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梶谷真司 邂逅の記録117 学校が変わる時~内と外から見た教育改革の実践

2021.10.11 梶谷真司

哲学対話はもともと「子どものための哲学」の手法の一つであり、学校教育の中で生まれ、発展してきた。したがって学校教育の改革にとってどのような役割を果たしうるのかは、哲学対話にとって最も重要な試金石の一つである。
私自身は、特定の学校に継続的に関わることはあまりしてこなかったが、他方でいろんな学校で対話を行ってきた。都立高校でそのコーディネートをしてくださったのが、今回のお呼びした「子どもの成長と環境を考える会」の代表、白井一郎さんである。同団体の柴崎菜苗さんは、白井さんと一緒に長年広報を担当してきた方である。二人は外部から東京都を中心に数多くの学校の教育・運営を支援してきた。もう一人の登壇者、萩原聡先生は、白井さんとは長い付き合いで、いくつもの学校で改革を成し遂げてこられた名校長である。全国高等学校長協会の前会長であり、現在は名門都立西高の校長を務めている。萩原先生が江北高校におられたときに、私自身模擬授業をさせていただいた縁がある。
今回のイベントでは、学校改革を内と外の両側から考えることで、学校が変わるのに何が必要なのかについて考えることにした。

最初に萩原先生から「高校教育の改革は誰のため?」と題して、これまで歴任した学校で、どのようなことを心掛けて改革に取り組んだか、今後どのような方向に進むべきだと考えているかお話しいただいた。
萩原先生はもともと数学の教師であり、現場で11年教えた後、都や区で教育委員会等、行政に関わった後、片倉高校、昭和高校、江北高校、西高校という4つの学校で校長職を務めた。講演の中ではそれぞれの学校での取り組みについて、順次お話しくださったが、以下では改革のポイントを主に3つに絞ってまとめておく。
まず指摘しておきたいのは、萩原先生が地域から受け入れられる学校を作るということを重視しておられた点である。とくに地域での評判がよくなくて、地元の生徒がほとんど来ない学校は、地域との関係を作ることが重要だという。最初に赴任した片倉高校では、学校運営連絡協議会委員に駅前のコンビニ店長にも入っていただき、講演をしていただいたりした。すると店長のほうも、テストでいい点数を取った片倉高校の生徒にサービスをしてくれたりしたという。また学校としても、夏祭りや新春餅つき大会のような地域行事に部活単位で手伝いをしたり、地域散策を通して地元への理解を深めたりしたとのことだった。
次に挙げられるのは、教員と生徒と保護者の意識改革のために様々な取り組みを組み合わせて行ったことである。たとえば昭和高校では、基礎学力はある生徒が入学していながら、「生徒を放牧している」と揶揄されるように、在学中に学力が伸びていなかった。そこで高校入試模試業者を講師に校内研修会を実施したり、外部委託による授業評価を導入したりすることで、教員に授業の改善を求めた。生徒に対しては家庭学習の徹底、生活指導、個別面談、進路指導、キャリア教育、大学での模擬授業、合格掲示板等により、学習意欲を喚起し、保護者も一緒に大学訪問をして家庭でのサポートも促したとのことである。
三つ目としては、今日的な課題として、より能動的な学習態度の育成を重視しておられた。それは進学校の西高でもあてはまり、近年は受験時に手取り足取り指導を受けて入ってきているせいか、とくに教師への依存傾向が強く受動的な生徒が増えているという。そこでタブレットPCやオンライン英会話を活用して個々の生徒が自ら学ぶようにしている。また探究活動にも力を入れ、企業の協力を得たり、全国大会に出たりするなどして、学年が進むにつれて、グループによる探究から個人による探究へと発展させていっている。
こうした多面的な努力によって萩原先生は、高校入試の偏差値が上がる、推薦試験の倍率が上がる、進学実績が上がる等の成果を上げることもできたが、残った課題も多いという。そこで講演の最後にこれまでの取り組みを振り返り、今後の改革について振り返った。
 萩原先生はこれまで様々な地域で多様な生徒たちと関わってきて気づいたのは、どの生徒も自分の将来を思い描いているが、そのために何をしなければならないか分かっていないようだということだった。そこで生徒に必要なこと、生徒が求めていることを実現できるように誰がどのようにサポートするのかが学校が変わるためのポイントとなるとおっしゃった。そのための単純な処方箋はなく、教員はもちろん、保護者も外部の人も関わらなければいけない。また大学全入時代になり、様々な学力をもった生徒が進学していくにあたり、高大接続の難しさが増しており、そのさい高校側の努力のみならず、大学がどのように変化するかも重要だとおっしゃった。また新学習指導要領とも関連して、教育の流れは「集団」から「個」、「同質性」から「多様性」への転換しつつあり、学校による差が新たに出てくる可能性もあるとのことだった。
そのような状況の中、校長として自校への熱い思いをもちながら、自校の強みや弱点をしっかり分析し、国や教育委員会の動向も踏まえて中長期的な方向性を定める必要があり、教職員をどう巻き込んで、チームとして改善策を具現化していくかで手腕が問われる。そのさい学校の教育方針と合う形であれば、信頼できる助言者・相談者としての外部組織と積極的に協働していくべきだという。

