破急風光帖

 

★  日日行行(405)

2020.12.01 Permalink

* 月が変わって12月。昨夜は満月。今朝は快晴。新型コロナは猛威をふるっているけれど、なんとか晴れやかな気持ちを少しは持続させたいですね。で、まずとびこんできたのが、コンサートのご案内というのがいいですね。わたしが東大でフランス語を教えた高雄有希さんのピアノ・コンサートです。

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★  日日行行(404)

2020.11.30 Permalink

* 「煉獄のフランス現代哲学」の下巻の構成翻訳執筆をずっとやってきましたが、ついに最終ゲラの段階に辿り着きました。中途半端なテクストは山ほどあるのですが、一応、わたしの大学人としてのキャリアの軸であったフランス現代哲学との出逢いだけはまとめた形のものを残しておきたいと思ってやってきました。研究書ではなく、わたしの「冒険」の記録みたいなものですね。

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★  日日行行(403)

2020.11.26 Permalink

*「運河と運河が交わり/出逢いと別れが織りなされ/そのように/ひとの生は雑Zattu/that's all right/さみしくて/でも/限りなく/いとおしい」
  「この手が石を割り、その石で木に土に「印」を刻んだ/人間は地球に「印」を刻むことでみずからの存在を印した/地球は「無印」、人間は「印」/そのことをけっして忘れない「印」ーーMUJI」

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★  日日行行(402)

2020.11.21 Permalink

* もうひとつ追加です。昨日の日本経済新聞朝刊の「私の履歴書」の欄で、元東大総長の小宮山宏さんが、東大総長に就任したときに最初の入学式の式辞を4人の教授に相談した話を書いていました。そのうちのひとりがわたし。なぜか文学部教授ということになっていて、これは、教養学部こそわたしの「現場」と思って生きてきたわたしにはいささか不可解なミスなのですが、そこで「哲学者」である「小林さんが『結局、他人を感じる力ってことなんだよ』」とつぶやいたことが語られています。相談を受けたことは覚えていますが、なにを語ったかなんてすっかり忘れていました。もっとも、ときどき他の人から「あなたはあのときこう言った」と言われることがありますが、たいてい覚えていませんね。つまり、自分が覚えていないようなことこそ、他の人には、記憶に残るのかもしれません。そう思うとなんだか空恐ろしくなります。

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★  日日行行(401)

2020.11.21 Permalink

* 今日はNHK「クール・ジャパン」の収録でした。年明け1月3日(19時)放映予定ですが、テーマは「牛」でした。「丑年」だからですが、この番組では控え目に振舞っているつもりなのですが、今日はいつもより少し飛ばしましたかね。どうなることやら。

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★  日日行行(400)

2020.11.16 Permalink

* 「日日行行」というただ日々(どこへとも知らず)行く、断固行く、という思いのタイトルでしたが、すでに400回。どこにも行き着かず、ただ行くだけ。あまり内容がないブログなので、読んでくださる方々には感謝申し上げます。(いつまで続くのでしょう?そろそろかなあ、と思わないでもないですが・・・)

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★  日日行行(399)

2020.11.08 Permalink

* 11月に突入してはや1週間。先日の六本木アカデミーヒルズの近内さんとのトークは、ウィトゲンシュタインについてのわたしの思いみたいなものが少し過剰に迸りましたかね。なにしろ、『論理哲学論考』を逆さまにひっくり返そうとする詩篇を書いて(半分までで未完成ですが)、それをマーラーのアダージェットでダンスしたりしたこともあるので。つい、きっと最後のいいチャンスと、少し入れ込みすぎたかもしれませんね。楽しかったですが。

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★  日日行行(398)

2020.10.31 Permalink

* 10月も終り。10月終りの光、好きです。大好きな夏至の頃の光(とくにパリの)とは異なった突き刺さるような光、昔からそれに貫かれて「ゆえにわれあり」と再確認するのが、わたしの詩的なセレモニーだったかな。その刺し傷を抱えたまま、いよいよ明暗荒れ狂う激しいNovember Stepsへと突入ですね。

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★  日日行行(397)

2020.10.25 Permalink

* 10月10日からですから半月も間があいてしまいました。特に不調だったわけではなく、むしろ結構忙しく、いろいろな仕事(遠隔面接審査、TV収録、本郷でのEMP講義など)をこなした半月だったのですが、このブログへ(文字通りですが)「アップ」する感覚が湧いてこなかったんですね。

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★  日日行行(396)

2020.10.10 Permalink

* 昨夜は、六本木・森ビルのアカデミー・ヒルズの企画で、フィロゾフィカル・ダイアローグの第1回として、星野太さんと先日刊行の拙著『《人間》への過激な問いかけ』(煉獄のフランス現代哲学上)をひとつの軸にして2時間にわたる対話を行いました。星野さんとわたしは対面ですが、みなさんにはYouTubeで配信。200名を超える方が視聴してくださったようで、ありがとうございました。楽しかったです。話題はあちこちに跳びましたが、中心にあったのは、《人間》をどのようにとらえるか、ということでした。しかし、それには、わたしが意識できる次元とわたしには意識ができない次元(たとえば遺伝子でもいいのですが)があるわけで、わたしとしてはそのようなわたしが意識できない、わたしには現象しない、しかし「わたし」なるものをどのように「わたし」がつきあうのか、という「態度」の問題を語ろうとしたのですが、さあ、どう伝わりましたでしょうか。

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