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邂逅の記録116 「未来のコミュニティを作る~教育による地方創生の“たくらみ”」

2021.09.13 梶谷真司

私が五ヶ瀬中等教育学校に関わり始めたのは2014年である。スーパーグローバルハイスクール(SGH)という国際的に活躍できる人材育成を行う高校を文科省が指定して支援する制度に、応募の段階で哲学対話が組み込まれることになった。その“黒幕”が今回お呼びした一人、NPO法人グローカルアカデミーの田阪真之介さんだ。
田阪さんはSGHの申請のさいに五ヶ瀬中等をサポートしていて、そこに哲学対話をぜひ取り入れたいということで私は依頼を受けた。彼によれば、宮崎の学校教育は、生徒が先生の期待にしっかり応えているという意味でとてもうまく行っていることが多い。しかしそのような“予定調和”をいい意味で崩さないとこれからの時代は通用しない。そのために哲学対話は大きな可能性を秘めているのではないかということだった。この時点で田阪さんは哲学対話について私から簡単な説明を聞いただけで、自分では体験していなかった。それでも五ヶ瀬中等教育学校の先生方を説得して、SGHのカリキュラムに組み込んだ。果たして申請が採択され、私と五ヶ瀬との付き合いも始まった。
そのさい学校側で中心になってSGHを主導し、私が五ヶ瀬に行くさい窓口になり、哲学対話の活用の仕方を一緒に考えてくださった教員が上水陽一さんである。他方2015年、高千穂郷・椎葉山地域が世界農業遺産(Globally Important Agricultural Heritage Systems:GIAHS)の認定を受ける。山間地域における稲作、畑作、畜産、茶などの複合的農業とそれにまつわる神楽などの伝統文化が総合的に評価された。その申請のさいに自治体職員として活躍し、その後も関連事業で中心的役割を果たしているのがもう一人の登壇者、田崎友教さんだ。
また日本でのGIAHSの審査委員として高千穂地域に関わったのが総合地球環境学研究所の阿部健一さんである。彼はそのさい五ヶ瀬中等教育学校も訪ね、ローマでのプレゼンターの一人として生徒の一人、宮嵜麻由香を指名。彼女は2016年の3月にUTCPのイベント、「ラーニングフルエイジング~超高齢社会における学びの可能性」講演会で、「地域社会における多世代交流と教育の役割」というテーマで田阪さんと登壇している。
https://utcp.c.u-tokyo.ac.jp/blog/2016/04/821/
https://utcp.c.u-tokyo.ac.jp/blog/2016/04/832/
こうしてSGHと世界農業遺産が私たち5人を結びつけた。私が8年ほど五ヶ瀬・高千穂に関わって学んだのは、地方創生にとってもっとも重要なのは、企業の誘致でも観光資源の開拓でも特産品や名物の開発でもなく、そこに住み続ける人を育てること、つまり教育だということである。しかし教育を軸に地方創生をしているところはあまり多くない。五ヶ瀬・高千穂は、そのきわめてすぐれた事例であろう。
ごく一部とはいえ、そこに哲学対話が貢献できたのは、私にとっては哲学対話のみならず哲学の可能性を大きく広げてくれた貴重な機会だった。今回、その立役者である田阪さん、田崎さん、上水さんの3人を迎え、阿部さんと私が司会役となって、五ヶ瀬・高千穂での活動についてここで私たちなりにいったん総括し、教育と地方創生について一緒に考えることになった。