萩原先生のお話を伺って分かったのは、校長として内部から学校を変えていく場合、先生や生徒のみならず、地域や外部組織(行政、NPO、大学)など、多岐にわたる関係が重要で、それぞれとうまく協働していかなければいけないということである。当たり前のことなのかもしれないが、このように多様なステークホルダーとの間でバランスを取ることは、一方では学校改革のために必要だが、他方でその難しさから、かえって改革が難しくなることもあるだろう。その点、萩原先生が非常に具体的に細かい配慮と努力をなさっていることが印象的であった。また大学もそこに責任の一端を負っていることを自覚しなければならないと思った。

次は柴崎さんから「学校支援の活動」というテーマでお話しいただいた。
彼女自身は、もともと広告代理店でクリエイターとして勤務していて、転職先で白井さんと知り合い、彼が「子どもの成長と環境を考える会」を立ち上げる時に誘われ、以来活動を共にしている。スタッフは4人、他に社会人、大学の先生、教員志望の大学生らがボランティアで関わっている。
柴崎さんは会の活動を大きく「生徒募集」、「教員育成」、「進路支援」の三つに分けて説明した。まず生徒募集では、「さんだる相談会」という中学生の親子のための高校進学相談会に力を注いでいる。これは、それまでの改まった服装で参加する堅苦しいものではなく、サンダル履きで来こられるくらい気楽な会にするという方針で行っている。2007年から続く中学・高校の合同相談会で、公立・私立が参加する形で行ったのは当時としては初めての試みだったそうである。両方の説明を一度に聞けるので、保護者にも好評だった。教員の間のつながりから要望に応じて様々な場所で開催するようになり、現在では年15回ニッチな場所で行っているという。
もう一つ、学校のブランディング、とくに学校案内の制作も手掛けている。都立は私立に比べると予算が限られているので地味なものが多いが、前職でのスキルを活かして、シンプルでかっこいいものを作っている。たとえば、モノクロの写真を全面的に使ったり、一般にはあまり光が当たらない文化系の部活にフォーカスを当てたり、生徒を前面に出して紙面構成をしたりしている。
またYoutubeに「さんだるちゃんねる」というシリーズを設けて、都立高校の紹介PVを作っており、現時点60校ほどの動画をアップしている。気軽に見られるため、個人が視聴する以外に、学校やPTAなどでも見られているらしい。学生たちが競うように作っており、動画の数もどんどんレベルも上がっているとのことである。
次に教員研修は、先生たちの授業力が向上することで生徒の学力がアップすることを狙っており、専門家の講演、ワークショップなど、学校の要望に応じてそれにふさわしい人とつなぐようにしているという。また教員志望の大学生にも関わってもらい、勉強会をしたり、教員研修や学校支援に参加してもらったりしている。そうした活動の一環として、2016年から哲学対話を研修に導入し、対話を通して学校や教育のあり方について共に考える機会を作ってきている。
さらに進路支援としては、大学の先生による出張授業や研究室訪問を2008年以来続けている。私も2015年から協力し、高校に出向いたり駒場に来てもらったりして、高校生たちに哲学対話を体験してもらっている。また学校によっては、大学生の力を借りて放課後に定期的に哲学対話の時間を設け、その他に文章講座も開くなど、放課後の学習支援やAO入試の対策講座を実施している。
またその他の活動として、地域支援も行っている。とくに埼玉県大宮の氷川神社で「大宮さんきゅう参道」は会として続けており、また南相木村では「おしゃべりコミュニティ」と称する地域イベントを私と共に企画し、哲学対話によって住民の交流の場を創っている。
こうした様々な活動を通して、いろんな人と出会い、いろんな学校の現状を知ることで、むしろ自分が学ぶことが多く、学校を支援しているというより、自分自身が楽しくてやっているとのことである。

