなってもいる.眼前の「敵」を指し示すことで保たれてきた求心力が,冷戦終結により弱まったのである.

これに対し,ヨーロッパは1950年代から巨大科学の国際的な共同開発事業推進のための「新しいかたち」を模索,それを地道に実践してきた.その例として,CERN,ESO,ESA,そしてJETなどの計画が挙げられる.
その推進主体となってきたのが統合ヨーロッパを目指したEC(あるいはその後のEU)である.国力ではそれぞれがアメリカの足下にも及ばない中小国家であるが,結集することでアメリカ並み(あるいはそれ以上)の巨大事業を具体化してきた.
また,ここではさまざまな国籍の科学者や技術者が集結し,未踏の科学に立ち向かう姿が演出されてきた.誰もが目を見張るような巨大科学は,「統合ヨーロッパ」を演出する象徴としての機能も付与されているのである.

ところで,ITERをはじめとする,国家や地域という枠組みを超えた国際共同計画を成立させる大きな要因には,先端的・未到的な科学技術の先行きについての不確実性にたいする危惧や不安の国際的な共有が挙げられよう.また,国際共同開発は,開発に成功した国の権利独占に箍をかける機能を果たすことにもなる.つまり,「抜け駆け」防止策になるのである.さらに,成功がいつになるか(あるいは成功するかどうかさえ)わからない投機性の高い事業にたいし,拠出金を分担しあうことで,本来一国が負わねばならなかったはずの経済的なリスクの分散も可能になる.けっきょく,超巨大化する実験装置を,一国家が個別に建造・運営することが資金的に不可能になり,そうして辿り着いた先が国際共同開発だといえなくもない.

ただし,こうした巨大計画が国際共同事業として成立するには,それ以外にも多くの要因が考えられる.
たとえば,超国家的・超地域的な共同事業の現場においてコミュニケーションが成立するには,共通言語がなければならない.これには以前から,「国際言語」としての英語への一元化が起こっていたことはいうまでもない.
他方,ここで私がとりわけ注意を喚起したいのは,「システム工学的管理法」の導入という要因の重要性である.
TFTR,JET,JT-60といった巨大トカマク装置が登場し,研究施設が大規模化したことによって,システム工学的な管理法が導入されたことは既に述べた.実験装置や計測機器が巨大化・精密化し,それらを管理・維持するための組織の活動も複雑化した.そうした複雑性に対処するためにシステム工学が導入され,組織運営の合理化と体系化がはかられることになったのである.

そして,合理的・体系的な管理法の運用経験が積み重ねられることにより,システム工学そのものがよりいっそう合理化され体系化されることになる.そうしてシステム工学がさらに精鋭化され,複雑性に対処可能となれば,より大規模なプロジェクトの推進が可能となる.つまりシステム工学は,自己肥大化する特性をもっており,それが肥大化すれば,プロジェクトのさらなる巨大化も可能となっていく.

ところで,私の研究室の先輩にあたる佐藤靖氏は,システム工学が2重の意味で「脱人格的」だと主張する.「システム工学は,技術の営みにおいて人間の直感や主観性が果たす役割を否定する傾向があった.システム工学の理想においては,あらゆる技術的問題が文書上の記号や数式に還元され,その操作によって客観的な最適解が生成されるので,技術者が職業人生を通じて身につける暗黙知や経験的判断は排除される傾向にあったのである.また,システム工学は特定の技術者や技術コミュニティ向けの手法ではなく,有能な技術者であれば誰でも使えるものであったという点において,脱人格的であった.つまり,人間の個性や徳目とは独立して機能するように意図された手法であった.形式化・規格化された手続きが用いられ,個別の人的・社会的事情に左右されない技術プロセスが志向された.(中略)また,その脱人格的な性質ゆえ,有能な技術者は誰でもシステム工学を用いることにより同じ土俵で技術的問題を処理することができた」(佐藤靖『NASAを築いた人と技術―巨大システム開発の技術文化―』東京大学出版会,2007年,11頁).

いまやシステム工学は,世界のあらゆる地域において巨大事業を推進するための,いわばスタンダード管理法になっている.つまり,システム工学的管理法が導入された組織においては,ある個人が,同僚や関係者らと英語によるコミュニケーションができ,また,自らに与えられた作業をこなす知識と能力をもってさえいれば,その個人の国籍や所属機関といった帰属性,あるいは人種や性別,宗教や思想信条などとは無関係に,だれもが従事可能となるのである.
そして,これが国家や地域といった枠組みをも越境する巨大な国際共同計画を可能ならしむ根本的な要因ではないか,と私は考えている・・・

石垣勝

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