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【報告】「摂食障害をかかえて生きる」第3回「学校生活、就活・働き方」

2022.06.28 山田理絵

 2022年4月16日(土)、シリーズ企画「摂食障害をかかえて生きる〜当事者・経験者と考える、社会生活やライフイベントとの向き合い方」第3回「学校生活、就活・働き方」が開催されました。

 このシリーズ企画の趣旨や概要は、こちらです。シリーズ第1回(3月5日)、および第2回(3月27日)の開催報告も掲載されておりますので、あわせてご覧ください。

 第3回では、ゲストに摂食障害のご経験者である、鎌田彩加さん、篠原なつきさん、ロペあゆみさんをお迎えし、この企画の共同企画者であるおちゃずけさん、みせす(金子浩子)さん、山田は、全体の進行や司会などとして参加しました。今回も会場にて講演・ワークショップが行われ、その様子をオンラインで配信するというハイブリット方式で実施されました。会場には摂食障害のご経験者やご家族、支援者の方々などを含む10名以上の方々にご来場いただきました。

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当日のスピーカーの様子。


 おちゃずけさんは、2021年に『10代のためのもしかして摂食障害?と思ったときに読む本——「やせたい気持ち」から離れられないあなたへ』(おちゃずけ作・作田亮一監修・解説、合同出版)を出版されており、鎌田さん、篠原さん、ロペさん、みせすさんは、同書に摂食障害の経験を寄稿されています。

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おちゃずけさん。


 鎌田さん、篠原さん、ロペさん、みせすさんに、当日のご講演で話されたことや今回登壇されたご感想、メッセージなどをそれぞれまとめていただきましたので、以下で報告します。


■ 鎌田彩加さんからのご報告
- 摂食障害の主な症状と経緯
 私は、拒食、過食、過食嘔吐、非嘔吐、無茶食いなどを経験しました。拒食からチューイング、半年ほど過食嘔吐、現在はチューイングが主な症状です。

 病気を発症したのは高校二年生17歳の春。きっかけは、「3キロ痩せよう!」友達と何気なく始めたダイエット。そのタイミングで、胃腸炎にかかり、何日も食べられなくなって体重が減り、身体が軽い、という感覚の嬉しさを覚えたことが症状をヒートアップさせる。夏頃には10キロほど体重が落ち、自分でも怖くなっていたものの、もう症状の沼からは抜け出せなくなっていた。
 この頃から食以外にも時間への強迫概念も強くなり始める。高校三年生になりクラス替えなどで環境が変わったことで 症状が少し落ち着く。大学受験があったことで食に向く時間が減ったことも症状がやわらいだひとつの要因かなと。
 大学3年生までは保育士、幼稚園教諭、小学校教諭の免許取得のために学業に専念できる環境であったため、その間は症状が落ち着いており、食や時間へのこだわりは多少あったものの、体重等も激減することはなかった。大学4年生の10月に 無事小学校教員採用試験の合格が決まり、ずっとずっと念願だった小学校教諭になるという夢に近づいた。が、大学生活の忙しさで眠っていた病気の症状が、3月までの自由な時間ができたことにより悪化。やめることのできない自分のマイルールに毎日縛られ、病気の自分と毎日闘う日々。体重も20キロ前半まで落ちてしまう。
 この身体でも小学校教諭になることを諦めきれず 4月に着任したものの、二週間でベッドから起き上がれなくなり、そのまま大学病院のICU(集中治療室)にて人工呼吸器治療。何度もICU、HCUを行き来しながら約半年間治療を行う。治療の過程でできてしまった気管内の肉芽腫により、呼吸困難となり気管切開を行う。今も気管狭窄があるため、気管切開をしたまま生活を送っている。メンタル、気管狭窄共に症状はゼロにはなっておらず、通院は続いているものの、周りの人たちに支えに助けてもらいながら一週間に一回が三ヶ月に一回でも 大丈夫な状態を保てている。

