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【報告】マンガと哲学の対話―アスベスト問題に対する人文学的研究の展開②

2016.10.14 梶谷真司, 八幡さくら, 筒井晴香, 佐藤空, 安部高太朗

竹宮氏の発表の後、実際にマンガ『石の綿』の制作に携わった京都精華大学の浜田麻衣子氏と榎朗兆氏、さらに四日市公害をマンガとして描いた同大学卒業生の矢田恵梨子氏が登壇し、実際にマンガを制作する経験から学んだことや問題について、竹宮氏と対談する形で三人の報告が行われた。

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浜田氏は『石の綿』のクボタ・ショックを担当し、当初からのストーリー変更や実在の人物を描き出すことの難しさや、参考にしたドキュメンタリー番組制作者とのやり取りなどを紹介した。榎氏は、「泉南」の作画を担当した際に裁判資料を読み込んだ経験や、当時行われていた大阪・泉南アスベスト国家賠償請求訴訟に参加したことで、被害者への思い入れが強くなり、それが作画にも影響してしまったことを話した。中立性を描いたマンガであると竹宮氏から指摘があり、反省して修正した経験を榎氏は報告した。竹宮氏は「機能マンガの自然発生」として矢田氏のマンガを紹介した。矢田氏は出身地である四日市で起こった公害問題を扱ったマンガを制作するまでの過程を話した。関係者から話を聞くことで自らが四日市公害について知り、マンガ『ソラノイト』を制作した。このマンガは現在『空の青さは一つだけ―マンガがつなぐ四日市公害』(くんぷる出版、2016年)に含まれている。マンガを通して、矢田氏は、現代に生きる私たちに関わりのない問題ではなく、過去の公害の犠牲と現実を知ることが重要であると伝えている。

三人の発表と質疑を通して、マンガにおける中立性とは何かということやリアリティの表現が議題になった。事件を調べ、事実を知る内にマンガ家自身も被害者に強く共感し、理不尽な状況に憤りを感じることもある。しかし、偏り過ぎた視点でマンガが描かれると、読み手が拒否感を覚え、マンガそのものが説得性を失う危険性もある。精華大学では竹宮氏が学生のマンガをチェックしているため、そのような危険を回避してきたが、今後機能マンガが確立されるためには、描き手の視点をチェックする仕組みが必要であろう。

次に、中脾腫・じん肺・アスベストセンターの永倉冬史氏が同センターでの取り組みや、アスベスト問題に対する国の対応や現状について紹介した。その後、中皮腫アスベスト疾患患者と家族の会の関東支部メンバーの女性からお話を伺った。彼女は被害者一級建築士の夫が胸膜中皮腫で亡くなったことを話、自分でも気づかないうちにアスベストを吸い込んでいたことが原因で病気になりうるという危険性を指摘した。そして、アスベストマンガについては、マンガプロジェクトが制作した震災とアスベストについてのマンガのブックレットが、アスベスト問題に関する国際会議の場でも、わかりやすく手に取られやすいという利点があると述べた。このブックレットは中国語と韓国語に訳されインターネットからダウンロードでき、マンガを通してアスベストの危険を周知させることに役立っている。

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研究会の後半では、アスベスト問題とマンガについての哲学対話を行った。まずアスベスト問題のような社会問題をマンガで表現することについて、参加者で自由に問いを出した。その中から皆で考えたい問いを投票で決めた。投票の結果「機能マンガの活用法とは何か?」について二つのグループに分かれて話し合うことになった。各グループに、京都精華大学のマンガ家と、アスベストの被害者または家族の会からの参加者、一般の参加者や学生が入るようにし、対話を行った。機能マンガという概念が必要かどうか、すでに学習マンガだけでなく、他のマンガが機能マンガと同様の役割を担っているのではないかという意見が出た。このことから、機能マンガの概念やその定義が問題になった。マンガがわかりやすいという点から、社会問題や会社の社史、自治体の紹介などをする場合に、マンガが使われるケースはよくある。しかし、クライアント側の要望に沿うように制作することを求められるため、偏りのない中立な立場に立ってマンガを描くことは難しい。あるマンガ家は、プロパガンダとしてマンガが使われる危険性について自身の実体験から紹介し、機能マンガの利用法の問題を指摘した。またマンガ家が制作過程で気を付けていることとして、中立的な立場に立つということ自体が非常に難しいということが挙げられた。中立的であるということや客観的な視点を持つということは、個々のマンガ家あるいは一人の人間の持つ倫理観にかかってくるのではないかという意見が出て、マンガ制作における倫理観についても話し合われた。機能マンガの役割や可能性について、普段接する機会のないマンガ家と読者が活発に対話していた。二グループで対話を終えた後、全体の振り返りを行った。両グループともに様々な話題が出て、マンガ家と読者の両方の立場からマンガの今後の活用法を考えることができた。

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研究会後、参加者からは、アスベスト問題というテーマは非常に重い問題だったが、マンガを通して冷静に距離を持って受け止めることができたという意見や、もっとマンガによって問題を広く知らしめてほしいという意見が聞かれた。さらに、発表者達からも、参加者とアスベスト問題や機能マンガについてじっくり話すことができて、機能マンガの概念を詰めることができたという意見や、機能マンガの定義が揺らいだという意見を聞くことができた。哲学対話は、様々な年齢や立場、職業の人々が対話を通して他人の考えを知り、自らの思考を深めていくことができる。アスベストマンガの取り組みについて対話を通して皆で考えることによって、今後の機能マンガの可能性と、人文学と社会との連携可能性、さらには大学の地域との取り組み方を考えることができた。このようなプロジェクトの企画と推進が様々な大学や地域で行われれば、学生自身が責任を持って研究に関わり、社会問題を真剣に受け止める姿勢を身につけることができるだろう。

最後に、対話では「機能マンガの活用法」について話し合ったが、すでにこの研究会自体が機能マンガとしてのアスベストマンガの活用法の一つになっていると言える。参加者が様々な職業や立場を超えて、機能マンガの活用法について対話したことによって、参加者のアスベスト問題に対する意識が変わり、マンガの可能性に気付く機会になったに違いない。本研究会は、人文学的研究やマンガという媒体に関して多くの問題を提起し、今後どのように人文学が社会問題に取り組んでいくかということに関して一つの指針を与えてくれた。

文責:八幡さくら(UTCP)

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