【報告】松山刑務所・髙野洋一所長ご講演「刑務所の現状と社会復帰支援」③
2023年3月30日、UTCPのシリーズ企画「Second View」の第1回講演会が開催された。ご講演は「刑務所の現状と社会復帰支援」というタイトルで、松山刑務所(愛媛県松山市)の所長・髙野洋一氏にご講演いただいた。
当日の内容を4回に分けて報告する。松山刑務所・髙野洋一所長ご講演「刑務所の現状と社会復帰支援」②はこちら。
3 刑事施設における矯正処遇
受刑者は刑務所に入ってからどのような日々を過ごすことになるのだろうか?入所後の処遇のステップや、刑務所内での生活のルーティーンについての紹介があった。
日本の刑務所にはそれぞれどのような受刑者に対応するかが予め決められている。たとえば生物学的な性別や、犯罪傾向がどれくらい進んでいるか(はじめて刑務所に入るのか、犯罪や受刑を繰り返しているのか)が、各受刑者をどの刑務所に振り分けるかの主要な指標となる。裁判で被告人に有罪、実刑の判決が出された後は、その人をどこの刑務所で処遇するべきかが検討される。その際に、受刑者の生い立ちや犯罪歴の調査が行われるそうだ。
受刑者が刑務所に入ると、まず刑執行開始時の指導があり、刑務所とはこういうところ、という基本的な指導が行われる。続いて矯正処遇の段階へと進む。報告者が髙野所長のお話をうかがっていて、いわゆるこの段階が、一般的にイメージされる「刑務所での日々」のような印象をうけた。矯正処遇としては主に、「刑務作業」と「改善指導」が行われる。
刑法では、懲役刑に服する人は刑務作業をしなければいけない決まりがある。受刑者の多くは懲役刑であり、したがって多くの受刑者が刑務作業に従事することになる。刑務作業には、その多くを占める「生産作業」のほか、「職業訓練」、「自営作業」、「社会貢献作業」がある。
まず「職業訓練」とは、「職業に関する免許・資格又は必要な知識及び技能を習得させることを目的として行う訓練」(スライドより引用)のことをいう。職業訓練にはホームヘルパー科、建設く体工事科、CAD技術科、フォークリフト科など、刑務所ごとにさまざまな種目がある。また、日本の刑務所では受刑者たちの生活に必要となる炊事、洗濯、理髪などの作業は受刑者自身が分担している。これらの活動を「自営作業」といい、刑務作業の中に含まれており、一定の受刑者がこの作業に取り組んでいる。「社会貢献作業」とは、いわゆるボランティア活動に近いイメージで、受刑者が刑務所の近くで除草やゴミ拾いなどを行う。
刑務作業に加え、刑務所の中では「改善指導」が行われている。刑事施設における改善指導は「一般改善指導」と「特別改善指導」に分けられる。前者は受刑者一般に対して実施されるプログラムであり、酒害教育や職業講話などがこれにあたる。他方「特別改善指導」には、「薬物依存離脱指導」や「性犯罪再犯防止指導」などがあり、受刑者の罪名や状況に応じたプログラムが実施されている。例えば、覚醒剤などの違法薬物を使った受刑者がいたとしよう。このような人には「薬物依存離脱指導」や「教科指導」などが実施される。
多くの「特別改善指導」はグループワーク形式であり、グループの中には受刑者とともに刑務所の職員も混じり、ワークが実施されている。髙野所長によれば、グループワーク形式を取り入れたプログラムが実施されている現在は、20年以上前の刑務所の様子と比較して、大きく変化した部分のひとつであるという。指導の実施にあたって、全国の刑務所で同じ内容・水準の改善指導が行われることを目指し、法務省が指導のマニュアルを用意しているという。その上で、特別改善指導の対象者として選ばれた受刑者ごとに濃淡をつけつつ、集中的なプログラムが実施されるのだ。
また改善指導とは別に「教科指導」があり、「中学校課程」、「高等学校通信課程」、「高等学校卒業認定試験」などが全国の刑務所で行われている。そのほか刑務所では、篤志面接委員や教誨師を招いた講話がおこなわれたり、体調をくずした人に対しては一般社会の水準に照らして矯正医療が行われたりするという。
4 再犯防止と刑事施設における社会復帰支援
受刑者の中には、現在の入所以前にも受刑をしたことがある人が含まれている。このように、一度刑務所で罪を償っても、出所後に再び犯罪に手を染めて(再犯)、刑務所に戻ってきてしまう人もいるのだ。髙野所長は再犯の現状と対策について次の内容を説明してくださった。
