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梶谷真司 邂逅の記録100 文を以て人を繋ぐ~「キセキの高校」を振り返る

2019.07.16 梶谷真司

2019年5月13日~5月17日、日本経済新聞のWebページに、「キセキの高校」という記事が5日連続で発表された(翌日には紙面でも掲載)。日経のウェブページには、短い単発の記事では伝えられないものを「ストーリー」という連載記事にするコーナーがある。多くは社会問題や経済・政治を扱ったもので、国内外の著名人が登場する。
https://r.nikkei.com/stories

そこに大山高校という、都立の普段はまったく注目されることのない、いわゆる「底辺校」(最近は「教育困難校」と言われることも多いが、いずれにせよ適切な言い方だとは思わない)が、5回にわたって取り上げられた。https://r.nikkei.com/stories/topic_DF_TH_19050800

しかも、他の記事よりはるかに多く読まれ、大きな反響を呼んだ。一つの高校について書かれた記事としては異例の扱いである。

 全5回のタイトルはそれぞれ、(1)偏差値40から上智大 頑張れたのはなぜ (2)本当にうちの生徒? 対話が高校を変えた (3)その校則って必要? 「そもそも」を問う哲学者 (4)勉強って意味なくね? 高校生の「なぜ」を引き出す (5)大企業もハッとした 哲学が教室を飛び出す――である。

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 そして6月30日、「文を以て人を繋ぐ」という、私としては異例の堅苦しいタイトルのイベントを開催した。もともとは「キセキの高校」という日本経済新聞社のWeb版に5回にわたって掲載されたのを祝して、記事の関係者で集まって「打ち上げ」(懇親会)をしよう!という話だった。しかしせっかく集まるなら、ただ飲み食いするだけじゃもったいないので、一般人にも来てもらい、記事ができるまでの経緯、取材、編集、その後など、たっぷり時間もとって「振り返り」をしようということで公開イベントにしたのだった。ただし「文を以て人を繋ぐ」というタイトルは、目くらましにテキトーにつけたわけではない。今回の記事が何であったのかを私なりに考え、それを簡潔にまとめたもので、イベントの趣旨は、いろんな意味でまさにこれであった。

 さて、まず今回のゲストとしてお呼びした高橋元氣(たかはし・もとき)さんとの出会いについて書いておこう。事の発端は、高橋さんが拙著を読んで、哲学対話についてインタビューに来てくださったことだ。そのとき私は彼に大山のことを話し、「面白いから一度対話に参加してみるといいですよ」とお伝えした。ある日高橋さんがふと思い立って大山高校に電話をかけると、ちょうどその日に哲学対話があって参加することになったらしい。 それで高橋さんは、私が予想をはるかに超えて哲学対話と大山高校に魅せられた。対話に何度も参加し、取材を申し込むと、校長先生があっさり快諾(学校がマスコミの取材に応じるなど、日本ではめったにないのだが)。何度も哲学対話に出て高校生と語り合い、生徒や先生他、関係者10人以上にインタビューを行い、挙句の果てに私がやっている教員研修にも普通に参加した。そんなことをしているうちに、1回の記事では全然足りなくなり、会社で検討した結果、「ストーリー」として5回の連載にすることになったという。

 高橋さんの話で興味深かったのは、記者が取材をして記事として世に出るまでのプロセスである。高橋さんによると、一つの記事は、記者とカメラマン以外に、編集者、校正者、見出しをつける人、企画を審査する人、その他大勢が関わって作られており、記者の果たす役割は最大5割、「キセキの高校」では1割だったという。

 当然、取材したことの大半は記事にならない。それは記者の判断というより、編集者の決断である。おそらく記者では、取材相手や自分で調べたことへの思いが強くてまとめられないこともあるのだろう。他方編集者は「読者が一気に読める」ようにするために、内容と言葉を大胆かつ冷静に取捨選択する。そして記事のタイトルはまた別の人がつける。そうやって多くの人の共同作業として記事が完成する。しかも記事には厳格な「締め切り」がある。だからどうしても盛り込めなかった声、聞けなかった話がたくさん残っている。そういう悔恨のうえに一つの記事が成立するのである。

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 会場に来ていた記事の「登場人物たち」は、自分と高橋さんが向き合っている場面、その周辺のことしか知らない。イベントで高橋さんの話を聞き、ようやく取材=大山で起きていたことの全体像が見えてくる。高橋さんは、記事を書くことでモノとコトとヒトを繋いだ。そしてこのイベントを通して、関係者がお互いの思いを共有できた。

 そのあと高橋さんと高校生たちの希望もあって、「せっかくだから今日も対話をしたい!」ということで、後半はグループに分かれて哲学対話を行った。テーマは一方が「勉強ができるってどういうこと?」、もう一方が「なぜ暗黙のルールがあって注意を受けるのか?」だった。

 対話が終わったら、いよいよ打ち上げ。UTCPのオフィスでピザパーティーをした。関係者以外にも大勢が参加し、みんなで歓談した。高橋さんが奥さんと子どもさん3人を連れてこられたのが、私としてもうれしかった。おかげでイベントもパーティーも、とても和やかで賑やかになり、「振り返り」のイベントとして、とても満たされたものとなった。

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