- 学校や仕事で困ったこと
 お昼の時間や、修学旅行等の行事、大学生活における実習(保育園、幼稚園、小学校、特別支援学校等)は、症状や自分のこだわりとの折り合いをつけるのに悩む場面が多かった。「もっと食べたほうがいいよ!」「少なくない?」「それだけ?」などの何気ない悪気のない言葉であるのに、胸が苦しくなってしまっていた 。どう応えて良いのか分からず、「お腹が痛くて!」「家で食べてきたんだー!」「朝ごはん食べすぎちゃって!」などと、笑ってごまかしてしまっていた。心の中は、悪いことをしている気持ち、嘘ついてごめんねなどの罪悪感とその場から逃げたいという気持ちでいっぱいになってしまっていた。
 お弁当は鞄で見えないように隠したり、普通の大きさのお弁当箱だけれども、中身はほとんど入っていなかったり、食べているものを見られることも怖かった。ひとつの食材を小さく小さく口に運びどうにか食べているように見せることで、何も言われないように、と必死だった。誰かとの食事は常に罪悪感と不安と怖さとで本当に胸が苦しかった。

- 困難を乗り切るための自分なりの工夫
 病気を持ちながら周りの環境とうまく折り合いをつけながら学校生活を送る上で、どうしても自分の中で〝勇気〟を出す瞬間は必要なのかなと思っている。大勢の輪の中でお昼ご飯を食べることが私の中では心が苦しくなってしまっていたので、クラスの中で嫌われてもいい(それほど自分が安心できる人だったから)と思えるような大好きな友達一人に自分の症状を全て話した。その後はその友達と2人でご飯を食べられる環境を作れたため、心の安心に繋がり、お昼の時間や修学旅行等の行事の食事場面も乗り切れた。また、大学時代も同様で、入学してすぐにこの子なら大丈夫...と思える子に症状を全てお話しできたため、私が何を食べていても、たとえ何も食べていなくてもいつもと変わらない接し方で笑ってくれ、本当に助けられていたなと感じる。
 実習では、子どもと食べるという私の中では最大の関門がありました。食べない訳にはいかない、子どもの見本になるのが先生というプレッシャーで押しつぶされそうだったのですが、絶対に諦めたくない、頑張りたいという自分の気持ちが勇気に変わり、実習担当の先生に自分の症状を、全てお話した。その上でいろいろな配慮をとってくださり、少し罪悪感もあったのですが、無事実習の中での食事場面も乗り切ることができた。苦しい環境を自分から離れる〝勇気〟、頑張りたいとき、諦めたくないとき、に自分から自分の症状を伝える〝勇気〟。これが私にとって病気を持ちながらも苦しい場面を乗り切れた鍵だったのかなと思う。

- 周りの人へのカミングアウト
 先程の項目と重複してしまうが、私は状況を判断した上でカミングアウトしていた。誰にでも病気をオープンにしていた訳ではなく、自分が何かを頑張りたい、諦めたくない だけれども、自分の病気がすこーし邪魔をしてしまう...そんなときはどこかで気持ちの強さが勇気に変わり、お話できる環境を自分自身で作れるのかなと思う。カミングアウトするのは、怖いし不安だし、嫌われたらどうしようと思ってしまうのは当たり前なのかなと感じます。だからこそ、この子なら、この先生なら、嫌われてもいい!(自分がそれほど安心できる人だったから)その覚悟をもって私は伝えていた。

- 社会にどんな支援が必要だと考えるか
 私は、病気をもっていることで、自分の生活がめちゃくちゃになってしまったり、家族や周りの人たちに迷惑をかけてばかりになってしまったり、そういう状況で何より一番孤独を感じてしまいました。だからこそ、直接会わなくても繋がれる場所(SNS等)や、同じ病気を持っている人はどのような支援を受けて生活しやすい環境を築いているのかを知れる場所(ホームページやSNS等)が、より普及したらいいなと感じる。
 病気で自分がいっぱいになってしまうと、何をしても八方塞がりで、もっともっと外の世界との繋がりを恐怖に感じてしまう。病気をもっていたって、気軽に繋がっていいんだよと思えるような、そういう安全安心な場所がネットの中でも現実世界の中でも増えていくとよいなと思う。

