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【報告】コペンハーゲン大学主観性研究センター(CFS)+UTCP合同ワークショップ "Mind, Consciousness and Body"

2012.03.24 石原孝二, └イベント報告, 宮原克典, 小口峰樹, 佐藤亮司, 科学技術と社会

2012年3月9日に、コペンハーゲン大学主観性研究センターにおいて、主観性研究センターとUTCPの合同ワークショップ “Mind, Consciousness and Body”を開催した。

主観性センターには、UTCP共同研究員の宮原が研究滞在中(2011年8月~2012年3月)であり、本ワークショップは宮原と主観性センターのRasmus Thybo Jensen氏をオーガナイザーとして開催されたものである。ワークショップは関係者限定で行われ、参加者は、主観性研究センターからは、センター長のZahavi教授ほか、主観性研究センターの若手研究者など10名ほどとUTCP側の参加者4名であった。

ワークショップの冒頭で、Jensen氏がワークショップの趣旨説明を行い、UTCP事業推進担当者の石原がUTCPの概要と「科学技術と社会」プログラムについて紹介した。

最初の発表者Joel Krueger(CFSポスドク研究員)の発表 “Interactive Origins of the Socially Extended Mind” は、社会的認知の発達にとって、他者の身体の現前が不可欠な要素となっていることを示そうとしたものである。Kruegerによれば人間の認知にとって特徴的な高次の認知は脳の生得的な能力によっては説明できず、養育者による身体的な介入が発達上必要な契機になっている。Kruegerは、ヴィゴツキーの用語(extra-cortical connectionsなど)を援用しながら、こうした介入の意義を明らかにしようとした。

二番目の発表者小口峰樹(玉川大学研究員/UTCP共同研究員)は、“Two visual systems theory and the sensorimotor approach” というタイトルで発表を行った。二重視覚システム理論とは、視覚システムが、「知覚のための視覚」と「行為のための視覚」という二つの機能的に区別されるサブシステムからなるという理論である。これに対しては、知覚的経験が感覚-運動的知識に依存していることを主張するO’ReganとNoeのアクショニズム(actionism)による批判があるが、小口は、①視覚形態失認の症例がアクショニズムの主張と相いれないこと、②二重視覚システム理論は視覚を絵画のように捉えるものだとするアクショニズムの批判が成り立たないことを指摘しながら、二重視覚システム理論を擁護することを試みる。

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午前中最後の発表は、Adrian Alsmith(CFS)による“A puzzle concerning spatial consciousness”であった。Alsmithは、空間的な意識について、次のようなトリレンマを提出する。①ある主体の知覚経験は、単一のパースペクティヴに従って、諸感覚の中で(intra-sense)、そして諸感覚の間で(inter-sense)、統一されていなければならない、②知覚経験のパースペクティヴ的な性質は、自我中心的な参照枠にとっての原点として把握されなければならない、③複数の異なった自我中心的な参照枠が、諸感覚のうちで、そして諸感覚の間で採用される。これらのそれぞれの主張は単独では説得力のあるものだが、互いに整合的ではない。Alsmithは、こうしたトリレンマの問題を手がかりに、空間的な意識の解明を試みる。

午後最初の発表は、佐藤亮司(東京大学/UTCP共同研究員)による “How (not) to Find Consciousness in Vegetative State Patient” であった。植物状態(VS)患者は従来、意識(awareness)を持たないと考えられてきたが、最近脳イメージング研究により、一定の問いかけに対して患者の脳が反応することがあることがわかってきた。しかし、意識があるとういうことがどういうことなのかについて明確な基準を立てることは難しい。佐藤は、「現象的な意識」(phenomenal consciousness)と「アクセス意識」(access consciousness)に関する哲学的な議論を踏まえながら、ここで問題になっている意識を「現象的意識」に限定し、植物状態患者の現象的意識を発見するためには、どのような反応がエビデンスとして考えられるべきかを検討していく。同時にまた、植物状態患者の意識を技術的に「発見する」ことの難しさについても指摘された。

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午後2番目の発表は、当初、主観性研究センターのJosef Parnas教授が “Phenomenology and Psychiatry: The Psychiatric Object” というタイトルで発表を行う予定だったが、やむを得ない事情により参加とりやめとなり、代わりに宮原克典(東京大学/UTCP共同研究員、CFS留学中)が “Interactive Skills for Social Understanding” というタイトルで発表を行うこととなった。宮原は、他者認知に関する主流の考え方が「マインドリーディング」の概念に依拠した非身体的なものであることを指摘しながら、それに対する別のアプローチとして、「身体性を強調しない社会知覚説(Non-embodied account of social perception)」と、「身体的な社会知覚説(Embodied account of social perception)」を対置する。宮原の発表は特に「身体的な社会知覚説」の、社会認知の説明にとっての意義を示すことを試みるものであった。

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最後の発表は石原孝二(東京大学/UTCP事業推進担当者)による “Robotics for developmental Studies: philosophical and ethical considerations” であった。1990年代後半から、発達研究へのロボティクスの応用が試みられてきた。そのような研究は、「発達ロボティクス」や「認知発達ロボティクス」と呼ばれ、構成論的アプローチとも密接な関係を持っている。こうしたアプローチは人間を対象とした研究では難しい介入研究を行うことが可能であり、興味深い知見をもたらしている。しかし一方で、こうしたアプローチには、工学的に実装可能な理論に選択的に依存してしまう危険性や、「構成論的誤謬」に陥る危険性があることが指摘された。また、倫理的な問題として、発達ロボティクスのアプローチは、心の理論や発達ロボティクス自身が前提としている生命的なものと非生命的なものの区別を無効にしてしまうのではないかという指摘がなされた。

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ワークショップでは、それぞれの発表をもとに活発な議論が展開された。CFSは著名な現象学者のZahavi教授がセンター長を務めているが、若手研究者は、神経科学の研究動向や分析哲学系の議論にも精通していることが印象的であった。CFSのポスドク研究員は、デンマークのほか、アメリカ、イギリスなど様々な国の出身である。また、宮原や北京大学の学生のように、一定期間研究滞在している外国の博士課程学生も在籍している。CFSが主観性研究に関する国際的なセンターとして機能していることを実感した。CFSはUTCPと同様、2002年に発足し、10周年を迎えたところである。建物の一フロアを占め、研究環境としてはかなり充実している印象を受けた。今回がCFSとUTCPによる初めての合同イベントとなったが、今後もこうしたイベントを通じて研究交流を深めていくことを考えていきたい。

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(報告:石原孝二)

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