梶谷真司 邂逅の記録105 愛のために出会いの場をデザインする
婚活と哲学対話は絶対に相性がいい!という確信が、私にはかなり早い時期からあった。
最初は、熊本県庁東京事務所の人から地域の問題を話し合う場を作る手伝いをしてほしいという依頼を受け、あれこれアイデアを出しているうちに、上天草市で毎年やっている街コン(クリスマス・カップリングパーティー)で対話をやることになった。それが2013年におこなったこのイベントである。↓
愛を語ろうin上天草 Xmasカップリングパーティー2013
https://utcp.c.u-tokyo.ac.jp/events/2013/12/coorganized_event
ブログ報告「熊本での出張対話(4)いよいよ本番(上天草編)
https://utcp.c.u-tokyo.ac.jp/blog/2014/02/post-682/
エッセイ「婚活イベントと哲学対話」
https://utcp.c.u-tokyo.ac.jp/publications/pdf/UTCP-Uehiro%20Booklet%2011-150-179.pdf (169頁以下)
愛をめぐる問いを見つける――「恋と愛はどう違うか」「愛にお金は必要か」「愛するのと愛されるのとどちらがいいか」「男女の愛と親子の愛とはどこが違うか」など。こうした問いについて考え、語り、聞く。すると、お互いの価値観、人柄がよく分かる。哲学対話をすると、自分の考えを率直に話し、相手を理解しようと問いかけ、お互いの言葉に耳を傾ける。これができれば、間違いなく仲良くなれる。
上天草のパーティーでは、まさにそうなった。哲学対話は、やはり婚活に大いに役立つのだ。またどこかでそういう機会がないかと思っていた。そして2017年、婚活会社マハローの社長、石原鉄兵さんと知り合った。そこでさっそく婚活パーティーを持ちかける。そこに元カリスマホストの井上敬一さんが加わる。そして今度は東京の歌舞伎町で婚活パーティーをやることになった。↓
「婚活サークル」×「伝説のカリスマホスト」×「東京大学教授」コラボイベント企画 究極の婚活イベント『恋の技法&愛の哲学』
https://www.value-press.com/pressrelease/192841
このときも上天草と同様、哲学対話によって参加者が親密になり、その後のパーティーでもごく自然に盛り上がり、大成功の裡に終わった。
その後、自分では〈哲学×デザイン〉プロジェクトとして、様々な人が出会う場づくりの活動をしている人たちとデザイナーやアーティストらとコラボイベントを行い、昨年からは「デザインとの協同による共創哲学の理論と実践」というプロジェクトも立ち上げた。そこで今度はこの「場づくり」の文脈で、婚活を「愛をテーマとした場のデザイン」として位置づけようと考え、ふたたび石原さんと井上さんに声をかけた。〈婚活×哲学〉コラボレーションプロジェクトを本格始動させようと考えたのだ。
イベント当日、2019年12月22日(日)は、60人ほどの参加者が来場。ポスターで告知したとおり、まさに老若男女、既婚独身、子連れ家族連れがやってきた。通常の婚活イベントではないという趣旨がちゃんと伝わっていた。
まず冒頭で上のような趣旨を私から説明し、お二人にそれぞれの活動についてお話しいただいた。
石原さんが最初に指摘したのは、プロフィールで判断しても、相手がどういう人かは分からないし、したがってそれに基づいて条件や希望でマッチングしてもうまく行くはずがないという。それなのに婚活ではそのようなことばかりが行われている。
次に今日の結婚をめぐる状況について説明してくださった。かつては大半の人が見合いで結婚していたが、今ではそれがほとんどなくなっている。その代わり自由恋愛で結婚するといっても、それが難しい。他方で結婚願望は男性で8割、女性で9割の人が持っている。にもかかわらず、6~7割の人に交際相手がいない。理由はほとんどが「出会いがない」ということだという。ではそういう人はどうしているのかと言うと、何らかの婚活サービスを利用したことがあるのはわずか23パーセント。ということは、50%前後の人が、結婚はしたいが何もしていないことになる。
では結婚したくても何もしない人が多いのはなぜなのか? 石原さんによれば、それは気軽に行ける出会いの場がないからである。婚活サービスは重すぎる。うまく行くか行かないかだけが問題になるので、覚悟を決めないといけないし、うまく行かないとダメージが大きい。お金もかかるから気楽にはできない。
かといって、日常生活の中では、誰が相手になりうるのか分からない。親しくなったら相手が既婚者だったりすれば、その先は何もないか不倫に陥るだけだ。そこで石原さんは、独身者が学びの場で出会えるようにする。それがアローハという彼が始めたサービスだ。