まず町役場の田崎友教さんから自治体の取り組みについてお話しいただいた――2017年に自治体などで構成される世界農業遺産高千穂郷・椎葉山地域活性化協議会(通称「GIAHS協議会」)と宮崎大学と県立高千穂高校の三者からなる世界農業遺産連携協定が結ばれ、世界農業遺産を学校教育と地方創生に活用する枠組みができた。学校教育については、グローカルアカデミーの協力を得て、GIAHSアカデミーという地域と協働しつつ行う学習プログラムをスタート。そのうち注目すべき活動は、高校生たちが地元の農家の人たちに取材し、それを「高千穂郷食べる通信」という情報誌で記事にして発信すること。もう一つは、アカデミーで学んだことを小中学校や住民が集まる場で出前授業を通して伝えること。参加した人数はすでに4000人を超えている。
私はこのアカデミーのキックオフの時に呼ばれて哲学対話を行い、その後さまざまな機会に対話が行われている。またときおり地元の小中学校、五ヶ瀬中等教育学校とも連携し、200人以上の生徒たちが集まって「GIAHS中学サミット」というイベントを開催し、そこには阿部さんや私も参加した。さらにアカデミーでは外部から国内外の学生も参加するスタディツアーを実施してきた。2020年にコロナの影響で対面のイベントができなくなっても、オンラインでセミナーを行い、町村や世代を超えて延べ300人が参加したという。
このように世界農業遺産を土台として、高千穂高校、五ヶ瀬中等教育学校のほか、農業遺産に含まれる五町村の小中学校、宮崎大学、東京大学他国内外の大学、FAOや総合地球環境学研究所がつながり、様々な活動が可能になっている。このような教育を通じて自治体が目指しているのは、地元への当事者意識の醸成である。すなわち、進学や就職で一度は地域外に出ても、また戻ってきて地域の一員として地方創生に貢献する人材を育てようとしているのだという。

続いて今年の3月まで五ヶ瀬中等教育学校で10年間数学を教え、4月から宮崎県の教育庁に勤務している上水陽一さんに、五ヶ瀬でのSGHについて話していただいた。上水さん自身、五ヶ瀬高校(現在の中等教育学校の前身)の出身で、2012年に母校に戻ってまもなくSGHの運営の中心を担った。五ヶ瀬中等教育学校は県立の中高一貫校で、県内全域から生徒が来ている。SGHはほとんどが都市部の学校で、このような地方の過疎地域の学校はきわめて例外的であり、その点でも注目されている。
もともと五ヶ瀬では、今で言う総合的な探求の学習を昔から実践している。「野性味あふれる地球市民の育成」をモットーに、地域でのさまざまな体験を重視した教育から始まり、それを課題研究と結びつけ、さらに社会と連携した探求へと発展させてきた。なかでも問う力の育成に力を入れていたため、SGHでも哲学対話を重視し、生徒どうしや地域の人たちとの対話の文化を育てるのに活用してきたという。
ところで五ヶ瀬・高千穂の地域は、ローカリティがしっかりしていて、海外との交流するための資源も豊富にある。日本はとかく先端技術が注目されがちだが、実は農業に関しても伝統と技術がきわめてすぐれていて、世界農業遺産はヨーロッパ全体でも3カ国7地域なのに、日本は一国で11地域も認定されている。高千穂・椎葉山地域もその一つであり、GIAHSを土台とすることでローカルでありながら同時にグローバルな広がりも可能になる。その意味で五ヶ瀬中等教育学校は、SGHを進めていくうえで、実はきわめていい条件がそろっていると言えるし、田阪さんの協力もあって、海外との交流も盛んに行うことができている。
そして探求学習でもこうした開かれたローカリティを強く意識している。すなわち上水さんによれば、“私たちしかできない”感(当事者意識)、“私たちがやるべき”感(社会的意義)、“私たちでもできる”感(地域協働による探究活動)の三つの感覚を結びつけることこそが教育なのである。そして学校と地域とより広い社会いずれにとってもためになるいわば“三方良し”が重要で、五ヶ瀬中等ではそのバランスがとてもいいと自負しているとのことだ。
また外部の組織との連携も盛んで、総務省の政策提案コンテストに参加したり、世界農業遺産と関連して地域協働セミナーやGIAHSアカデミーの「食べる通信」の制作にも関わったりしてきた。2020年には総合地球環境学研究所の一般向けイベントであるオープンハウスにもオンラインで参加した。さらに昨年来のコロナ禍では、この逆境をむしろ好機ととらえ、オンラインの長所を生かしたハイブリッド型の教育へとシフトしている。
最後に上水さんは、スライドでオセロのゲーム盤を見せながらこうおっしゃった――高千穂は日本の“端”にある。五ヶ瀬中等教育学校は、異端児的な変わり者の学校であり、先端的な学校でもあって、だからオセロのように端から社会を変えていくことができると思っている、と。

