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【出張報告】総合文化研究科「グローバル・スタディーズ・プログラム」による渡米

2010.04.29 近藤学, イメージ研究の再構築

先月(2010年3月)末、東京大学総合文化研究科(文系)の組織的な若手研究者等海外派遣プログラム「グローバル・スタディーズ・プログラム」からの助成により、一週間ほど渡米する機会を得ました。目的はニューヨークとシカゴでの調査、また現地の研究者との学術打ち合わせです。

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【ピアポント・モーガン図書館・博物館正面入口】

ニューヨークでは現在執筆中の博士論文のため、ピアポント・モーガン図書館・博物館の特別資料室が所蔵する史料を閲覧しました。同館は1906年に実業家 J・P・モーガン(モルガン)が、自身の所有する稀覯本や素描・版画を管理するために設立し、のち24年に公共法人となったものです。中世ヨーロッパ写本や大作家の草稿、さらにモーツァルトやベートーヴェンなどが遺した自筆楽譜のコレクションで知られています(じっさい筆者が訪れたときも、数人の日本人研究者が古色蒼然たる楽譜を仔細に吟味していました)。貴重な資料を多数所蔵する機関だけに、紹介状や研究計画書を提出する、訪問日を前もって予約するなど、一定の手続が要求されます。じっさいの入室にあたって、筆記用具やコンピューターを除く所持品を預けなければならないのはもちろんのこと、石鹸で手を洗うよう指示されたのにはいささか意表をつかれました。が、いったん着席して史料が手元に届いてしまえばあとは驚くほど自由に閲覧させてくれるので(じかに手を触れることさえ許される)、しごく当然と納得した次第です。

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【ピアポント・モーガン図書館・博物館内部;貴重書閲覧室】

今回は諸事情により渡航が決まったのがかなり直前だったため、すでに予約は一杯、連日通いつめるというわけにはいかなかったものの、目当ての史料の一端に触れることはできました。画家アンリ・マティスと、その次男で、ニューヨークで長年にわたって画廊を経営したピエール・マティスとが長年にわたって交した膨大な数の書簡です。親子にしてコラボレーターであった二人のあいだのやりとりからは美術家の日々の営みが克明に浮かび上がってきます。こうした具体的な細部を同時代の社会情勢や思潮と関係づけながら理解するというのが博士論文の目標です。

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【シカゴで投宿したホテルの窓からの眺め;右下に見えている黒い建物はミース・ファン・デア・ローエ設計の郵便局】

ニューヨークで一週間ほど過ごしたのちシカゴに移動しました。同地の美術研究所で開会したばかりの特別展「Matisse: Radical Invention, 1913–1918」を見るためです。美術館訪問などというと単なる観光ではないかとお叱りを受けるかもしれません。しかし美術史家にとって、実際に研究対象=造形作品に触れることができるという意味で、展覧会は上記のような図書館での調査と同じぐらい本質的な研究活動と言えます。とりわけ今回の展覧会は筆者の博士論文の一部ときわめて近い問題関心に基づくものでした(拙論の該当部分は、昨年[2009年]11月にUTCPシンポジウム「絵画の生成論」で口頭発表させていただいています;同シンポジウムの記録文集⇒こちら)。研究者にとって、自分自身の課題と密接に関連した論文が発表されればなるべく早く入手して目を通すというのはごくあたりまえですが、それと基本的には同じです。じっさい何か意味のある発見があるまで、たった一点の作品の前にずっと立ち続けるといったことも必要になってきます。おかげで連日、閉館時間に美術館を去るころには頭も足もふらふらですが、その甲斐あって生産的な二日間を過ごすことができました。

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【シカゴ美術研究所;最近増築されたモダンアート展示部(レンツォ・ピアーノ設計)】

上記の調査と並行して、研究者数名と学術打ち合わせを行いました。若手から正教授まで職位はさまざまながら、それぞれ精力的に活躍中の方々と会い、日本での近代美術研究や筆者自身が現在勤務しているUTCPの現状や展望を説明し、今後の学術交流の可能性を検討しました。その成果として、年内にミゲル・ディバーカさん(イリノイ州レイクフォレスト・カレッジ助教)やイヴ=アラン・ボワさん(ニュージャージー州高等学術研究院教授)をお招きし、セミナーやレクチャーを開催する予定です。日本でも報じられているとおり、全体としてはきわめて困難な経済状況にあるアメリカですが、人文学界は――そのなかでも比較的マイナーな美術史でさえ――依然として他の追随を許さない勢いを保っています。上記の各種イベントを通じてその一端を紹介し、日本側からどのような応答を返していけるのかを見きわめられればと考えています。

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【シカゴの高層ビル群】

10日間と比較的短期ではありましたが、以上のように充実した研究出張を実現することができました。末筆ながら、「グローバル・スタディーズ・プログラム」との連絡係をつとめてくださった高橋英海准教授、渡航を快諾してくださったUTCP拠点リーダーの小林康夫教授、また実務面でいつものように細かくご配慮くださったUTCP事務局の立石はなさんほか、お世話になった皆さんに深く御礼を申し上げます。「グローバル・スタディーズ・プログラム」は今学年から本格的に活動をはじめ、若手研究者の海外渡航を数カ月間の単位で支援する体制を始動させています。同プログラムの今後ますますの発展を祈念します。

(近藤 学)

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