破急風光帖

 

★  日日行行(550)

2022.05.14 Permalink

* 植え込みのあいだを抜けて、ガラスの大きな戸を開けてなかに入る。すると目の前はカウンターなのだが、その下は木製の棚で、何冊かの本が、表紙を見せるように並べられています。ほかの本もあるのですが、目立つのは、なんと!『思考の天球』、『人間への過激な問いかけ』、『死の秘密、〈希望〉の火』、『存在の冒険』・・・と何冊かの拙著、さらには、わたしの個人編集雑誌『午前4時のブルー』も4号全部があります。(自宅の本箱ならともかく)こんな光景見たことありません。
 で、記念に写真を撮りました。

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★  日日行行(549)

2022.05.05 Permalink

* 5月もあっという間に5日ですが、やはりまだこのブログのペースが戻ってきませんね。このままではまた4月並のペースになりそうなので、ここはなにか、無意味の一手を打っておきましょう、と思案したわけでもないのですが、4月9日に雪に囲まれた小屋の写真をついアップしてしまったので、それから一月もたたずにどう変わったかを報告しておこうかしら。

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★  日日行行(548)

2022.04.30 Permalink

* 4月最後の日ですね。今月は3回しかブログをアップしていないので、もうひとつくらいは、と思うのですが、なにを書くべきか・・・昨日は雨でしたが、今朝は晴れて青空、遠くの富士山も白い頂を見せています。眼下の街路樹の欅も、二週間ほど前とはうって変わって、豊かな緑が風にゆさゆさと揺れています。

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★  日日行行(547)

2022.04.24 Permalink

* ふと気がつくと、このところ10日あまりも本ブログの更新をしていませんね。ときどきそういうことがありますが・・・このような誰が読んでくださっているのかもわからない、期待されてもいない文章を書くことに心が向かわないこともありますね。わたしはTwitterもFacebook もやっていないので、このブログだけが不特定の人への発信の場なのですが・・・どこかまだこういうコミュニケーション(?)に慣れないようにも思います。

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★  日日行行(546)

2022.04.14 Permalink

* ひと月前の本ブログにオペラ『椿姫』を観に行ったことを書きました。そのときに一枚またチケットを買ったので、今週、また観に行きました。今度は「ばらの騎士」。わたしのパースペクティブにおいては、モーツァルトからはじまった近代オペラの最後の作品です。オペラは、これで完結!という感じがします。それ以降、オペラという形式は、ミュージカルに持って行かれてしまいますから。

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★  日日行行(545)

2022.04.09 Permalink

* もう10日近く経つのに、4月に入って、本ブログを更新していませんでしたね。特に忙しかったわけではなく、逆に、ある種の「季節」の切り替わり、急に緑が吹き出し、あちらにもこちらにも樹々の花が開く、やっと到来した春の光のなかをさまよっていた感じかしら?

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★  日日行行(544)

2022.03.30 Permalink

* 桜も夜になると、その魔性を現しますかね・・・自宅の近くの並木道の夜桜です。

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★  日日行行(543)

2022.03.28 Permalink

* 朝、なぜかシャンソンのCDを聴いていました。そして、「ミラボー橋」のles jours s'en vont, je demeure (日々は過ぎ去り、わたしはとどまる)に心を添わせながら、Macをあけてメールをチェックすると、パリから悲しい報せが!INALCO(東洋語大学)の教授だった、わが旧友、エジプト人のハシェム・ホダ逝去の報せ・・・言葉を失います。

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★  日日行行(542)

2022.03.27 Permalink

* (つづけてもうひとつ) 今日は11時から国立小劇場で「(親子で楽しむ)邦楽演奏会」に行きました。新内の「泣いた赤鬼」、常磐津の「戻橋」、長唄の「綱館」を、多くの子どもたちに混じって聴きました。

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★  日日行行(541)

2022.03.27 Permalink

* 昨日の「女性科学者の会」でのトークは、会長の跡見順子先生からの依頼で、中島さんとの共著『日本を解き放つ』(東京大学出版会)について話すことになっていたのですが、わたしとしては、やはり聴いてくださる相手のことを考えないわけにはいかない。特定のその相手になにを届けられるか、それが問題なわけですから、誰にも同じ話を同じようにするというのは、わたしの「態度」ではない。というわけで、考えたのですが、思い出したのが、かつて1998年に共著で刊行した『学問のすすめ』(筑摩書房)。そこでは、わたしは巻頭のエッセイだけではなく、いくつか対談もしているのですが、そのなかに、生命科学者の中村桂子先生と物理学者の米沢富美子先生との鼎談があった。となれば、この四半世紀前の卓越した女性科学者のそのときの「ことば」をお伝えするのが、わたしのミッションと思って、冒頭、その話をさせてもらいました。

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