次に田阪さんは、簡単にご自身の立場、役割について説明した。彼は学校や行政がやりたい、やらなければいけない時に間に入って調整役となり、黒子として伴走していくのが自分の役割だという。田阪さん自身、高千穂出身でもなく、高千穂ではいわばよそ者であるから、あくまでわき役として動くようにしているが、逆によそ者だからこそ、外から見た高千穂や五ヶ瀬の魅力を言語化、可視化するようにしてきた。そして外部から来た調整役として、どこか一つのところに肩入れするとうまく行かないので、誰の味方も100%はしないように心がけていたという。
そこで阿部さんから、つなげようとする積極的な意味合い、発想はどこから来るのかという質問があった。それに対して田阪さんは、むしろ課題が先にあって、それを解決するために、その手段の一つとして、人と人、組織と組織をつなげることが多いという。また個人的なモティベーションとして、一人で突破して解決するよりも、点と点をつないで目の前の課題を解決することにクリエイティヴィティを感じている。それぞれがそれぞれの立場、役割を大切にしつつ、お互いに率直に意見を言い、協力し支え合う絶妙な関係を作ることが面白いと思っているとのことだった。
また上水さんから当初からこうなることを予見していたのではないかと聞かれると、田阪さんは、五ヶ瀬中等教育学校はもともと探求的な学習をやってきていたので、そこにSGHが加われば、宮崎県で探求のトップランナーになり全国的に注目されるようになるだろう思っていたと答えていた。

休憩をはさんで、東大の学生に話してもらった。私は五ヶ瀬や高千穂に当初は個人的に関わっていたが、途中から多文化共生・統合人間学(IHS)という大学院プログラムの研修で学生たちを連れてくるようになった。そのなかでも高千穂の田原で行った謎解きイベント「河内ナゾトキ町探検」は、最大の成果と言っていい。これは地元のNPO「田原未来プロジェクト」と協働で、グローカルアカデミーのメンバーでもある茨木いずみさんと、東大の大学院生の間で2019年に企画され実現した。東大からは演劇を専門とする田辺裕子と哲学を専門とする宮田晃碩君が参加し、その後は地元の高校生が中心になって企画し、クラウドファンディングを活用して続けている。田辺さんと宮田君にとってもいろんな発見に満ちた経験だっただけでなく、このイベントを通して地元の人どうし、外から来た人の間で対話が生まれ、地域を新たな目で見るようになっていたことが印象的だったという。

そのあとはチャットに書き込まれたことから質疑応答を行った。

まず、田崎さんのように行政職員が学校に入るさい、また田阪さんのように民間の組織が学校や行政と関わるさい、軋轢はなかったのかという質問があった。田崎さんによれば、もともとGIAHS協議会があって行政と学校が協力する枠組みができていて、高千穂高校を自治体として支援することが決まっていたので、軋轢といえるようなものはなかった。田阪さんのほうは、行政は行政の正義が、民間は民間の正義、学校には学校の正義があるので、自分としてはそれを第三者の立場から説明、代弁するようにしたとおっしゃった。だから学校に何か提案する時も、学校として受け入れやすい枠組みに合うように工夫したとのことである。また二人とも言っていたことだが、やはり時間がかかることもあるので、それは根気よく時間をかけて進める必要があるということであった。
また私のほうから、五ヶ瀬にSGHを入れる時はどうだったか上水さんに伺ったところ、当初は学内で反発が多く、ローカルなところでなぜグローバルなのかという意見もあった。しかしローカルこそグローバルなのだということで先生たちを説得したという。五ヶ瀬のSGHの展開を見ていると、まさにそうであったことが実証されたと言える。

