【現場報告】大学の未来像 ― 行政刷新会議「事業仕分け」
11月第4週目、行政刷新会議によって2010年度予算概算要求の無駄を洗い出す「事業仕分け」は後半に入った。11月25日は文部科学省の担当事業を対象とする「仕分け」がおこなわれた。筆者が傍聴した二つの事業の仕分けについて私的な報告を記しておきたい。
国立大学は2004年に独立行政法人化され、各大学の自主性・自律性が重視される制度へと大変革されたが、その後も、デュアル・サポートとして基盤経費と競争的資金が国立大学に配分されている。基盤経費とは「国立大学運営費交付金」であり、各独立行政法人は授業料徴収や付属病院収入などと合わせて、これを人件費や物件費などの必要な運営費に充てる。他方、競争的資金は「科学研究費補助金」や「グローバルCOEプログラム」などで、計画の内容や将来性を公募で競争した後で獲得できる資金である。25日の仕分けでは、「国立大学運営費交付金」と「グローバルCOEプログラム」などが対象となったが、いわば、国立大学の生活費と特別手当(ボーナス)のあり方をどうするのかが議論されたわけである。
事業番号3-51 国立大学運営費交付金
国立大学運営費交付金(要求額1兆1700億円)に関する論点は以下の通り。
1)国立大学の困難と将来
2004年の独法化以後、運営費交付金は毎年1%ずつ削減されており、国立大学の運営を困難な状況に追いやっている。現在まで720億円が削減されたが、これは地方の総合大学の年間予算5-6校分に当たる数値である。他方で、競争的資金や外部資金の獲得によって、収入をさらに確保・増加している学科や大学もある。この二重の趨勢の狭間で、当然ながら、競争に不利な学問領域や大学がもっとも困難を強いられることになり、とりわけ、人文社会学系の教員数の減少、地方大学の衰退が顕著である。この制度的な矛盾を解消して、日本の国立大学全体のグランドデザインをどのように構想すればよいのか。
2)文科省から国立大学への天下りや出向
各大学の自主性が高まった法人化後も文部科学省からの出向者は約270人と少なくはない。この人脈が文科省と大学との権力的関係を存続させており、「国から金を取るのがうまい人が国立大理事になっている」(原田泰・大和総研常務理事)場合さえあるのではないか。
3)特別教育研究経費
運営費交付金の一部は予算の効果的執行を促すために「特別教育研究経費」が含まれている。その内訳は「プロジェクト経費」(770億円)、「留学生受入促進経費」(12億円)などであるが、この「特別経費」は他の関連補助金と重複しているのではないか。
(蓮舫・枝野幸男議員)
概況
「事業仕分け」は各事業1時間程度で実施されるが、大学関連の仕分けは1時間30分が予定されており、しかし、さらに15分程延長して議論がおこなわれた。国立大学を効率化の観点から「事業仕分け」することの困難さが何度か指摘され、実際、議論は経済的合理性の尺度には収まらず、各人の大学論(社会や国家にとっての大学の必要性)、学問論(役に立つ学問と役に立たないが必要な学問)、制度論(独法化の意義、大学における大学人と民間人の運営参与の割合)などに拡散することになった。大学の予算を判断するためには長期的な視座での「そもそも論」が必要で、「国立大学の役割とは何か」「独法化が良かったのかどうか」といった疑問が漏らされることもあった。
各大学の自主性と全体的な制度構築
1)に関して言えば、文科省と評価者の理念が一致している点もあった。「これ以上基盤的経費を削減することは限界であり、大学をむやみに競争に駆り立てるのではなく、教育環境の充実、各大学独自の機能分化などによって、国立大学全体の制度的構想を明確にするべきである」という理念だ。3大都市圏以外では国立大学の学生数は私立大学を上回っており、高等教育の機会均等に貢献し、また地方の活性化を促進している。議論では、各大学の使命・役割を明確に分類し整備する「カリフォルニア高等教育マスタープラン」(1960年~)の事例も参照されたが、各大学の自主性を尊重しつつ、国全体のガイドラインを構想する必要がある。
人文社会科学の未来
私が驚いたのは、枝野幸男(衆議院議員)氏の口から、「科学技術優先の研究競争も結構だが、芸術や……文学……哲学といった人文系の研究も大事ではないのか。こうした学問分野に対して、守りの姿勢だけでよいのか」との強い発言がなされたことである。中村桂子(JT生命誌研究館館長)氏もまた、「人文社会科学の芽を重視するべき。科学が狭い意味での科学だけで語られることは問題だ」と強調した。