最後に白井さんが「学校と哲学」というタイトルでお話しくださった。まず自分の経歴からなぜ学校支援をするようになったかの説明があった――高校卒業後、イギリスの大学ケンブリッジに留学し、そこで幅広い年齢層の人がしっかりとした将来の目的をもって大学に通っていることに驚いたという。また学生と教員の比率が2対1で、自分が研究していることについてたえず「なぜ」を考えさせられた。ところが帰国して日本の大学に入ると、すでに結果が出ていることを確認するようなことばかりしていて、あらためて日本とイギリスのギャップに驚き、教育に関心をもつようになった。そこには両親の影響もあり、お父さんが教育出版社に勤め、母方が教員家庭だったため大学を卒業して教育出版社に就職し、それ以来公教育一筋でやってきているとのことである。
その時から白井さんは「そもそも学ぶとはどういうことかのか?」を問うようになったという。教育出版社では、塾事業・家庭教師事業・教科書解説番組の制作・模試事業・英語検定事業・学校支援事業など少子化に伴う事業拡大に携わっていた。2006年に高校生からの進路支援を依頼されたが、そこで学校では進路を子どもの希望に即して考えるのではなく、難関国公立や有名私立といった大学の名前やレベルを基準にしていることに疑問を感じたそうだ。それで本格的に学校支援の活動をするために「子どもの成長と環境を考える会」を設立したという。
以来、そもそも何のために学ぶのか、そもそも何のために学校があるのかなど、学校や教育にまつわる「そもそも」を考えるようになる。そして「そもそも」会議というものをあちこちで開催し、社会人と高校生を交えていろんなテーマで一緒に考える場を作っていった。その一環として、リベラルアーツ教育、ファシリテーターの養成、教員研修など、多岐にわたる活動を行った。そのなか「これは哲学なのではないか?」と思うようになったという。そのころから学校支援に対話を取り入れるようになり、東京大学の産学連携の情報の中で私の哲学対話の活動を見つけ、コンタクトをとったということだった。
柴崎さんのところで言及したが、私は2015年から出張授業を頼まれ、出張授業の哲学対話を行うようになったが、参加総数はすでに4000人を超えているそうだ。さらに2016年からは教員研修や教育支援に哲学対話を導入し、新入生のオリエンテーション、放課後の哲学カフェへと広げていった。哲学対話を体験した先生たちは、お互いのことを理解し、教育について改めて考え直す機会になり、学校によっては大きく変わったという。
こうした活動が話題になって新聞でも取り上げられるようになった。そして大山高校での取り組みが「キセキの高校」と題して日本経済新聞で一週間掲載され、大きな反響を呼ぶ。他にも探究学習の一環として哲学対話を導入した学校では、教え方や生徒との接し方が大きく変わるなど、顕著な成果が表れてきているそうである。
最後に外部支援者として思うことをまとめてくださった――子どもの成長と環境を考える会は、独自のコンテンツをもっているわけではなく、それぞれの学校が必要とするものを提供できるようにいろんな人をつないでいて、それが強みとなっている。そうして様々な支援をしていて、先生も生徒もいかに問いをもって学び続けられるか、生徒だけでなく教員もいかに楽しみながら働けるか、公教育として多種・多様な人を受け入れ、画一的にならない教育がどうすれば提供できるかなど、外部支援者としてできることを考えている。そこで白井さんとしては、各学校の事情に合う形での支援をしつつ、哲学、「考える」ということを大切にしたいという。

