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【報告】ワークショップ『心の理論』—実証的研究と哲学的検討

2011.06.27 石原孝二, └イベント報告, 朴嵩哲, 宮原克典, 科学技術と社会

2011年6月20日、東京学芸大学・国際教育センター教授の松井智子さんと日本学術振興会PD・茨城大学の菊池由葵子さんをゲストに招き、「ワークショップ『心の理論』—実証的研究と哲学的検討」を開催した。

まず、石原孝二准教授よりワークショップの趣旨説明が行われた。「心の理論」とは、他者に心的状態を帰属し、その行動を予測する能力を表す概念である。この概念は、過去30年間、発達心理学や自閉症研究の分野に強力な枠組みを提供し続けている。しかし、この枠組みを使うことの意義や射程は必ずしも明らかではない。石原准教授は様々な疑問点を提起する。なぜ「心の理論」の枠組みは、これほどまでに強い影響を持ち続けて来たのだろうか。そもそも「心の理論」をめぐる実験的研究は何を検出することを目的としてきたのだろうか。これは幼児、自閉症者、健常者の他者理解を統一的に説明するための汎用的な枠組みとなりうるのだろうか、等々。これらの諸問題に実証的研究と哲学的検討という二つの観点から取り組むことが、本ワークショップの趣旨であった。石原准教授は「〔実証的研究者と哲学者のあいだで〕議論がかみ合うかどうか心配です」と言い残して、趣旨説明を終えた。

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次に、松井教授の基調講演「『コミュニケーションする心』はどのように育つのか」が行われた。松井教授は、言語表現と発話意図の関係を扱う「語用論」の専門家であり、最近では、語用論の観点から幼児の他者理解を扱う発達心理学的研究を行っている。従来の「心の理論」研究が観察者の視点から他者の行動を予測する能力に焦点を当てるのに対して、松井教授は、幼児の他者理解能力の発達における言語的コミュニケーションの役割を強調する。幼児は、まず共感的な形式で他者の意図を理解することを学ぶ。この共感的な理解は、他者と一種の言語的コミュニケーションを行うことを可能にする。そのような言語的コミュニケーションの実践は、幼児の他者理解能力の発達を促し、やがて観察的な行動予測を行う能力が成立する。このような発達モデルを支持するものとして、「心の理論」を獲得する前の幼児でも、コミュニケーション的な文脈であれば、他者の意図を正確に理解できることを示す実験的研究が紹介された。

簡単な質疑応答の後、若手研究者の研究報告が行われた。まず、菊池さんが「自閉症児の社会的認知に関する実験心理学的研究の紹介」と題する発表を行った。従来、自閉症児は、他者の顔や視線に注目できなかったり、それらを避ける強い傾向を持っていたりすると考えられることが多かった。しかし、菊池さんは、このような自閉症理解が的確でないことを示す一連の研究を紹介した。ある研究では、例えば、自閉症児は参照的語彙学習(他者の言語実践を参照して語彙を学習すること)を苦手とするが、それは顔への注目や視線追従ができないからではなく、むしろ視線の目的物に注目できないからだと示唆された。自閉症の当事者研究を行う綾屋紗月さん(UTCP共同研究員)から「視線が合わないのが自閉の第一の特徴だという言説には違和感があるので、このように視線と目的物の関係を考慮した研究が行われているのはありがたい」というコメントがあり、印象的だった。

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次に、UTCP共同研究員の朴嵩哲さんによる発表「哲学は『心の理論』について何を問題にしてきたか」が行われた。「心の理論」の枠組みのなかでも、他者理解を文字通りの理論的推論として解釈する「理論説」と「心の理論」という表現を一種の比喩と見なす「シミュレーション説」という二つの立場が存在する。さらに理論説のなかでも、理論的な他者理解能力の生得性を強調する「モジュール説」と経験を通じての理論形成を強調する「子供=小さな科学者説」が存在する。しかし、朴さんの分析によると、モジュール説は「モジュール」という概念の濫用に基づいた理論でしかない。そして、代表的なモジュール説論者サイモン・バロン=コーエンの理論を額面通りに受け取るならば、それは一種のシミュレーション説である、という指摘がなされた。

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最後に、UTCPリサーチアシスタントの筆者(宮原)が「他者認知における『心の理論』の役割の現象学的検討」という発表を行った。宮原は、理論説とシミュレーション説をまとめて「心の理論」説と呼び、それが実際の他者理解経験のあり方(「事象そのもの」)に即した理論ではない、という現象学的批判を行った。代わりに、近年、「心の理論」説に対する代案として提案された「社会的認知の相互作用説[interaction theory]」が紹介された。相互作用説によると、他者理解のための基本的能力とは、理論的あるいはシミュレーション的な推論能力ではなく、他者と相互作用を行うための感覚運動的/身体的な実践的能力である。そして、多くの場合、他者の意図の理解は、主体の頭の中の過程だけでなく、そのような実践的能力を用いた相互作用そのものを通じて成立する。宮原は、松井教授らの行った実験的研究の結果も相互作用説の観点から整合的に解釈可能であると指摘した。

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最後に、全体討論の時間が予定されていたが、あいにく時間切れとなってしまった。それぞれの発表の後の質疑応答が予想以上に盛り上がったことの結果かもしれない。しかし、最初に石原准教授が心配したように、議論がどれほど「かみ合った」かというと、少し物足りなかったことは否めない。どちらかというと哲学的な質疑が行われる時間が多く——筆者自身は楽しませていただいたが——、必ずしも実証科学と哲学が見事にコラボレートしたというような印象は残らなかった。とりわけ、私たち哲学研究者が実証的研究に興味を持つほど、実証的研究を行う方々には哲学的研究に目を向ける動機がないのではないか、という感想を持った。ワークショップ後の食事会では、第2回、第3回の開催への前向きな意見も多かった。それが実現し、より実質的な相互交流ができるようになれば良いのだが、それは今後の私たちの努力次第というところだろう。

宮原克典(UTCP・RA研究員)

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