Blog / ブログ

 

【報告】第四回東洋医学研究会

2018.10.19 梶谷真司, 中島隆博, 李範根, 佐藤麻貴, 榊原健太郎

さる2018年9月21日(金)18:30より、第4回「東洋医学研究会」が東京大学・駒場キャンパス所在の101号館2階研修室で行われた。

180921_2.jpg

「皮膚疾患と韓医学」をテーマとした今回の研究会では、韓医学専門の医師で、現在「解律韓医院 해율한의원」ソウル・弘大支店の代表院長を務める鄭宙永(チョン・ジュヨン)先生をお招きし、主にニキビに対する韓医学的治療のありかたを中心にご教示いただいた。
 ちなみにここで述べている韓医学とは、主に中国の古代医学の影響を受容しながら、朝鮮半島において独自の発展を遂げた韓国の伝統医学を指すが、現在韓国においては医療法に基づき、西洋医学とともに専門医療を行う役割を担っている。韓国では、患者は症状や治療目的及び期間などを考慮し、その都度、韓医学あるいは西洋医学による治療法を選択しており、時には、両方の治療法を同時に試みる場合もある。その意味において、韓医学と西洋医学は、互いに代案として又は補助役としての役割を果たし合っているともいえる。
 鄭先生によれば、韓国ではここ十数年間、ニキビなどの皮膚疾患の治療方法として、韓医学への関心や需要が高まってきたという。その理由は、塗り薬やレーザー治療などの施術を用いる西洋医学の治療法から、思ったほどの改善を得られなかった患者の多くが、その代案として韓医学的治療を試し、改善がみられたという背景があったからだそうである。そのような状況を受け、韓国ではニキビなどの皮膚疾患の治療に特化した「韓医院」(韓医学を施す病院)が開院されるようになったが、実は鄭先生が勤めている病院も、そのような皮膚専門の韓医院だそうである。韓国における皮膚疾患治療の特殊事情も含め、今回の研究会では主に、1)皮膚疾患に対する韓医学と西洋医学の治療概念と治療法の差異や、2)韓医学と日本の漢方、中医学との関係性、3)さらには、日常生活で実践可能なセルフケアなどを中心的な話題とし、予定時間を超過するほど、活発な議論が交わされた。本報告では、特に報告者の興味をそそった、皮膚疾患(主にニキビ)に対する韓医学と西洋医学における治療概念と治療法の差異についての話を中心に、当日の様子をお伝えしたい。

180921_1.jpg

ニキビなど皮膚疾患に対する西洋医学の治療法は基本的に、皮膚表皮に超微細損傷を与えることによって皮膚の再生を促すことに重点を置くという。だがその再生とは、本来の皮膚表皮を浅く脱ぎ取り、削り、溶かすなどの損傷を伴うことによって可能とされており、その意味において西洋医学の治療は結局、皮膚表皮そのものが持っていると想定される「絶対値」の消費・消耗に帰結することになる。それ故、西洋医学の目指す再生とは、限度付きの再生といわなければならない。
 一方、韓医学の治療法は皮膚表皮を削るなどといった損傷はなるべく控え、皮膚の最上層にある表皮の角質層の強化を目指すという。つまり皮膚の肌理を消費・消耗することなしに、できうるかぎり、現在の状態を平常時(発病前)に近い状態――「絶対値」へ回帰させようと働きかけるのが、韓医学治療の根幹となっているのである。

180921_3.jpg

それでは、韓医学ではニキビのような皮膚疾患の発生原因をいかに捉えており、具体的にはどのような治療法を用いているだろうか。韓医学では「熱 열」をニキビの主要原因としてとらえるが、その熱は五臓(肝・心・脾・肺・腎)が損傷されることで発生するとされている。熱は常に体の上半身へ上昇する傾向があり、その「上熱感」(上半身で感じる熱の感覚)が、顔とつながった経絡部位の皮脂腺を刺激することでニキビを引き起こすというのが、ニキビの発生原因に対する韓医学的理解であるそうだ。このような理解の仕方にみられるのは、臓器(内部)の損傷が顔(外部)へ発現するという考え方にほかならないが、韓医学におけるニキビの捉え方はこのように、体の内部と外部が連結しているとする身体観を反映しているのである。
 このような身体観に支えられ、韓医学ではニキビの治療にあたって、「内治=臓器の機能保全」と「外治=皮膚の熱の鎮静」の両方からなる「並治」を常に心がけることになる。具体的には、患者の体質や症状に合わせ、漢方薬を服用してもらうことで内部の「熱」を鎮静し、皮膚表面には漢方薬から抽出した成分からなるアンプルを注射し、熱感を冷ませるといった方法を取るそうだ。

180921_4.jpg

ちなみに当日の研究会では、実際、鄭先生が治療に用いられる黄連解毒湯の蒸留水が入ったパックを持参してくださったので、参加者で服用してみる機会があった。それに関連して興味深かったのは、病院で漢方薬を処方される場合、韓国では煎じ薬(煎剤)を真空パックに入れるなどして、常に患者が気軽に液体の状態で漢方薬を服用できるようにしているということであった。それに触れ、東アジアにおいて漢方薬をどのような形にして服用し、医薬製品として流通しているかをめぐっても議論が行われ、さらには日本・中国・韓国の医療状況や身体観および自然観を俯瞰するような議論も展開された。
 このように今回の研究会では、韓医学を触媒剤にし、東洋医学と西洋医学との関係のみならず、東アジアにおける各地域間の医療状況や身体観に関する比較や越境の視座がたえず喚起されていた。今回の研究会を通じて、報告者が関心を抱いている、東アジアにおける普遍的な身体観や自然観についてご教示いただき、個人的にはとても贅沢な時間であった。講演者の鄭先生をはじめ、当日研究会に参加された方々に、改めて感謝申し上げたい。

文責:李範根(東京大学大学院 博士課程)

Recent Entries


↑ページの先頭へ