以上3人の発表の後、まず私からいくつか質問させていただいた。
私から見ると、学校にとって外部からの支援というのは、現場の先生からは必ずしも歓迎されないこともあると思うが、その点をどう見ているか、まず萩原先生にお聞きした。先生によれば、教員たちは学校案内作りのように自分たちだけではできないことであれば歓迎するが、授業のやり方のようにこれまでの自分を否定されるようなことについては反発が強い。だから必要な支援が何かを見極め、それに支援をしてくれる団体よく話し合い、先生にも説明することが重要だという。教員は保守的だが、生徒の変化を実感できれば、変わりやすいとおっしゃっていた。
また白井さんには、多くの学校を見ていて、どういう学校であれば支援ようと思うのかをお聞きした。教育委員会から委託されていく場合や、校長先生が退職校長と相談して依頼が来る場合で、校長先生が危機感と熱意を強く持っていると、教員がしっかり取り組むので入りやすいとのことであった。ただし白井さんによると、管理職や担当の先生が異動した場合、改革が続かなくなり、元に戻ってしまう。どうすれば継続していけるのか、とくに異動が多い公立学校では難しい問題であろう。
それについて萩原先生は、校長だけが頑張ったり教員が校長にただ従っていたりするだけではなく、現場の先生に託していける形にできるかどうかがポイントだとおっしゃった。

 参加者からのコメントや質問も多くいただいた――定員を満たせない学校はどのようにすればいいのか、校長のマネジメント能力が不足している場合もあるが、どうすれば身につくのか、また地域のコミュニティの学校としてどのように運営していくべきかなど、学校の運営について切実な質問が寄せられた。またPTAや保護者、同窓会との関係についても質問があった。
 最後に私の方からは、学校がよくなるとはどういうことかについてそれぞれの意見を伺った。萩原先生によれば、分かりやすい指標としては、高校入試の応募倍率が上がるとか進路実績が向上するということだろうが、実際には5年10年たたないと評価はできないだろう。ただし、いちばん大事なことは、生徒自身が望んだ将来が実現できるようになることであって、数値やランキングに振り回されてはいけないとおっしゃった。白井さんと柴崎さんもの意見もそれに近く、二人とも、生徒と先生が共に楽しく生き生きしている学校になることが大事だとおっしゃった。
 
 3人のお話を聞いて、それぞれスタンスや努力していることは違うが、いい学校についての捉え方が共通しているのは、この3人だからだと思う。しかも「生徒も先生も楽しい学校」というのは、私自身が少し前に『教職研修』編集部が公刊した『ポスト・コロナの学校を描く』に寄稿した文章のタイトルと、奇しくもほとんど同じである。これは偶然と言えば偶然かもしれないが、逆にこのような根本の価値観が一致しているから、今まで一緒にやってきているとも言えよう。
 「生徒も先生も楽しい学校」というのは、一見シンプルで当たり前のように見えるかもしれないが、けっしてそんなことはない。今の学校は、生徒にとっても先生にとっても息苦しい場所である。それは不登校やいじめ、教員の過剰の負担など、さまざまに指摘されている問題を見ても分かる。学校改革は、細かいところを見れば、難しいことが多いのかもしれない。しかしいったんこのシンプルな理念に立ち返って、余計なものをそぎ落としていくところからやるべきことも見えてくるのではないかと思う。
 そんなことを再確認するとともに、学校内部の校長先生と、外部支援の団体の人から、非常に具体的な話が聞けたことで、私自身またあらためて学校教育への関わり方を再考することができた。3人の登壇者とお越しいただいた参加者の皆さんに心より感謝する次第である。

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