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【報告】 ワークショップ「性――規範と欲望のアクチュアリティ」

2017.02.03 梶谷真司, 川村覚文, 筒井晴香, 佐藤空, 石渡崇文

 2016年12月9日(金)、ワークショップ「性―規範と欲望のアクチュアリティ」が開催された。報告者は隠岐さや香氏(名古屋大学)、重田園江氏(明治大学)、コメンテーターは藤田尚志氏(九州産業大学)、宮野真生子氏(福岡大学)であった。司会はUTCP特任研究員の筒井晴香が務めた。

 本ワークショップは、藤田・宮野両氏の編集による論集『シリーズ 愛・性・家族の哲学』(2016年、ナカニシヤ出版)関連イベントとして開催された(第二集『性』に筒井が寄稿している)。

 開始にあたり、藤田氏から趣旨説明がなされた。氏によれば本企画の狙いは、性について突っ込んで議論をする機会がこれまであまりなかった研究者の方々に提題をお願いすることで、性をめぐる議論の間口を広げたいというものである。

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 続いて隠岐氏、重田氏からの報告が行われた。

 隠岐氏は「学問とジェンダー・セクシュアリティ~「男性=人間」×「実学至上主義」の跋扈」と題して発表を行った。研究の世界において「健常な異性愛者男性」に当てはまらない研究者が立たされる困難は、隠岐氏も携わった研究環境のダイバーシティに関する調査等を通して、近年明るみに出されている。さらに、性を扱う研究分野・領域に対する軽視という状況も見られる。そのような状況の背景として、隠岐氏は「有用」・「無用」の観点による学問分野の序列化と性差別の絡み合いの歴史を示した。そして、状況を打破する方策として、今日、ジェンダー分析に基づく科学・技術的イノベーション(Gendered innovations)が一定の成果をあげつつあるが、それだけでなく、周縁化されやすい分野の研究それ自体の価値をどう確立していくかが重要である旨を隠岐氏は述べた。

 重田発表の題は「やせ細る性~「キラキラな生き方」はどこにある?」である。氏は婚活・妊活ブームや「愛され女子」ブームなど、今日の女性の性や欲求をめぐる状況・言説を概観し、そこにおいて、女性の欲求がオープンに語られているようでありながら、実はごく限られた枠内において許容され、商業化されていることを示す。さらに重田氏は、アカデミックハラスメントに関する先入観と実情のずれ、性規範における善悪の基準設定の困難さといった問題にも触れ、性について自由であることが困難な今日の状況を描き出した。一見欲望が溢れているにもかかわらず窮屈であるという事態は、フーコーが『知への意志』において示したものとまさに同様であると述べ、氏は発表を締め括った。

 続いて、藤田氏・宮野氏による各報告へのコメントとパネルディスカッション、及びフロアを交えての討議がなされた。以下では議論の内容を抜粋して紹介する。

 パネルディスカッションでは、隠岐発表において提示された「有用性(utilite) 」概念がキーワードのひとつとなった。隠岐発表ではジェンダー・セクシュアリティや女性性と結びつけられる学問分野の周縁化という事態が示されたが、そのような学問分野の有用性を主張していくと同時に、有用無用とは異なる価値基準の下で研究の意義を捉え直すなど、有用性の枠組み自体の再考も必要ではないかという議論がなされた。重田氏は、近代において有用性の基準が自由主義的経済学の発想に簒奪されてしまった状況があること、そして、女性の欲望やニーズの商品化についてもその点を踏まえて考える必要があることを述べた。

 フロア討議では、重田発表で示された「愛され」重視とはまた別の状況として、何でもこなせるキャリア女性というモデルをどう考えるかという問いかけがなされた。またそのモデルに関連し、キャリア女性による家事のアウトソーシングという形で異なる商業化の回路が生まれ、グローバルな経済格差の問題とも絡んでいく状況も話題に上った。

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 シリーズ『愛・性・家族』および今回のワークショップに通底しているのは、性に関して語ることが困難な今日の状況を変えたいという藤田・宮野両氏の問題意識である。折しも近年、日本の哲学業界においては、研究環境のジェンダー平等化といった実践的な面も含め、性が話題に上る機会が目立って増えている。そこには様々な困難もあるが、この変化自体はよいことであると報告者は考える。

報告:筒井晴香(UTCP)

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