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オンラインワークショップ 遠隔教室──大学におけるオンライン授業の課題を検討する

2020.06.06

2020年4月26日(日)20時〜21時開催
報告

 新型コロナウイルス感染拡大防止のため多くの大学がオンラインでの授業開催に踏み切っている。だが、緊急の対応が迫られていたこともあり、オンライン授業がいかなる問題や課題を抱えているのかについて十分な議論が尽くされたとはとても言えないのが現状である。ならば明快な解決策がすぐに得られずとも、まずはそれら問題や課題を俎上に載せ、多くの人々と共有することが必要ではなかろうか。そのような問題意識のもとで緊急開催したのが、このオンラインワークショップ「遠隔教室」である。

 東京大学のようにもともとの学事日程通りに授業を開始した大学の場合、開催日であった4月26日までに約二週間のオンライン授業を経験していたことになる。それだけの実施経験ではまだ分かっていないこともあるだろうが、開始すぐの感覚を共有しておくことも重要である。企画者が10日程度の準備で実施に臨んだのもスピード感のある実施が必要だと考えたからであった。
 最初にお話いただいたのは、東京大学先端科学技術研究センター准教授の熊谷晋一郎氏である。熊谷氏は自らの身体の障害とそれを巡る諸経験について語るところから話を始められた。その上で熊谷氏は、運動障害などで教室に行けない人やノイズをシャットアウトするのが苦手である人にとっては、オンライン授業が授業のアクセシビリティを向上させるものになっている一方、聴覚障害や視覚障害をもつ人にはオンライン授業はアクセスがなかなか難しいという現実を指摘され、オンライン授業を巡る事態が決して一枚岩ではないことを明らかにされた。
 オンライン授業は高度に情報・映像技術に依拠した営みである。ならばこれをメディアとして捉える視点が不可欠だろう。その点についてお話くださったのが、東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授の北村匡平氏である。北村氏は映画や映像メディアの専門家として、また自身のオンライン授業の経験に基づいて、視線やノンバーバルコミュニケーションの問題を論じられた。Zoomなどのメディアを用いたオンライン授業の特徴の一つは語り手と聞き手の視線が一致しないところにある。カメラを見れば画面を見れないし、画面を見ればカメラを見れない。またカメラが映すのも上半身だけのいわゆるバストショットであり、コミュニケーションにおいて重要とされるノンバーバルな側面、身体による表現の側面が十分には反映されない。これは授業内のコミュニケーションの質に大きく影響を与えるだろうという指摘がなされた。
 互いに遠く隔たった複数の私的空間をネットワーク上で接続して「教室」にするという離れ業のようなことをやっているのがオンライン授業である。これは教室の再定義を迫るものであって、大袈裟に言えば、教室の存在論のようなものが必要になっている。三人目の発表者である國分(東京大学大学院総合文化研究科准教授)はこの論点に注目し、教室が半ば公的だが半ば私的、すなわち、半ば開かれているが半ば閉じられてもいるという特殊な空間であることを指摘した。教室はある種のアジール的性格を備えている。だからこそ教員も学生も批判的考察を自由に行うことができるわけだが、教室のオンライン化はそれに対する萎縮効果をもたらすことが予想される。國分はまたジル・ドゥルーズが述べていた講義における聴衆の多様性の必要についても紹介した。いろいろな関心の聴衆がいるからこそ、講義は一つの生地のように編み上げられていくというわけである。
 コメンテーターは東京大学で障害のある学生や教員の支援をなさっている細野正人氏(東京大学院総合文化研究科附属学生相談所高度教務支援専門職員)にお願いした。細野氏は猛スピードで進むオンライン授業化の中で怖いのは、「緊急事態であるから仕方がない」という形で支援が諦められていってしまうことだと指摘された。
 細野氏のコメントは、大学が障害学生の支援や多様性の保証といった理念をあらかじめ明確に確認しておくことの必要性を再認識させるものであったように思われる。その点、先の発表の中で、東京大学バリアフリー支援室室長でもある熊谷氏が、東京大学憲章(2003年制定)にキャンパスにおける多様性という理念が掲げられている事実に言及されたのは極めて重要なことであった。この憲章は東京大学の憲法のようなものである。憲法は、人々の権利がその都度の政策決定に振り回されることのないよう、いかなる場合にも尊重されねばならない権利を定める。そうでなければ、「緊急事態」等々の言葉によって権利は容易に踏みにじられるからである。同じことが大学における障害学生の支援や多様性の保証についても言えよう。「緊急事態」という言葉には常に注意しなければならない。なお、東京大学におけるバリアフリー支援室の取り組みについては、同室の中津真美さんからも補足の説明をいただいた。
 今回のオンラインワークショップでは、聴覚障害などをもつ人のための情報保障として、UDトーク(https://udtalk.jp)を使った文字通訳の提供を試みた。実施にあたっては熊谷研究室の廣川麻子氏(シアター・アクセシビリティ・ネットワーク理事長)にご尽力いただき、当日の文字修正は蓮池通子氏にお願いした。短い準備期間にもかかわらずご対応いただいたお二人には心よりお礼申し上げたい。
 ただ、当日は発話が文字化されるということを発話者が十分に意識できておらず早口になってうまく文字化が行えなかったり、各々のネット環境や使用機材の違いから、UDトークが文字情報を一定時間ため込んでから吐き出すために読むスピードが追いつかないときが起きるなど、遠隔ならではのいくつかの課題が明らかになった。結果として、人によっては十分な情報保障にはならなかったかもしれないという反省が残った。技術上の問題については熊谷研究室ですぐに検討が行われ、対応策も見えてきたと聞いている。ぜひ次回にこの教訓を生かしたい。
 また同じく技術上の問題として分かったのは、今回用いたZoomのウェビナー機能では、大学関係者のアカウントを使う限り500人までしか参加できないため、それ以上の参加希望者がいた場合にはYoutube等々での同時中継が必要になるということである。実は今回、参加希望者は800人を超えており、多くの方が登録したにもかかわらず参加できないという事態が発生した。また同時中継もできなかった。多くの方に関心をもっていただいたイベントであり、社会的な意義も高いと思われるので、現在、当日の録画映像に字幕を付して公開するための準備作業を行っている。
 オンライン授業は始まったばかりであり、今回のワークショップでは扱えなかった問題や課題が数多くあるだろう。しばらく時間を置いて、第2回の開催も考えたいと思っている。


(文責:國分功一郎)

当日の記録映像が公開されています。ぜひご覧ください。
字幕付き版
https://youtu.be/ooN8nYvZhec
字幕無し版
https://youtu.be/zrVlf4d7T9Q
(2020/06/06記 國分)


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