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【UTCP Juventus】池田喬

2010.08.09 池田喬, UTCP Juventus

【UTCP Juventus】は、UTCP若手研究者の研究プロフィールを連載するシリーズです。ひとりひとりが各自の研究テーマ、いままでの仕事、今後の展開などを自由に綴っていきます。2010年度の第4回目は特任研究員の池田喬(ハイデガー哲学・現象学)が担当します。

以下では、私が取り組んでいる三つの研究分野、(1)M. ハイデガー研究(2)行為者性の現象学(行為論と現象学の関係)(3)コミュニケーションとリハビリテーションの現象学(障害当事者研究と現象学の関係)、についてご紹介したいと思います。

(1) M. ハイデガー研究:『存在と時間』と初期講義録
 私の主要な研究対象は、20世紀ドイツの哲学者M.ハイデガーの主著『存在と時間』です。2008年に提出した課程博士論文『行為と世界——初期ハイデガーの哲学』に大学院時代の研究成果はまとめました。
 私が研究を遂行する上で心がけているのは、難解で知られるハイデガーの議論の数々を、ハイデガーの専門家以外の哲学研究者にわかるように組み立て直すことです。いくつか例を挙げますと、(I)『存在と時間』第一篇における「道具的存在性」や「世界内存在」の議論を、「外的対象の存在証明が欠けているのは哲学のスキャンダルだ」と嘆いたカントへの批判的応答——そのような証明はそもそも求められる必要がないという主張——として示すこと、(II)『存在と時間』第二篇における「死」の存在論を、「人は死ぬ前にその生が幸福であると言えるか」をめぐるいわゆる「ソロン問題」と、幸福の耐久性に基づいたアリストテレスの楽観的回答への批判的応答——死を「全体存在可能であること」として捉えることでソロンの懐疑は消失するが、その際の可能性は人間存在の恒常的な耐久性ではなく有限性に基づく——として示すこと、などがあります。
 これらは意外な議論に思えるかもしれませんし、本来はかなりの説明が必要ですが、ここではその詳細を述べる余裕はありません。しかし、一つ強調したいのは、こうした議論をするために、よく言えば独創的、悪く言えば恣意的な解釈を押し付けることは必要でない、ということです。必要なのは、ただ、次々と公刊されている『存在と時間』準備期の講義録を読み解き、『存在と時間』の舞台裏に精通することです。ハイデガーの講義録を読むことは『存在と時間』を(再)発見することに他なりません。講義録の読解は、例えば、『存在と時間』の新奇な術語の多くが実はアリストテレスの著作を独訳することで得られていたり、一見唐突な主張が非常に古典的な哲学の議論への応答であることなどを教えてくれます。
 とにかく、『存在と時間』以前の論考や講義録の読解を通じて、『存在と時間』に哲学的議論のコンテクストを与え直すこと、これがこれまでの私のハイデガー研究の主要な方法であり続けてきました。その研究の過程で、実際に、ハイデガーの講義録を一冊翻訳することもしました。一九一九・二〇年冬学期講義『現象学の根本問題』がそれです(虫明茂との共訳、創文社)。また、現在は、博士論文をリライトして出版することを目指して作業中です。今年度内に出版できればと思っています。

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(2) 行為者性の現象学
 さて、『存在と時間』の哲学は何といっても「存在論」ですが、その具体的分析については、広い意味での「行為」への関心が中心を占めていることには、この書を読んだ誰もが気がつくでしょう。『存在と時間』前半では道具との実践的交渉、後半では決意や選択など、通常「行為」と呼ばれるものに属する事柄の詳細な分析がなされているのです。私は『存在と時間』における存在論と行為論の交錯の含意を、標準的な行為論の議論に位置づけ、提示することを目指してもいます。
 特にハイデガーの「実存」と同様に「私が誰であるか」についての自己理解が「行為者性」の概念の中核にあると考え、「アイデンティティ」に基づく行為者論を展開する論者たち(Ch.テイラー、C.コースガードら)に着目しています。また、最近の行為論において「自分を大切にする」という意味での「ケア」(H.フランクファート)が注目されていることもハイデガーの「実存」概念を再評価するために見逃せない動向と考えています。
 また、こうした行為者の自己理解は、あらゆる行為に伴いうるものでありながら、明示的に意識されるということはほとんどありません。この行為者の非明示的な自己理解ないし気づきに対する探求は、最近「行為者性の現象学」と呼ばれているものとも関連性を示しています。この探求に対してフッサールやハイデガーらの古典現象学がなしうる寄与については一度当COEによって主催されたレクチャーでお話ししました。ご関心のある方はその報告がありますので、ご覧いただければと思います。

(3) コミュニケーションとリハビリテーションの現象学
 ハイデガー研究、行為論研究に並んで、現在当COEでは中期教育プログラム「科学技術と社会」に所属し、主に「コミュニケーションとリハビリテーションの現象学」という研究会を中心に活動しています。その趣旨については別ページをご覧いただきたいのですが(こちらに趣旨説明があります)、「現象学」ということに限って言えば、身体障害やコミュニケーション障害の「当事者研究」から、行為論、知覚論、コミュニケーション論にとって重大な論点を多く学んでいます。現象学的研究と当事者研究が双方にとって実りある出会いを結べるような議論を今後展開していきたいと思っています。ご関心のある方は第一回目研究会の報告をご覧ください。

池田喬(PD研究員)

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