- 感想とメッセージ
 まずは、このような素敵なイベントで、自分の経験をお話できる場、共有できる場を設けてくださり、本当にありがとうございます。会場に足を運んで下さった方、zoomを通してお話を聞いてくださった方、このメッセージに目を通してくださった方、本当に感謝でいっぱいです。
 私は三年前、自分の身体を受け入れられず塞ぎ込んでしまっていたときに、勇気をだして摂食障害のイベントに初めて参加をしました。今回のイベントでは遠くのほうであのとき自分が見えているような感覚がありました。まさか、このように自分自身が自分の経験を語っている立場にいるなんてあのときの自分は思っていないと思います。自分では前に進んでいないのかなと不安になる毎日ですが、こうしてみると、後ろを振り向く瞬間はあっても、もしかしたら、足の進んでいる方向は前だけなのかもしれません。
 障害を抱えたことで私はたくさんのものを失い、描いていた人生からは遠ざかってしまったのかもしれないけれど、誰もが平等に与えられるものではないからこそ、私はこうして、自分の中にあるはずのなかったイレギュラーな人生に出会うことができているのかもしれません。もしかしたら、今私に起きている出来事は全部私の人生にはなかったものばかりなのかもしれません。特別な人生を歩ませてもらえている一人なのかもしれないなとそう思える瞬間は全部尊くて無駄なものはなく、自分をもっともっと大切にしようと思えます。
 これからも、支えてくださっているたくさんの人にありがとうの気持ちを持ちながら、私にこの人生を歩ませてくれて ありがとうと言えるような日々を 色々な葛藤をしながらも歩んでいきたいなと改めて今回のイベントを通して感じています。改めて、このような繋がりの場にありがとうでいっぱいです。

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鎌田彩加さん。


■ 篠原なつきさんからのご報告
- 摂食障害の主な症状と経緯
私は、拒食、過食嘔吐、非嘔吐過食を経験しました。

・14歳(中学2年生)〜拒食症 痩せたいという気持ちから、食事を減らしたり運動をしたりするうちに病気にのめり込んだ。
・19歳頃(大学1・2年生)〜非嘔吐過食症 外食する機会が増え、「美味しい」、「(食べることが)楽しい」と思うことが増えた。そうするうちに「もっと食べたい」と食べる量が度を越えるようになり、過食に移行した。
・21歳頃(大学4年生)〜過食嘔吐と非嘔吐過食の繰り返し 太っていき自分が醜いという思いが強くなり、鬱が酷くなった。どうにかしたかったが、食べることはやめられなかったので吐く練習をした。吐くのが辛かったり、めんどうくさかったり、環境的に難しくて、非嘔吐になったり、太るのがどうしても嫌で嘔吐になったりを繰り返している。

- 学校や仕事で困ったこと
①人間関係の構築(マイルールがあり、周りに合わせて動けない。食事を通したコミュニケーションの場に行くことが難しい。)
②夜中の過食や過食嘔吐で寝不足になり朝起きれず、授業に行けなかった。
③太って醜いと思うため、外に出るのが怖くなり、学校にも行けなくなった。
④通院のための休みの調整。

- 困難を乗り切るための自分なりの工夫(上記の困難なことの番号と対応して記載)
①「予定がある」と言って参加しなかった。「お腹の調子がよくなくて」と言ってあまり食べなかった。
②学校近くに住む友達の家に泊めてもらって、一緒に登校した。
③入院をして思考を切り替えた。
④直属の上司に病気のことを話して休みを調整してもらった。

- 周りの人へのカミングアウト
 相手を見極める。ある程度、関係性を築いてから話して良いかどうか考える。話す時は、相手がどのような反応をするかは、私がコントロールできる範囲のことでないことをよく自分に言い聞かせる。病気をオープンにするだけでなく、どのような対応をしてほしいかを具体的に伝える。

- 社会にどんな支援が必要だと考えるか
 正しい知識が広まって欲しいと思う。そうすることで支援を求める時のハードルが下がると思う。
 医療機関の情報を手に入れやすい仕組みづくりが必要だと思う。医療機関にかかるまでや、社会資源を使うためにサポートしてくれるシステムがあれば良いと思う。

- 感想とメッセージ
 こうして摂食障害のことを公の場で話せるようになった、話したいと思うようになったのは、周りの方との出会い、繋がりのおかげだと思っています。
 大学生までの私は、自分の摂食障害を隠してきました。恥ずかしいとか、偏見の目で見られるのが怖いとか、嫌われてしまうのではないかという不安などから言えずにいました。しかし、社会人になり、たくさんの人と出会い、関わる中で、新しい価値観が次々と入ってきて、「摂食障害のことを話したい。知ってほしい。病気をマイナスの面だけで終わらせたくない。せっかく苦しい思いしてきたのだからなにかに繋げたい。」そう思うようになりました。
 この経験から、私は様々な人と関わり、色々な世界を知ることはとても素晴らしいことだと思っています。 新しい人と繋がることや新しいことをすることは勇気がいると思いますが、一歩踏み出してみると違った世界が見えるかなと思います。その一歩は周りに人がいたから踏み出せたのだと私は思います。 独りになりたくなることもあるけど、これからも諦めずに、独りになりきらずに回復していきたいです。