(文科省・財務省担当者)
大学の人材
大学への民間人参入に関しても、積極的な提言がなされた。学長は大学人でよいが、理事長職には民間人を登用することでガバナンスおよびマネージメント機能が向上するとの提案もなされた。今回の「事業仕分け」では省庁の天下りが厳しく追及されているが、文科省からの出向に関して蓮舫・枝野議員からの言葉はもっとも厳しく、「200人出向しているということは、文科省は200人も人材が余っているということ。この分は人員削減できますね」「何年までに出向をゼロにするのか」といった言葉が飛んだ。
評価
国立大学運営費交付金の評価結果は評価者15名全員が「国立大学のあり方を含めて見直しを行う」で、「経営改善努力の継続(民間的経営手法の徹底)を反映」が 8 名、「資金の効率化・重点化の観点から人件費・物件費の見直し」が 7 名、「社会のニーズ等を踏まえた組織・教職員数の配置の見直し」が 6 名、「ガバナンスのあり方の見直し(民間人の登用等)」が5 名などだった(複数回答)。
特別教育研究経費をめぐる議論と評価
特別教育研究経費の770億円はその大部分がビックサイエンスのための共同利用機関の運営に充てられている。世界最大級の「すばる望遠鏡」を備えた「国立天文台」や世界をリードするニュートリノ研究のための「東京大学宇宙線研究所」などである。いずれも競争的研究とは異質の基盤的予算であることは明確だが、評価者の十分な理解は得られず、予算要求通り2名/廃止6 名/予算要求縮減6 名という結果には驚かされた。
とりまとめコメント
「国立大学運営費交付金(特別教育研究経費を除く)については、複数回答で15名全員が見直しを求めるという結果となった。大学の教育・研究については、しっかりやっていただきたいということで、皆さん異論はない。そのためのお金はしっかり整備すべき。ただ現在の国立大学のあり方については、そもそも独法化したのがよかったかどうかということに始まって、運営費交付金の使い方、特に教育研究以外の分野における民間的手法を投入した削減の努力、あるいは、そもそも交付金の配分のあり方、こういったことを中心として、広範かつ抜本的に、場合によっては大きく見直すということも含めてその中で交付金のあり方について見直していただきたい。」
事業番号3-51 国立大学運営費交付金に関する評価コメント ⇒ ダウンロード
事業番号3-52 大学の先端的取り組み
このセクションでは以下の5事業が検討された。
1)大学院向けの2事業
①「グローバルCOEプログラム」:世界をリードするための研究者を養成するための大学院拠点140を創設・運営。
②「組織的な大学院教育改革推進プログラム(通称GP)」:従来の課程大学院制度の趣旨に沿って、大学院教育の組織的展開を強化。
2)学部向けの3事業
③「国際化拠点整備事業(グローバル30)」:海外の優秀な人材を留学生として確保し、国際交流を促進。
④「大学教育充実のための戦略的大学連携支援プログラム」:各大学が連携し、資源を集約させることで大学全体の教育力の充実を促進。
⑤「大学教育・学生支援推進事業」:厳しい経済状況のなか、学生の就職支援を強化。
以下、「グローバルCOEプログラム」に関係する議論だけ報告しておく。
COEプログラムの見通し
2004年度からの21世紀COEの後続であるグローバルCOEプログラムでは、拠点数が274から140へと大幅に縮減された。文科省の理想的目標としては、このCOEプログラムは新しい学問領域や制度を開拓するためのスタートアップ資金であり、プログラム終了後は各大学や学部で新しい専攻を設置することが期待される。大学の各学部や学科に散在している人材やリソースを集約させ、新たなプロジェクトや博士課程の卓越した制度を創出するための教育プログラムである。
COEプログラムの数
議論では「世界をリードする140の拠点数は過剰である」との批判が目立った(ただし、人文社会系の拠点数〔人文12/社会14〕が少ないのではとの質問もあった)。また、COEやGPを獲得した一部の大学は良いが(COE・40校、GP・90校程度)、その他の大学(大学院のある大学は約680校)との格差が助長されるのではないか、との声もあった。「たしかにCOEプログラムによって若手研究者は成果を向上させているものの、それ以外の大学院を置き去りにしてはいないか、最先端拠点への支援だけでなく大学全体の底上げも重要ではないか」という指摘、「業績だけでなく最終的な出口(就職)の結果も重要」との意見もあった。