まず、受刑者が刑務所を出た後、2年以内に再犯をして刑務所に戻ってくる人はどれくらいるのだろうか?平成17年には6,519人(再入率22%程度)であったが、近年再犯防止に力が入れられていることもあり、令和2年には1,749人(再入率15.1%)と減少傾向にある。他方で、増加傾向にある集団もある。65歳以上の高齢受刑者についてみると、平成28年〜令和2年の間の統計では、20%前後の2年以内再入率がみられる。つまり、高齢者であれば、再犯する人が全体の平均値よりもやや高い傾向にあるのだ。
再犯防止は法務省が最も力を入れて取り組んでいる課題の一つであるようだ。日本では平成28年12月に「再犯の防止等の推進に関する法律(再犯防止推進法)」が施行された。そして、この法律の条項を受けて、平成29年12月に「再犯防止推進計画」が閣議決定された。これにより、各自治体で再犯防止推進計画を作成しなければならない決まりとなった。
スライドによれば、再犯防止推進計画では、平成30年度〜令和4年度の5年間を対象期間として、以下の7つの重点課題が設定されている。それらの課題とは、「①就労・居住の確保等」、「②保険医療・福祉サービスの利用の促進等」、「③学校等と連携した修学支援の実施等」、「④犯罪をした者等の特性に応じた効果的な指導の実施等」、「⑤民間協力者の活動の促進等、広報・啓発活動の推進等」、「⑥地方公共団体との連携強化」、「⑦関係機関の人的・物的体制の整備等」であり、これらの課題について115の具体的な施策が設定されているという。
さらに令和元年12月には、「再犯防止推進計画加速化プラン」が犯罪対策閣僚会議で決定し、再犯防止施策の中でも特に重点的に取り組むべき課題として、「①満期釈放者対策の充実強化」、「②地方公共団体との連携強化の推進」、「③民間協力者の活動の推進」の3点が掲げられた。再犯防止推進法は令和3年12月の時点で、施行から5年が経過し、また、再犯防止推進計画についても令和4年度末で5年間の計画期間が終了した。令和4年度以降はこうした法律や計画の見直しの時期に入っているということである。
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ここから受刑者が出所したあとの、具体的な社会生活を見据えた支援についてみていこう。所長は、受刑者の就労と福祉への接続をめぐる支援と調整についてお話しされた。
まず就労について、刑務所では受刑者に対する個別の就労支援や雇用主とのマッチング、受刑を経験した人を雇ってくれる企業など(協力雇用主)を増やす取り組みが行われている。各刑務所にはキャリアカウンセリングの資格を持つ人が勤務しており、そのスタッフを中心に、受刑者の出所後の就労をサポートする仕組みがある。
松山刑務所の場合は、ハローワークの職員が週に何度か刑務所に出勤し、受刑者の就労に関する調整や指導業務などに関わっているという。また、協力雇用主を外部講師として招き、受刑者たちに向けて職業講話をする機会も設けられているそうだ。また、刑務所の外にむけては、受刑者を雇用する企業を探すために、企業を対象とした「スタディーツアー」を実施し、刑務所の中の様子や生活について企業に知ってもらう機会を作っているという。
近年のユニークな取り組みとして、「農福連携」があり、受刑者と農業の仕事をつなぐ試みが行われている。具体的には「農福連携を行っている農家や福祉事業所を訪問し、刑務所の取組を説明」したり、「刑務所で開催する意見交換会に参加していただけるか確認したり、受刑者の作業体験等受け入れの可否について交渉」したりしているという。松山刑務所でも、近年農家の方の仕事を受刑者に体験させるためのプログラムを実施し、農福連携の新たな可能性を探しているという。
お話を聞いて、報告者は、受刑者の就労支援はかなり手厚いものだなと感じた。所長によれば、これには理由がある。受刑者は多くの場合、刑務所から出た途端に一般社会の中で自らの力で生活をしていかなければならないが、その一方で、受刑中には、受刑者がお金を貯められるような仕組みはなかなかない。したがって、出所後の就労の目処が経たなければ、すぐに生活上の問題に直面し、また犯罪に手を染めざるを得ないような状況となってしまうことが懸念されている。こうした状況を回避するため就労支援に力が入れられている。つまり、受刑者の就労は再犯防止のために重要な課題なのだ。