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篠原なつきさん。


■ ロペあゆみさんからのご報告
- 摂食障害の主な症状と経緯
 発症当初からずっと過食嘔吐。ですが、途中吐けなくて太ったり(70kg超)、食べることも消化することもできず拒食に近い時も(35kg)ありました。
 発症したのは大学に入ってすぐ18歳の頃。ダイエットがきっかけ。友達に吐いたら楽だよと言われて何気なく吐いてしまったのがきっかけでした。

 その当時、音楽で大きな挫折を経験して自信を全く失っていたので、ダイエットして周りから褒められることがとても嬉しかった。だからどんどんダイエットにのめりこんでいった。痩せることは数字や見た目としてすぐ見えるのでそれが自分でも自信になっていった。しかし食べないだけのダイエットだったので反動で食欲は爆発、過食がどんどん酷くなる。しかし吐けばいいと思っていたので食べて吐くを繰り返しているうちに止められなくなった。
 さらに、音楽の挫折で心にポッカリ大きな穴があいてしまっていたので、それを食べることで満たそうとした。結局、大学もやめて社会に出て働き始めたが、摂食障害を抱えながら働くことはとても大変で長続きせず、いろいろな職を転々としていた。
 最終的に夜の仕事(水商売)に辿り着くも、そこで本格的に精神も身体も壊し倒れる。そこから働くことは諦めて自宅療養。そんな中、苦しみを吐き出すために始めたのが筆文字アート。それをSNSにアップしたら周りからの反響が大きく、こんな自分でも人の役に立てることがあるんだ、こんな自分でも生きていていいんだ、と思えて生きる希望を見出す。そこから本格的にもっと描こうと思うように。地道に描き続けているうちに個展なども開催できるまでに。
 しかし、相変わらず社会に出て働くことはできなかったので(パニック障害もあり)自宅で収入を得る方法を探し、いろいろ挑戦しては失敗の繰り返しで試行錯誤しているうちにYouTubeにたどり着いた。
 現在も摂食障害もパニック障害もあるが、今はそれ以上に好きなことやるべきこと大切なこと(筆文字やYouTubeや歌うこと)があるため、それが生きがいになっている。病気の経験を活かせる場所を見つけられた。今も病気はあるが、そこにとらわれず、病気の経験や生きる苦しみを筆文字アートやYouTubeで表現する活動を続けている。

- 学校や仕事で困ったこと
 社会で働いていた時はやはり理解して貰えなくて苦しんだ。どうしても体調が悪かったり休みがちになるので摂食障害という病気だと説明しても受け入れてもらえなかった。「そんなの理由にならない」、「そんなのは甘えだ」と言われるだけ。なので結局、一つの職場で長続きせず転々とするしかなかった。

- 困難を乗り切るための自分なりの工夫
 私の場合はどんな職場においても乗り切れてなかったと思う。だから最終的に融通の利く夜の仕事についた。それしかもう選択肢がなかった。だけど結局身体も心もボロボロにしました。

- 周りの人へのカミングアウト
 私はした方が楽になれると思う。もちろん必要な人だけでいいと思う。身近な人やいつも一緒にいる人にはやはり知っておいてもらったほうがお互いに過ごしやすいし、より絆を深められるかと思う。そこで関係性を築けるチャンスでもあるのかなと。私はカミングアウトしたことで心の繋がりをもてる友人に出会えた。生まれて初めて、心が繋がれる人だった。そういう存在や関係が必要だったのだと思う。

- 社会にどんな支援が必要だと考えるか
 これは私にとっては難しい質問かもしれません。そもそも社会に何も期待していませんでした。病院にも何も期待していませんでした。自分の病気や自分の気持ちなど絶対に理解して貰えないと思っていたからです。だから自分ひとりでなんとかしようというのが当たり前でした。
 そう思ってしまう当事者の方は多いのではないでしょうか。最初から諦めて閉じこもってしまう。だからそう思わせないために病気のことをどんどん話せる世の中になってくれたらと思う。履歴書に病気のことを書く欄があるとか。当たり前のように職場や学校でも話していいよって風潮があるといい。摂食障害だけでなく様々な精神疾患や依存症などのことを当たり前のように皆が知っている世の中になってくれたらいいな、そして皆で補い合い助け合って生きていける世の中に。