そこにはいろんな講習がある。参加者は何かを学びに来る。それだけで十分。そこで親しくなる人がいれば、それは純粋にプラスになる。しかも相手が独身で結婚願望があることははっきりしている。気楽に来て、安心して知り合える。何かを一緒にやれば、親しくなりやすい。そのあとは何もなくてもいいし、友だちになるだけでもいいし、恋愛に発展してもいい。いろんな可能性をもった出会いの場になる。
次に井上さんのプレゼン。まずPVから始まる。かつて10年以上にわたって「ザ・ノンフィクション」という番組の取材を受けたカリスマホストにして、関西一のホストクラブの経営者。その後は婚活塾を開いている。き、ホスト時代に培ったコミュニケーション術を教えている。このように書くと、いかにも軽薄な感じがするが、彼のコミュニケーション術は、たんなるマニュアルではない。それは人間の理解と自己の変革である。
彼がそうやって何百人も教えてきた経験を通して分かったのは、「モテない人」の特徴は結局二つに集約できるという。すなわち「他者に対して関心がないこと」と「自信がないこと」である。結局は自分がどう見られるか、自分にとってどんな利益があるかしか考えない。また自信がないから相手に依存する、全部任せたり、いちいち細かいことを確認する。卑屈になったり、ネガティヴになる。どちらの人とも一緒にいたいとは思わないだろう。
他方で、どちらのタイプの人も、珍しいわけではない。むしろ普通の人たちだ。誰しも自分がどのように見られるか気にしない人はいないし、自分の利益は大事だ。自分に自信がある人のほうが少ないだろう。
だから井上さんの講座は、他者に関心を持つこと、自分に自信を持つことが目標である。だから彼の講座は、カウンセリングのような側面を持っている。自信を持って他者とつながることができれば、結婚できるかどうかは、結果にすぎない。
こうした井上さんの人間の本質に関する深い関心と理解は、けっして偶然ではない。実を言うと、彼は立命館大学の文学部哲学科を中退している。中退したのは、家の事情もあったようだが、むしろ彼は哲学を本ではなく、現実の中で経験を通して学びたかったという。彼が哲学対話に興味をもったのも、ごく自然の流れだったと言える。
石原さんが出会いの場を作り、井上さんが出会いを“モノ”にする方法を教える。哲学対話は、出会いを深いつながりへと導く。異なる人たちが共に生きるための関係を築くという目標――ここに私たちが協働する理由がある。
さらにもう一つ、哲学対話と婚活には別のもっと大きな共通点がある――哲学対話を通して気づいたことは、私たちが学校でも家でも、自由にものが言えない、聞きたいことが聞けない、話を聞いてもらえないということである。これは自分が尊重されない、お互いを尊重しないということだ。そしてお互いを“値踏み”する。すなわち、何か外から与えられた基準や表面的な条件でお互いを測り、自分より上か下かを気にして関係をもとうとする。
受験が典型的だ。自分が何をしたいか、自分にとって何が大事かは横に置いておいて、自分の成績に見合った偏差値の学校に行こうとする。偏差値で大学の良しあしを判断し、相手の良しあしもどれくらいの偏差値の学校に行っているかで判断する。
これは婚活のマッチングと同じである。外面的な要素――年齢、年収、外見など――で判断し、“合格”か“不合格“かを決める。相手のことも自分自身のことも、結局のところ中身は見ていない。だから断られれば傷つくし、受け入れられても自分自身を受け止めてもらったわけではないから不安になる。そして相手のことも本当は興味がない。
婚活の問題は、教育の問題、物事への関わり方の問題と根っこは同じなのである。だから私にとって、哲学対話を学校で行うのも地域コミュニティで行うのも婚活で行うのも、大した違いはない。「人が出会い、共に生きるとはどういうことか」をめぐる問いへの応答なのだ。
さて、上のような二人のプレゼンと私のコメントを終えた後は、参加者の人たちに結婚や婚活について疑問に思うことをホワイトボードに書いてもらった――「自分の感情や思いを素直に表現できるか?」「日本の結婚制度は何のためにあるのか? それは本当に人を幸せにするのか?」「愛されるための本はたくさんあるが、愛する努力をするための本が少ないのはなぜか?」「人生の各段階でふさわしい相手は誰か?」「結婚とは何か? 何のためにするのか?」「幸せを分かち合うには何をしなければならないか?」「一人でいるよりも二人でいることの方が本当に幸せなのか?」「結婚において愛はどのように共有されているのか?」「世の中にある様々な格差はどのように結婚に影響しているのか」「男女によって結婚の意味はどのように違うのか?」
このあと3つのグループに分かれて、テーマを決めて対話を行った。どのグループも「結婚とは何か、何のためにするのか?」について話していた。哲学対話において、問いについてじっくり考え、お互いの意見を聞き、自らの考えを見つめ直すこと。それを通してお互いがつながることを参加者の多くが実感した。そして対話が婚活においても大いに役立つということを、私たちとしてもあらためて確認した。
今後は、いよいよ本格的に井上さん、石原さんと協働して「愛のための出会いの場」を作るための研究・活動を進めていく予定である。