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梶谷真司 邂逅の記録103 「ために」から「ともに」へ――哲学対話とInclusive Design

2019.07.16 梶谷真司

7月6日(日)、NPO法人Collableの山田小百合さんとのイベントを行った。インクルーシヴ・デザインを看板に掲げて活動をしている彼女とは、私が哲学対話を始めたころに知り合い、以来ずっといつかコラボしたいと思っていた。そのころから哲学対話とインクルーシヴ・デザインは、どこか深いところでつながっているというぼんやりとした直観があった。その思いは今や確信となり、私は哲学対話のことを英語でinclusive philosophyと呼び、これを「共創哲学」と訳すことにした。

そして昨年2018年から科研で「デザインとの協同による共創哲学の理論と実践」というプロジェクトを立ち上げた。哲学対話は、そのつど一緒に問い、語り合い、共同で思考を創っていく――それは教える-教わる、導く―導かれるというような通常の哲学のような関係がなく、みんなが対等に思考のプロセスに関わる。その関わり方がインクルーシヴ・デザインに似ている。

 哲学対話は多様な人たちが共に語り、考える場であり、インクルーシヴ・デザインは多様な人たちが共に活動し、何かを生み出す場である。考えることが哲学であるなら、やはり哲学対話はinclusive philosophyなのである。そこに共通する問いは、「どうすればいろんな人たちが共にいて、一緒に何かをできるのか?」である。この問題を考えるうえで、デザインの視点はきわめて有効である。

 物事にはかならずexclusion(排除)とinclusion(包摂)がある。どんなものも、特定の人にとってはinclusive(利用しやすい)が、他の人にはexclusiveである(利用しにくい)。人々はそれに気づかないが、デザインはそうした排除と包摂を明確にし、それに対処することができる。形や大きさ、配置やプロセスを工夫することで、排除を減らし、より多くの人が使えるようにする。そうしてデザイン的な発想からより、多くの人が無理なく関われる社会を築くことができるにちがいない。

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 当日は、私が上のようなことを説明し、そのあと山田さんに自分の活動について話していただいた。山田さんの原点は、知的障害をもった兄弟と一緒に育ったことである。彼女にとって、兄弟との生活は、少し変わったところはあっても、ごく自然なことだった。そこで山田さんは大学院で「障害のあるなし関係なく、どうすればこどもたちが一緒に学ぶことってできるのか」という問題意識から、遊びの要素を生かしたワークショップの研究を行うことになったという。Collableの立ち上げと活動は、その延長線上にある

 そこで彼女は参加者に一つの問いかけをした――「最初の友だちはどうやってできましたか」――これに対して、彼女は「たぶんこんな感じ」と、子どもが一緒に泥んこ遊びをしている絵を見せた。そう、とてもシンプルなことなのだ。私たちは、何かを一緒にする中で、共にいる術をおのずと身につけていく。障害者との関わりも同じではないか。

 山田さんのワークショップでは、大勢の子どもが集まって遊んでみたら、隣に障害をもった子がいた、という感じになるようにするという。そうやって子どもたちは、障害の有無にかかわらず、一緒に遊ぶことを学ぶ。その間、ケンカのようなトラブルも起きる。そういう場合は、中断して、どうしたかったのか、どうすればいいのか、みんなで考える。山田さんによれば、それも「ともに」いて、一緒に生きていることを学ぶのに必要なプロセスである。

 ここから分かるのは、インクルーシヴではない世の中のありようである。子どもでも大人でも、障害者と健常者が一緒にいると、不便、不都合、衝突、差別、いじめ、いろいろな「問題」が起きる。そのとき多くの場合、とくに学校では、それを「回避」するという方策をとる。それが特別支援学級や養護学校である。そうして障害をもった人ともたない人は、関わり合わなくなり、共にいることを学ぶ機会を失う。障害者の“ために”何かをするのではなく、彼らと“ともに”何かをするようにできないか。支援をするのではなく、一緒に生活することこそ大事なのではないか。そんな彼女の感覚からすると、山田さんの指摘はもっともだ――学校教育のあいだずっと障害者と健常者を別々に分けておいて、社会に出てから急に障害者雇用と言っても難しいのが当然――山田さんはそうコメントした。

 思うに、これは必ずしも障碍者と健常者の関係だけの話ではない。学校でも、勉強でついていけない子、授業を聞かない子、他の子よりもできるので退屈する子もいる。そうすると、能力別のクラスに分けたり、補習をやったり、補助教員をつけたりする。学校単位で、進学校、中堅校、底辺校に分かれる。さらにどこでも、学校に通えない子が出てくる。これは、同じ年齢の子が同じことを学ぶという制度によって起きることである。その制度を維持するために、ルールを決めて子どもたちを管理し、秩序を保とうとする。けれども、結局その制度にいろんな形で合わない子が出てくることには変わりない。

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 このような学校は、いろんな人が一緒にいられるインクルーシヴな場ではない。実際にはむしろある基準を決めてそこに合う人と会わない人を選別するエクスクルーシヴな場である。それはinclusion(包摂)ではなく、integration(統合)であって、似て非なるものである。インクルージョンは、むしろ基準のほうを変えることで、いろんな人が無理なく一緒にいられるようにする。学校の場合、例えば、それぞれの子どもが学びたいことを学びたいペースで学べるようにする。あるいはみんなで一つのことをやっていても、役割や関わり方は子どもによって違っていてもいいようにする。そうすれば、学力や意欲の差から生じる上のような問題はほとんど生じなくなるし、問題が起きても、今度はそれに一緒に取り組めばいい。

 そもそも、問題があっても、それを問題だと思うから問題になる。だが、問題があることじたいは問題ではなく、対処すればいいだけなのだ。むしろ問題があるからこそ、何かをする理由ができる。「ともに」生きる場というのは、「問題」も含めて、何かを一緒にすることを積み重ねることで実現するのだろう。これはインクルーシヴであることにとって重要な点だろう。

 今回のイベントを通して、インクルーシヴな場を具体的にどのように作るのか、「インクルーシヴ」とは、どのような関係を言うのかについて、山田さんと私と参加者でいろいろと話せたのは、大変有意義であった。参加者との質疑応答の中では、インクルーシヴな場を作るために新しい技術を活用する可能性や、これからの超高齢社会において認知症の人を包摂する方法についても議論できた。

 山田さんの活動は、やはり私がやってきた哲学対話と共通する点が多いことを改めて確認した。それだけでなく、哲学対話のポテンシャルを共創哲学(inclusive philosophy)へ拡張するヒントを多くもらった。

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