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ロペあゆみさん。


■ みせす(金子浩子)さんからのご報告
- 摂食障害の主な症状と経緯
現在32歳、女性。大学2年に発症(現在11年目) 拒食、過食、過食嘔吐、非嘔吐、無茶食いなどを経験しました。

(大学生活との両立)
 大学2年の時にダイエットをきっかけに拒食、大学の友達にランチを誘われても「朝ごはん食べすぎたから」「このあと用事があるから」と断っていました。
 大学4年後に過食が始まり、研究室に夕方行って夜食べ始め、朝方寝るような昼夜逆転の生活をしていました。パソコンを前に片手でお菓子を貪り食うような過食をしながら卒業論文を仕上げ、理解ある教授のおかげで卒業しました。
 大学院修士時代は、精神科通院がメインで、最低限の取りやすい単位だけに注力してなんとか修了しました。

(仕事との両立)
 就職活動が無事終わり、新卒で大手製薬会社に入社しました。 新人研修で半年間の合宿生活、毎回決まった三食の食事に耐えられず、過食嘔吐の再発。営業職として配属されず、また責任ある仕事を持たされず、仕事を頑張りたい気持ちが空回りして拒食や過食を繰り返しました。前夜の過食嘔吐のせいで起きられず午前休を取得したり、職場フロアで過呼吸になったりしたこともありました。

(大学生活との両立・2)
 資格取得のために、働いたあとに夜間の大学に1年通学しました。多忙の中、通学途中に過食で遅刻、出席日数が足りず単位を認定されなかったことがあります。「食べるのが止まらなくて遅刻しました。」と私が言ったのに対し、「病気を治してから社会生活をやったら?」という教授の声が胸に刺さっています。

- 学校や仕事で困ったこと
 学校・職場でのランチのお誘い、 過食嘔吐した翌日に起きられない、有給休暇と通院の両立(平日のみの病院だったのでなかなか休みが取れない)など。

- 困難を乗り切るための自分なりの工夫
 会社のフレックス制度をうまく活用しました。また、理解のある友達、上司に病気のことを事前に伝えておきました。

- 周りの人へのカミングアウト
・企業:[カミングアウトしないほうがよい] 私はカミングアウトして入りました。しかし、会社としてはメンタルが不調な方に対して保守的な対応をせざるを得ないのかな?と感じるような出来事もありました。なので、カミングアウトをするかどうかは、慎重に見極めるべきかと考えています。
・上司・先生:[カミングアウトするべき] 事情をわかってくださり、信頼関係が築けていれば伝えるべきだと思っています。ただ、その際に病気だけを伝えるのではなく、具体的にこういう配慮をしてほしい(会食のお誘い)、病気以外は普通に扱ってほしい、などのメッセージを伝えることが大切ではと振り返って思っています。

- 社会にどんな支援が必要だと考えるか
 誰もが摂食障害になりうる可能性があり、また友達や部下、上司など誰もが摂食障害の当事者の支援者にいつでもなる可能性があります。摂食障害に対する理解を踏まえ、本人によりそう対応が必要ですし、本人がカミングアウトしてもよいような柔らかい風潮をつくっていきたいと思っています。

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左、おちゃずけさん。右、みせすさん。


 以上が、スピーカーの4名からの報告です。
 当日は、講演の後、会場に来てくださった方々とグループディスカッションが行われました。参加者の中には、このシリーズ企画に初回から参加してくだっている方、遠方から今日のために東京に来てくださった方、ご家族で参加された方などもいらっしゃいました。
 ディスカッションでは、それぞれの方から、イベントに参加された経緯や経験談、登壇者への質問などが話されました。例えば、経験者の方からは「自分の摂食障害の経験をもとに誰かの力になりたいと思うけれど、同時に自分も助かりたいと思う」、「どうしたら安全な場所を作れるか」、「カウンセリングの料金が高いと思う」、「学校生活での困難をどうしていたか気になっていた」などの話題があがりました。
 当日、会場やオンラインでご参加くださった皆様、本当にありがとうございました。

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             (報告:おちゃずけ、鎌田、篠原、ロペ、金子、山田)

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