破急風光帖

 

★  日日行行(569)

2022.09.29 Permalink

* もうひとつ、こちらは明るいトピックを。
  前々回、「草茫茫」と書きました。ほんとうに茫然とするような状態だったのですが、今日は、きれいになって「庭」らしくなりました。

続きを読む

★  日日行行(568)

2022.09.29 Permalink

* 昨日、パリからの訃報。パリ在住の友人の画家・原田宏さんが25日に亡くなったと。6月にパリに行ったときに、病院から帰ったばかりの宏と電話で喋ったのが最後になりました。わたしのほうもいろいろあって、見舞いに行ってお目にかかるエネルギーがなかった。さみしいです。

続きを読む

★  日日行行(567)

2022.09.27 Permalink

* 前回ブログ最後のà bord(舟へ)という言葉に誘発されたというわけでもないのだけど、昨日、高速道路を疾走して、わたしにとっての「方舟」である八ヶ岳の標高1100mにある小屋にやってきました。カラマツと笹に覆われた谷底の、まさに「方丈」、狭いスペースです。一応、コルビュジエのカップ・マルタンの小屋とか、ウィトゲンシュタインのノルウェーの漁師小屋とか、これは小屋ではないが、リルケのミュゾットの館とか、ともかく自分を限定するための極小スペースという「夢」を数年前に自分自身にプレゼントしたもの、なかにはベッドはひとつしかなく、あとは机だけ。ただロフトの空間には、友人のステンドグラス作家にお願いして小さなステンドグラスが2つ向かいあっています。まあ、わたしの「シャペル」ですかね。

続きを読む

★  日日行行(566)

2022.09.25 Permalink

* 今朝は秋晴れ。こちらも昨日のNHK・Cool Japanの収録が終って一区切りという感じかな。テーマは「ととのえる」でした(11月6日放送だそうです)。わたしは、夏の終りに、三宅一生さんへの追悼の心で買ったIssey Miyakeの黒のジャケットをはじめて着て出演してみました。

続きを読む

★  日日行行(565)

2022.09.15 Permalink

* ふと気がつくと、今月に入って、ブログをアップしていませんでした。とくに体調をくずしていたこともなく、しずかな(?)日々をたんたんと(?)おくっているだけなのですが。

続きを読む

★  日日行行(564)

2022.08.31 Permalink

* 8月の終りまであと1時間というところで、ブログをアップしておこうかなあ・・・と。

続きを読む

★  日日行行(563)

2022.08.21 Permalink

* この残酷なまでに激しかった「夏」もどことなくピークをすぎて、もうそこまで「秋」が来ていることが感じられます。ならば、わたしもまた少しペースを取り戻すべきではないか・・・そう思って、ひさしぶりにこのブログにアクセスしています。

続きを読む

★  日日行行(562)

2022.08.11 Permalink

* 前項に写真を1枚追加します。(いただいた湖水色のチョッキを着たわたしとイッセイさんです。)日々は流れる・・・わたしはとどまる・・・Les jours s'en vont, je demeure ・・・そのときはイッセイさんの訃報にまだ接していなかったのですが、夜、訃報が届いたその日の午後、時々あるけれど、東名高速を猛スピードで疾走しながらたまたま聴いていたシャンソンの「ミラボー橋」に、突然、理由なく、涙が溢れたのでした・・・

続きを読む

★  日日行行(561)

2022.08.09 Permalink

* 涙が止まりません。今日、少し前に飛び込んできた三宅一生さんの訃報・・・(この衝撃を受けて、このブログにふたたび言葉をアップしないわけにはいかなくなりました)。

続きを読む

★  日日行行(560)

2022.07.19 Permalink

* 6月に水声社から刊行していただいた拙著『クリスチャンにささやく』は、わたしの現代アート論集なのですが、ちょうどまんなかに、横尾忠則論がアレンジされていて、それが、「Y字形」の分岐「魔の辻」となっていました。その最後の文は「では、心の内側で交差するこの分岐の場所で、あなたはいったいどの道を行くのか。目の前の横断歩道をわたって、あなたはどうするのだろうか」でした。そのように・・・というわけでもないけれど、ひとつの本が指し示す運命のYの辻を、わたしも横切ったのかもしれません。

続きを読む


↑ページの先頭へ