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【報告】アジア研究学会2017トロント会議

2017.03.28 石井剛

アジア研究学会(Association for Asian Studies、AAS)は、北米の研究界をメインに組織されている巨大学会である。年会には毎年3000人を超える研究者が世界中から参加するという。トロントで開催された今年も370のパネルが設けられ、会場となったシェラトン・センター・トロント・ホテルの大小の会議場や催事場は4日間の会期中、無数の人々が交わす声の反響でにぎやかに埋め尽くされていた。

春の訪れを感じ始めるはずの3月16日から19日に行われたこの会議だが、到着した15日の気温はマイナス10度になろうかという寒さで、会期中には雪も降ったが、そうした立ち去らない冬の勢いをものともしない熱気が、ロビーから個々のパネル・セッション会場にまで瀰漫していた。

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およそ一年のアメリカ滞在でまざまざと感じたのは、中国研究者として、いや、東アジアにアイデンティティを持ちながら東アジアについて研究している人間として、英語圏における斯学の生成の現場との回路を持つことは、もはや最低限の要求だということである。いや、そのことを前も知らなかったわけではない。だからこそ、ここUTCPではAsian Philosophy Forumと称して、敢えて英語で「アジア哲学」を論じるプラットフォームも作ったのだし、上廣兼務教員を引き受けた際には、当時まったくできなかった英語による研究成果発表をわたし自身に対するミニマムの課題に据えたのだ。ハーヴァード・イェンチン研究所に訪問できたのは、そうした努力の方向性が評価されたことの現れだと感じているし、滞在中に感じたことは、上廣寄付研究部門の一翼を担うと決めたときから信じてきていたことを、実際に現場で確認できたということにほかならない。

本職の思想史・哲学ではなく、敢えて文学に近いところに身を置いて過ごした1年間には得たものも多いし、その結果、犠牲になったこともある。本職関連の研究者との交わりがほぼ持てなかったことがその筆頭にあげられるだろう。幸いにして、AASでは、 ハーヴァードで中国思想史研究を支えるピーター・ボルをチェアとして組織された中国近代思想史のパネルで、わたし自身の一番の強みである戴震と章炳麟との関係について報告することができた。そうした意味では、上廣寄付研究部門のメンバーとして活動してきた5年間で最後に頂戴した出張の機会を、こうしたかたちで実現できたというのは、わたしにとって最良のフィナーレであった。

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この5年間で、東アジアの人文学をとりまく世界の勢力図は大きく変わった。それは以前にはあまり具体的に想像できていなかった変化である。その中で、わたし自身は、ここUTCP上廣共生哲学寄附研究部門で、所期の目標に向かってほぼ満額の成果を得ることができたと、振り返ってそう思う。もちろん、それが可能になったのは、UTCPが本質的に開かれた、学びと問いのヒューマン・ネットワークであったからにほかならない。その意味で、この場を介して出会ったすべての人にわたしは心からの感謝の念を抱く。とくに、この場を惜しみなく提供してくれた上廣倫理財団への謝意は本来ひと言に尽きるものではない。

こうしてトロントにまで招かれて行くことができるようになったということは、わたしにとって、この次の5年、10年、さらにはその先に向かって、一層の努力を課していくべき、新たな問いの出発点を得たということに外ならない。かつてはUTCPを巣立っていく若手研究者たちが「UTCP on the Road」というエッセイをこのブログページに遺していく慣例があったらしい。わたしはどこかに巣立っていくわけではないが、この5年間が、これから先に向かって行くために不可欠な動力を与えてくれたという意味で、まさにわたしもまた、UTCPに育まれた途上の人である。

会議の合間にオンタリオ湖畔で春の風を探していたわたしは、新しいスタートが希望と共に開かれることを、静かにだが確かに感じていた。

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みなさま、ありがとうございました。これからもよろしくお願いします。

文責:石井剛(UTCP)

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