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【報告】Who's Responsible for Unhealthy Behaviour?(Dr. Rebecca Brown)・ Social Scaffolding of Moral Belief(Prof. Neil Levy)講演会

2018.09.14 梶谷真司, 石渡崇文, 林禅之, 佐藤麻貴

 2018年9月5日、Oxford大学のUehiro Centre for Practical EthicsよりDr. Rebecca Brown氏を、Macquarie大学の教授であり、Uehiro Centre for Practical Ethicsのsenior research fellowであるNeil Levy教授をお招きし、講演会が開かれた。(Levy先生のご講演は前日の9月4日に東京大学本郷キャンパスにて行われる予定であったが、台風の影響で延期となり5日に開催されることとなった。)

 Brown氏は哲学・倫理学を専門とし、特に「責任(responsibility)」概念や、政府による国民の健康増進のための施策下における個人の「責任」の役割について倫理的な考察を行なっている気鋭の若手研究者である。今回のご講演は “Who’s responsible for unhealthy behaviour?” というタイトルで、イギリスで顕著となっている健康増進に関する現象を事例として挙げながら、お話が進められた。


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 現在、イギリスをはじめとした世界中の多くの国々で慢性疾患の患者の増加が問題視されている。この中でも、ガンや心血管疾患、Ⅱ型糖尿病などの病気については、それらを引き起こす要因として個人の日常生活における行動がある程度影響すると考えられている。具体的には運動不足や、栄養の偏り、タバコやアルコールなどである。これに対して政府は、健康にネガティブな影響を起こしかねない行動や物質の摂取をコントロールするよう国民に啓蒙した。しかし、そのようなキャンペーンだけでは、国民の行動を根本的に変化させることは難しいと考えた。なぜなら、便利なツールがある状況では、人々は労力をかけることを避けるためにツールを使おうとするだろうし(例えば、階段よりエレベーターを使う)、嗜好品(タバコ、アルコール、スナックなど)を容易に手に入れられる現代社会では、ついそれらに手を伸ばしてしまうだろうから、人々の行動を変化させるためには、単に自己コントロールを呼びかけるだけではなく、環境デザインそのものに介入することが重要であるからだ。
 現在のイギリスには、人々により健康的な行動を、意識的にせよ無意識的にせよ、選択せしめる仕掛けが多くみられるという。例えば、人々にエレベーターよりも階段を使いたいと思わせるような表示が駅の床に貼り付けられていたり、人々がより健康的な食品を購入するよう促進するためにスーパーマーケットの配置が調整されていたりすることを指す。このような仕掛けは、“nudge”として概念化されているという。
 こうした状況を踏まえた上で、Brown氏は<人々が健康に対する責任を取ることができるのか>、また<もし責任を引き受けられるとするならば、果たして人々は責任を取るべきなのか、それはなぜか>ということが問われるだろうと指摘した。特に「なぜ自身の健康に対して責任を取るべきなのか」という問いについて、Brown氏は、健康であることや健康を促進するような行為を行うことが「道徳化(moralization)」しているという説や、「健康信奉(healthism)」が台頭しているという説をあげながら議論を展開した。またイギリスの公的な健康保険制度についても言及し、健康増進のキャンペーンの背景にある社会的な要因についても示唆した。ご講演の後は質疑応答の時間が設けられ、イギリスの保険制度や、タバコなど嗜好品の販売状況などについて更に詳しいご説明をいただいた。


 続いてご講演いただいたLevy氏は、「責任」や「道徳」、「自由意志」などの哲学的考察や、ニューロエシックスを中心として幅広いテーマを論じられている研究者である。今回のご講演は “Social Scaffolding of Moral Belief”というタイトルで、「偽善(hypocrisy)」だと考えられ得る事例を取り上げて、これをいかに解釈するかについて議論を展開された。


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 ある人が、過去のある時点で述べたことと相反する言動をとっていると感じたり、ある人が、その人が信じているであろうことと一見矛盾するような言動をとっていると思ったりしたことはないだろうか。このような発言や行動の矛盾が偽善に当たるものだ。一般的に、人々は偽善を嫌うが、このようなことは日常的に生じているだろう。お話の中で、大規模な例として挙げられたのは、米国でかつて “Never Trump Movement” を行なった人々が、現在はトランプ大統領の強力な支持者となったという現象だ。
 しかし、Levy氏は、偽善だとされるものが本当に批判されるべき言動なのかと問いかけた。その上で、偽善と呼ばれ得るような人々の言動は、予め人々の心の中にインストールされている論理的なメカニズムを背景としたものなのではないかと述べた。この仮説のもと、現実に起こった現象や、心理学的な実験を取り上げながら、いかに人々がたやすく言行不一致と思われるような行動を取り得るのかということが論じられた。このような言動が生じる理由の一つとして、例えば、人類がローカルな環境の中で生き延びるために個人が他者と協力しなければならならないという状況であったので、我々は他者との協調のために彼らの意見に影響されやすくなっている、ということが挙げられるという。つまり、他者の意見や個人が置かれた環境といった、個人の信念を形成する背景となる要素が変化すれば、人々はそれに合致する形で自らの信念を変化させるのであり、このようなメカニズムが機能するように人々の心がデザインされているというのである。
 Levy氏がご講演を終えると、指定コメンテーターである武蔵野大学の一ノ瀬正樹先生から3点のコメントが提示され、コメントに対するLevy氏の応答や会場からの質問で終了直前まで活発なディスカッションが展開された。
 お二方の演者によって、現代社会の現象が哲学・倫理学の観点から鋭く論じられた本講演会は、会場との質疑応答も活発に行われ、大いに刺激的な場となった。


(報告:山田理絵)

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