次に田崎さんが「地域が好き」と「地方創生に貢献する」には隔たりがあると言っていたが、それをどのように結び付けるのかという質問があった。田崎さんによれば、子どもたちをどう教育するかという視点だけでなく、大人も子どもと一緒に新たに学ぶ姿勢が重要である。大人が自分たちでいいこと、楽しいことをやっていないと、ただカリキュラムとして子どもたちにいくら訴えても伝わらない。子どもたちも動くようにならないとのことだった。
阿部さんも大人の考え方が変わることの大切さに言及した。「聞書き甲子園」というイベントのさい、年配の人が高校生に自分の話をするうちに自分たちのしていることの価値を再認識するということもよくあるという。また上水さん、田阪さん、田崎さん3人とも、自分たちの活動を仕事としてやっているというよりは趣味のように楽しんでやっている。大人がそういう姿を子どもに見せることで、子どもも実際に行動を起こすようになるだろう。

大学との連携はどのように行われているのかという質問に対しては、田崎さんから、GIHAS協議会ですでに、高千穂高校と宮崎大学が連携する枠組みがすでにできていて、その中でいろんなことが行われているという説明があった。具体的には、宮崎大学でGIAHS研究会というのが自主的に作られ、高千穂地域の農業や神楽などの研究を行っており、それを高校生や地域住民にフィードバックしたり、学生も「地域学入門」の授業で聞書きをして研究を行っている。また高千穂高校からも、大学へのキャンパスツアーを行い、先生や学生が高校生のためにいろいろとしてくれている。そのような企画は、田崎さんから提案することもあれば、大学から提案を受けたりして進めている。さらに五ヶ瀬の卒業生が宮崎大学に入って、さらにこの活動に貢献するという良い循環ができている。

こうした地方創生のさまざまな活動は、地元の人が知らなくて、一部の人だけの活動になってしまうことがあるが、高千穂はその点どのような取り組みをしているのかという質問もあった。これについてはまず田崎さんが答えた――高千穂の場合、GIAHSアカデミーで高校生が出前授業をしていて、延べ4000人以上が聞いている、しかも小中学生のみならず、五町村の住民も聞いていることが大きい。自治体職員が行ってもなかなか聞いてもらえないが、高校生が話す時点で関心をもってもらえる。他方で、GIAHSはシステムなので、世界遺産のように目に見えるわけではない。だからプロモーションビデオを上映したり、説明会を地道に繰り返したりすることもやはり重要である。
そこで田阪さんは、これはただ子供を出しに使って大人の関心を引いているわけではなく、実際的な理由もあると補足した。その一つは、「食べる通信」が農産物を販売する媒体でもあるということ、もう一つは、高校生の出前授業が学校の広報、生徒募集にもなっているということだった。

他にもいろんな質問があり、多くの参加者が高千穂での教育を軸にした地域創生の活動に関心をもってくださった。私たち5人にとっても、これまでを振り返りつつ、今後のさらなる可能性について考えるいい機会になった。登壇してくださった4人と参加者の皆さんに心から感謝する次第である。

最後に、関西学院大学の教員で、阿部さんと私の友人でもある山泰幸さんにも一言お願いしたのだが、とても大事なことで、私としても100%同意見なので、ここに記しておきたい――地方創生に内外いろんな人が関わる時にもっとも重要なのは、お互いがお互いを尊重していい関係を築くこと、分かりやすく言えば“仲良くなる”ことである。研究者が自分の研究テーマのためだけに関わると、それがすんだら行かなくなる。行政の事業として行う場合も、それが終われば関係が切れてしまう。結局大事なのは人と人の関係である。お互いを尊重する気持ちがあって、会いたいから行く、そして楽しいことを一緒にやっていく。地方創生であれ、そのための教育であれ、いちばん大切なのはそういうシンプルなことなのだろう。

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