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中期教育プログラム「脳科学と倫理」セミナー(2)第9回報告

2008.01.10 └セミナー2:ガザニガを読む, 脳科学と倫理

中期教育プログラム「脳科学と倫理」の進行状況を報告します.
セミナー (2) 「ガザニガ 『脳の中の倫理』 を読む」
第8章 「脳には正確な自伝が書けない」

【報告】串田純一さん 若手研究員

本文要約
  私たちは非常に多くのことを記憶しているが、それは実際の出来事の正確でニュートラルな記録からは程遠い。私たちの脳は、多くの経験を選別し、相互に一貫性がありしかも主体になるべく有利な物語を構成するように、記憶を加工している。この「有利さ」は「有益さ」と一致することもあればそうでないこともある。否定的で不快な経験を余りに多く記憶していることは人を消極的で不適応的な状態にするだろうが、失敗事例の記憶を活用することもまた重要である。

  このように人間の記憶が高い可塑性を持っているということは、特に記憶(と言うよりむしろ記録)の正確性が重視される局面においては様々な問題を引き起こす。その代表が刑事裁判であり、不正確な証言を決定的証拠として不適切な判決が下されたことが後でわかった、という事例は数多い。記憶が改変される主な機制は、「消えやすさ、注意の欠如、拮抗的妨害、偽記憶の混入、暗示、書き換え」といったものであるが、これらは検察側・弁護側双方が誘導のために利用できるものである。そのため、証言内容となる記憶が正確なのか誤っているのかを判別する手段が強く要請されることとなり、脳科学もそれに貢献することが期待される。

  しかし残念ながら、記憶の真偽と脳状態がいかに連関しているのかに関しては、確実な知見がほとんどない(誤った記憶を想起しているときは視覚野が活性化しているという報告もあるが)。今のところは、「記憶は決して正確ではない」ということを肝に銘じておくことが唯一合理的で倫理的な態度である(このとき、脳科学は記憶の不正確性を脳機能から説明するという消極的な役割は持てるだろう:報告者追記)。

講読に際して議論された論点

  • ニューロンの発火としての短期記憶が海馬の働きを通してシナプス結合の重みづけとし
    ての長期記憶として定着される、といった記憶に関わる脳の機構についての説明が、も
    う少し本文でなされてもよかったのではないか。
  • 私たちの記憶の特性は、ヒトを進化させてきた環境に対して適応的なのであり、それは細部の正確性よりも、秩序に乏しい自然から法則性を抽出したり継起する出来事の間に物語的な筋道を通すことに適性を持っている。また文明的な段階になっても、人間の歴史は現状を正当化するために過去を改変・編集して語られるのがむしろ普通であった。記憶・記録に高い正確性を要求するというのは近現代に特有のことなのではないだろか。ヒトの生物学的な特性に必ずしも適合しないこのような社会・文明の在り方は、人間に様々な負担を強いるのであり、監視カメラや国民総背番号制のような一種の外部記憶のシステムが肥大化するのもいわば当然である。こうした事態がなぜ生じたのかを検討し、またそれがはたして望ましいと言えるのかどうかを疑っておくことも、必要であろう。
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    【レポート】ガザニガ 『脳の中の倫理』 第8章 「脳には正確な自伝が書けない」 PDF (105KB)

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