【報告】松山刑務所・髙野洋一所長ご講演「刑務所の現状と社会復帰支援」④
2023年3月30日、UTCPのシリーズ企画「Second View」の第1回講演会が開催された。ご講演は「刑務所の現状と社会復帰支援」というタイトルで、松山刑務所(愛媛県松山市)の所長・髙野洋一氏にご講演いただいた。
当日の内容を4回に分けて報告する。松山刑務所・髙野洋一所長ご講演「刑務所の現状と社会復帰支援」③はこちら。
髙野所長は今回のご講演で、多くのデータや議論を提示され、刑務所の現状と受刑者の社会復帰支援について丁寧にご説明くださった。ご講演のあとは、UTCPスタッフと会場の参加者も含めた質疑応答の時間が持たれた。ここではいくつかの主要な内容を紹介したい。
Q. さまざまな犯罪があるが、罪名によって社会復帰がより困難になるものはあるのか?
A . 罪名の影響は大きい。例えば、出所者をある会社で雇った場合を考えると、その人が元受刑者であることを他の受刑者に伝えるのかどうかという問題が発生する。これについては、雇用される事業主の考え方や、出所者の状況に鑑みて、個別に異なる対応がとられている。これは「正解」のない問題でもあり、雇用主の方が最も悩まれる点であるという。事前に事業主の考えを聞いた上で、受刑者が就職するか決める。
また、日本には「更生保護施設」という施設がある。帰住先がない出所者などがそこで一時的に滞在し、その間に就労先などを探すこともできる。しかし、受刑者が出所後に更生保護施設の入所を希望しても、マッチングがうまくいかない場合もある。更生保護施設側としては、希望者を受け入れるか判断する際、希望者の罪名を考慮する場合があり、罪名によっては受け入れが難しいと判断する場合もあるそうだ。
Q. 受刑者が出所した後、希望すれば生活保護をすぐに受けることはできるのか。
A. 生活保護を受ける必要があれば、受刑中に調整していく場合がある。しかし、刑務所の側で必要があると考えても、受刑者の同意を得ないと手続きまで辿り着かないので、必要とみなされても出所後に生活保護の制度につながらない場合もある。
Q. 受刑者に刑務作業を行わせることは矯正を目的としているのだろうか。改善更生という目的と刑務作業との関係はあるのか。
A. 現行の刑法で「懲役刑」というとき、懲らしめの意図もあって刑務作業を必須にしていた。したがって、刑法が制定されたときの考え方にもとづけば、「懲役刑」で意図するところと、その後司法で重要視されてきた「改善更生」とがリンクしない部分もある。
しかし、平成18年に刑法の特別法として「刑事収容施設法」が施行され、この法律では、刑務作業も改善指導も同列の立場だという考え方に立つことが明示された。つまり、刑務作業もやらせることによって受刑者の改善更生を図る効果が得られるのだ、刑務作業も改善更生も必要だという見方が示されている。現在は、受刑者が刑務作業に取り組むことによって、勤労習慣、資格技能などを獲得し、また集団で作業に取り組むことにより共同性を身につけ、そのことが改善更生に間接的に関わるだろうという見方が一般的である。
以上が髙野所長のご講演および一部の質疑応答のまとめである。
この報告の最後に、ご講演をうかがって私自身が考えたことを書いておきたい。
受刑者の中には、高齢による身体的・認知的機能の変化や低下、認知症、知的障害、精神障害などの病気や症状を持つ人が一定数含まれていること、また、受刑者が刑務所に入所する前後で、経済状況や人間関係などに何らかの難しさ、行き詰まりを抱えていると思われるようなデータも示されていることを、所長のお話の中から学んだ。
私自身が摂食障害を中心とする精神疾患に関するテーマに取り組んできたこともあり、受刑者の中の一部には、疾病や障害の診断がついている人がいること、それらの人々に対する現場での処遇の難しさがあるというお話は特に印象に残っている。このお話をうかがって私は、一方では、犯罪とさまざまな疾患や障害との関係を私自身が単純に捉えてしまわないように極めて慎重であるべきだと考え、他方では、障害や疾病がある特定の個人、特定の状況で如何ともしがたい「生きづらさ」を生み出し、それが場合によっては犯罪を生み出す背景のひとつにもなり得るという見方に何度もうなずいた。
今回のご講演において示された受刑者という集団の特徴や傾向についてのお話は、その背景に統計データにはあらわれてこない個別の具体的な事情や文脈、そしてそれらの複雑な因果関係があることを前提とした上でのお話しと捉えるべきなのはいうまでもない。なにか特定の社会的属性があったり、特定の社会状況に置かれていたりするからといって、それが直線的に犯罪につながるわけではないだろう。しかし、残念ながらこうした単純なストーリーが語られることがあったり、影響を受けた見方に陥ったりしてしまうことがあるかもしれない。それには私自身十分な注意が必要だと思った。
この理由として、例えば、なにか社会に大きな衝撃を与えるような事件が起こると、犯罪を犯した人についてセンセーショナルに報道されることがある。場合によっては、その個人の病気や家庭環境の「問題」などが断片的に強調されることもある。報道の受け取り側については、人は限られた情報・見聞きした情報だけで物事を判断してしまうこともあるだろう。しかし、特定の属性や状況にのみ犯罪の原因を帰属させようとする見方は時に有害であり、スティグマや差別を助長する可能性があることには十分な注意が必要だと考える。例えば、差別によって社会的不利益を被ったお話、偏見にもとづく言葉に傷つけられてきたお話などを聞き、また、そうした現状を変えるために繰り返し声を挙げてきた方々にこれまで出会う機会もあった。
ひとりひとりの生活の中で、精神疾患をはじめとする病気や特定の社会的な属性が、具体的にどういった形でその人の生活に影響を与えているのか、また、ネガティブな影響を与えている場合、社会生活や人間関係にどのような不安定さをもたらしているのかはそれぞれ異なるだろう。そしておそらく、こうした個別のケースについての慎重な対応、複数の条件・状況を考慮した対応が行われているのが刑務所であり、また刑務所と連携している司法や福祉、医療の現場、およびスタッフの方々なのだろう。
今回のご講演では受刑者を取り巻く状況の概要をご紹介いただいたが、日常的には、各刑務所の長の方々や現場の刑務官の方々が、それぞれの受刑者の個別で具体的な生活環境、つまり統計データには現れない部分の把握と、それに基づいた処遇・出所後の調整を行っておられる。限られた人的、時間的、経済的資源の中で、受刑者のさまざまな矯正のためのニーズや再犯防止ための課題に応えることは、月並みな言葉しか思いつかないが、多大なご苦労や葛藤があるのではないかと感じた。
同時に、これらのほとんどのお仕事を刑務官の方々が引き受けなければならないのであれば、その負担を少しでも軽減・分散するような仕組みはいかにして可能なのかということも考えなければいけないのではないか、とも思う。新しい刑法等の考え方、改正後の制度の運用についてうかがうと、受刑者個別の状況やニーズを今以上に考慮した対応や、新たな種類の対応が求められるとのことだった。現場のスタッフの方々が、変更後の制度の運用についてどのように感じられるのか、良い点も難しい点も含めて、うかがえる機会が将来的にあれば良いなと思いっている。
講演会にご登壇いただいた髙野所長、講演会前日に松山刑務所の見学にご協力いただいた刑務所のスタッフの皆様に改めて心からお礼を申し上げます。
(報告:山田理絵)