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就労支援に加え、受刑者が出所した後にさまざまな福祉サービスに繋がれるようにするための調整も、在所中に実施されることがある。これを「特別調整」といい、厚生労働省と法務省との協議によって、平成21年から始まった制度である。対象となるのは受刑者の中でも特に、「帰住先がなく、かつ高齢や障害といった問題を抱える人」を対象として、その人の同意を得て、「出所後に福祉的な支援を受けることができるよう関係機関が連携して手続きをする制度」(スライドより引用)である。
ただし、調整にあたっては受刑者本人の同意が必要となる。なぜなら、後にもみるように、この調整にあたっては、受刑者の罪名を含む個人的な情報を福祉関係者に周知する必要が生じるからである。つまり、本人の同意を得なければ、特別調整の対象者であっても調整が行えない。刑務所のスタッフから見れば、出所後の支援が必要だと思っても、公的な支援を望まない人についていかに対応していくかが現場の課題となっていると髙野所長は述べた。
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ご講演の最後に、今後はじまる司法制度をめぐる制度的な変化と、それに関連する課題をお話しされた。日本では、令和4年に「刑法等の一部を改正する法律案」が決定し、「拘禁刑の創設」、「刑の執行猶予制度の拡充等」、「施設内・社会内処遇の一層の充実化等」を実施していくことになった。遅くとも令和7年までにはこの法改正の内容が実行される。
各内容を具体的にみていこう。現在の受刑者はほぼ「懲役刑」もしくは「禁錮刑」に処せられるというお話しがあった。制度の改正後はそれらが廃止され、受刑者が実刑判決を下されるときは、一律に「拘禁刑」に処せられることになる。特に「懲役刑」では、原則的にどんな受刑者も刑務作業に従事しなければいけないということであった。髙野所長によれば、「懲役」という言葉から明らかなように、現行の制度では受刑者を「懲らしめる」ための作業という考え方もあるようだ。
しかし、将来の改正では、こうした考え方がまず変化する。受刑者の懲らしめのための刑罰というよりも、改善更生のための刑罰という側面が強調されるようになり、そのために必要な刑務作業や改善指導を実施するべきだという考え方となるという。一言で改善更生といっても、それぞれの受刑者の属性やできること、置かれた状況は異なるだろう。髙野所長のご講演の中で、現在の制度の中でも、刑務所のスタッフが受刑者に合わせた対応をされているのは明らかであるが、改正後は、受刑者の特性や状況に応じた矯正処遇がますます重視されるようになる。
髙野所長はさらに、この改正に伴い、刑務所の運営にとって重要な変化があるであろう点について2つ指摘された。ひとつは「刑事施設の長による社会復帰支援(帰住、医療、就業、修学等の支援)」が定められることである。現行の刑法等では、実は、刑務所内での就労支援などは規定されていないそうであるが、今後は法律で規定され、それにしたがって刑務所は受刑者の社会復帰支援を促進する責務を負うことになるというのである。
もちろん刑務作業がなくなるわけではないし、各刑務所の人的、時間的、経済的なリソースについては劇的な変化があるわけではないので、引き続き、刑務作業中心の日常は続く可能性が高い。しかし、新しい刑法等の考え方では、受刑者に必要と判断された場合にしか刑務作業が実施できなくなるため、それぞれの受刑者に対する刑務作業の意味づけがますます重要になるだろうと所長は述べた。
もうひとつの重要な変化は、「被害者等の心情等を踏まえた処遇」を刑務所が実施することになるという点だ。この制度では、全ての犯罪を対象(予定)に、その犯罪の被害者側が希望した時に限り、刑務所スタッフが被害者を訪問して加害者への思いを聞きにいく。刑務所職員は、被害者から聞いた内容を受刑者に伝えるとともに、受刑者を刑務所で処遇する際の参考にするという制度だという。これまで、日本の刑務所は被害者に接する機会がほとんどなく、この制度をいかにして運営していくか、現場のスタッフの準備も含め、対応が急務となっている。この制度は2023年12月に、まもなくスタートする。
(報告:山田理絵)