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梶谷真司 邂逅の記録106 障壁のある人生をどのように生きるのか?(2)

2020.01.21 梶谷真司

 4人にそれぞれの障壁についてお話しいただいた後、まず登壇者どうしでお互いに聞きたいことを聞いてもらった。稲原さんからは、自分が直面した障壁は壊すのか、回避するのか、引き返すのか、どうすればいいと思うかという質問があった。

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 これに対して伊是名さんからは、周りの人に分かってもらえることはそうすればいいが(と言っても何回も説明しないといけないこともある)、そうでない時は、突破できることはしてしまう(結婚)。それでも彼女の場合、差別や障壁があっても、自分を受け入れ、助けてくれる人が常に身近にいたことはとても大きかったという。
 藤原さんは、試行錯誤しながら周りとの間で折り合いをつけていったが、受け入れてもらう努力をするのが大変な時は、あきらめて引き下がると答えた。彼女の場合は、女性で同じような立場の人はすでにたくさんいて、彼女たちは我慢したり断念したり、もっと別の工夫をしてきている。すると、藤原さんのようにこれまでとは違う形で壁を乗り越えようとすると、境遇の近い人からも理解が得にくく、彼女の個人的な“わがまま”のように見られてしまう。それは仕方がない面もあるが、折り合いをつけるのはやはりその場その場の判断になるようだった。
その後は、休憩をはさんで、参加者にここまでの話を聞いて疑問に思うことをホワイトボードに書いてもらい、そのなかで登壇者や参加者が気になったものについて、自由に意見を言ってもらった。
 意見や疑問として挙げられたのは、たとえば、
・立場がなかったり弱かったり下だったりすると話しにくかったり聞いてもらえなかったりするが、それを何とかするにはどうすればいい?
・普通ってどういうこと?
・“壁”はない方がよかったか、ある方がいいか?
・障壁があるということを訴えるために、自分のことをどこまで他人に説明しないといけないか?
・自分と違った障害をもつ人に対して“共感”や“仲間”のような感情を芽生えるのか、それともまた違った感情か?
・親として障害をもつ子どものことを勝手に説明したり本人の意思を無視したりすることがあるが、親に対してどう思うか?
・社会の仕組み、人からの理不尽、受け入れられないものを受け入れるにはどうすればいいか?
・障害者が恋愛・結婚する時に大切なことは?
・わがままと合理的配慮の線引きはどうするか? 線引きする必要はあるか?
・少数者側の話を聞いてもらうようにしたい時は、どのように話せばいいか?
・ベビーカーで人を避けるたび「すみません、ありがとうございます」一日何回すみませんと言っているか?
・夫が家事・育児をしてくれたら私は「ありがとう」と言うが、夫から「ありがとう」とは言われない。
・発言力の弱い人や声が小さい人を理解したり対話したりするのに、何が必要か?
・助けてあげるという気持ちはどうやって生まれるのか?
 などなど、様々な疑問でホワイトボードはいっぱいになった。参加者がそれぞれにいろんな“壁”にぶつかっているのがうかがえるものばかりだった。
 そのなかでも、周囲に理解を求める時、当事者がもっと訴えればいい面もあるが、もともと立場が弱い当事者が声を上げるのは難しい。では誰がどうすれば、周囲が変わるのか? 当事者が理解や助けを求めやすい状況を作るにはどうすればいいのかについて、様々な意見が出た。
 アメリカで長く住んでいた人からは、アメリカでは学校で「人を助けるのはいいことだ」と教えていて、それが浸透しているという指摘があった。他方、日本でもそれは教えているのに、実生活ではそうならない。それは、日本では家庭でも学校でも、むしろ「人に迷惑をかけない」「一人でできる」のをむしろ重視していることから来ているのではないか。伊是名さんによれば、人から助けてもらった経験がないと、助けることの大切さも分からないし、頭ではわかっていても自然に行動はできない。だから、助けてもらう大切さも教え、そういう機会を作らないといけないのではないか、とおっしゃっていた。「がんばらないためにがんばる」をモットーに、つねに何人もの介助者の力を借りて生活をしている、いわば「助けてもらうエキスパート」ならではの意見だった(その後懇親会で、伊是名さんの介助者として来ていた女性を話したら、自分もいろんな相談に乗ってもらったりしているので、自分が一方的に助けているわけではなく、自分も助けてもらっているから、あくまで関係は対等だとおっしゃっていた)。

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 他にも、設備の面でのバリアフリーを進めていくのも大事だが、それをすると、障害者や困難を抱えている人のことを、自分とは関係のないことだと思って、かえってバリアーできてしまうこともある。だからむしろ重要なのは、心のバリアフリーではないかという意見もあった。
 ゲストスピーカーのみならず参加者も、それぞれにいろんな障壁に直面している。その多くは、その人、同じような経験をしたことのある人にしか、想像することは難しい。「理解する」というのは、容易なことではない。そのための努力は続けなければならないが、理解できなければ何もできないというものでもない。
 個人的には、問題を抱えている人がいる場合、今の制度や価値観を理由にして却下するのではなく、まずは話を聞き、その問題を取り除くためにできることを考えるのが原則ではないかと思う。大きな制度的変更や財政的対応をしなくても、できることはたくさんある。世の中全体が変わらなくても、伊是名さんのように、そのつど必要な助けが得られれば、何とか壁も越えるか避けるかできる。もちろんそういうこともまた、人々の意識を変えるという大きな障壁にぶつかる。それでも「やれることからやればいい」という希望を持つことは大事ではないだろうか。

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