ポストドクターの運命
私が注目せざるを得なかったのは、「COEプログラムは所詮、大学院生やポストドクターの生活支援や雇用対策、つまり〈飯の種〉にしかなっていないのではないか」、という指摘だった。世界の学術競争に参入するための研究を促進するはずが、若手研究者の生活費に消えているという指摘だ。しかし、私見では、両者は明確に区別することはできず、むしろ両者を支援することではじめてより充実した研究成果が多層的に生み出される。一部の最先端の研究者と若手がチームを組むことで優良な成果が生まれ、しかも将来的な人材の再生産がなされるのだ。
現在、先進国のどの大学でも、博士課程在籍中あるいは博士号取得後に大学教員として雇用されることは困難である。それゆえ、若手はポストドクターという不安定な宙づり状態において、しかし、より激烈な競争を強いられることになる。大学院向けの支援事業は、行き場のない若手研究者の生活費を充当するたんなる生活保護ではなく、制度的な欠落を補填し、学術全体の活力を生み出す可能性を秘めている。それゆえ、問題があるとすれば、COEプログラムの若手採用(PD)に関して、自大学卒の研究者ばかりではなく、公募によって広く優秀な若手を適切に採用しているかどうか、となるのはないだろうか。
評価
「グローバルCOE」「組織的な大学院教育改革推進プログラム」の大学院向け支援2事業(同計365億円)は3分の1程度の予算削減の厳しい結果となった(廃止3名 予算計上見送り1名 予算要求の縮減8名〔半額3名、1/3縮減3名、その他2名(2 割縮減1名、9 割縮減1名)〕、予算要求通り2名)。学部向け3事業(同計131億円)の方は削減と判定された。判定後、中村桂子氏から「評価のばらつきは同様なのに、大学院向け支援2事業だけがなぜ1/3と明確な数値なのか」との質問も出された。
とりまとめコメント
「グローバルCOEプログラム及び組織的な大学院教育改革推進プログラムについては、予算要求通り2名、廃止3名、来年度の予算計上見送り1名、予算要求の縮減8名であり、その内訳は、半額3名、1/3 程度を縮減3名、その他2名(2 割縮減1名、9 割縮減(グローバルCOEプログラムの廃止)1名であり、散らばりがあるが、WGとしては、1/3程度の予算要求の縮減と結論する。グローバルCOEプログラムは廃止すべきとの指摘や、対象が広すぎるとの指摘が複数あり、より絞り込んだ形で企画をしていただきたい。
国際化拠点整備事業(グローバル30)、大学教育充実のための戦略的大学連携支援プログラム及び大学教育・学生支援推進事業については、廃止4名、予算計上見送り2名、予算要求通り2名、予算要求の縮減6名(半額2名、1/3 縮減1名、その他3名)であり、かなりばらつきが大きいが、WGとしては、予算要求の縮減と結論する。そもそも大学の本務としてやるべきだという意見、結果・効果が不明だという意見、学生の雇用に関する課題は重要だという指摘も複数あった。」
事業番号3-52 大学の先端的取り組みに関する評価コメント ⇒ ダウンロード
事業仕分けを傍聴して
「政治ショーにすぎない」「人民裁判や魔女狩りに近い」「財務省のマニュアルが存在する」「時間が短すぎる」など数々の批判があるものの、完全に公開式でこのような「事業仕分け」をおこなうことには、端的に驚かされるものはあった。会場では誰でも写真や動画は自由に撮影できるし、ネット上では資料が公開され、ライブ中継されている。短時間で評価を出すために短絡的な質疑や不勉強もあったが、しかし、有益で本質的な論点や争点もまた浮き彫りとなった。
私的関心に引きつけると、会場では人文社会科学に限定した議論もなされた。人文社会科学系の研究者は研究教育の必要性を語る言葉をもつように促されているが、さらに高等教育の政策論まで見据えた展望や論理を磨き上げることも大事だ。私たち人文社会科学系の研究者は学問と社会をつなぐ言葉や理念をどの程度もっているだろうか。大学に対して経済合理主義的な評価がなされる現実を前にして、私たちの現在と未来を包み込むような説得的で実効的な理念をどの程度もっているだろうか。
(文責:西山雄二)