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【報告】マンガと哲学の対話―アスベスト問題に対する人文学的研究の展開①

2016.10.14 梶谷真司, 八幡さくら, 筒井晴香, 佐藤空, 安部高太朗

2016年9月3日(土)にKOMCEE West K402で「マンガと哲学の対話―アスベスト問題に対する人文学的研究の展開」が行われた。

今回のワークショップはUTCPの特任研究員(PD)八幡さくらが企画した研究会である。八幡は神戸大学在学時に同大学文学部教授の松田毅氏の下で「アスベストマンガプロジェクト」に関わっていた。アスベストマンガプロジェクトとは、神戸大学大学院人文学研究科の中にある「倫理創成プロジェクト」に含まれる教育研究活動の一つである。倫理創成プロジェクトでは、アスベスト被害について被害者からの聞き取り調査や実地調査を行ってきた。その倫理創成プロジェクトの一環として、アスベストマンガプロジェクトは、よりわかりやすい形でアスベスト問題を広めるためにマンガを制作するために立ち上げられた。その際、京都精華大学マンガ学部教授の竹宮恵子氏が行っている機能マンガ研究プロジェクトと共同研究し、アスベストやそれに関わる様々な問題(健康被害や震災におけるアスベスト被害等)を取り扱ったマンガを発行した。

L3プロジェクト「Philosophy for Everyone(すべての人のための哲学)」では、対話を通して立場や考え方の異なる人々が問題についてともに問い考える哲学対話を行っている。マンガ制作の過程もまた、文学部の教員・学生とマンガ学科のマンガ家達、被害者との対話の過程であった。哲学対話をアスベストマンガの研究会に取り入れることによって、プロジェクトの推進者たちだけでなく、様々な立場の参加者とともに社会問題としてのアスベスト問題をマンガで表現することの意義について問うことができ、プロジェクトの反省と新しい人文学的研究の展望が開けるのではないか。

以上の背景と動機から、松田氏と竹宮氏に東京大学での研究会の共催を持ち掛け、両者が快諾してくださったことによって本研究会を開催することができた。

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研究会の冒頭に八幡氏が開催に至る経緯と狙いについて紹介した後で、松田氏が「アスベスト問題―応用哲学の観点から」というタイトルで発表を行った。まず松田氏はアスベスト問題の概要と神戸大学文学部でアスベスト問題の研究を始めた経緯を説明した。松田氏は、「持続可能な社会」を考えるにあたって、災害や公害被害を焦点とした、地域の歴史と個性に根差した「ローカル・ナレッジ」の人文学を目指し、アクション・リサーチという手法を選んだ。松田氏によれば、アクション・リサーチとは、研究者と学生が「プレーヤー」として社会集団に働きかけるタイプの研究を目指すものである。被害者や当該地域で聞き取り調査を行い、その調査内容を整理・考察し、結果を社会に公表するという点で人文学的な手法が生かされる。アクション・リサーチとして行ったマンガプロジェクトでは、京都精華大学との共同研究を通して、アウト・リーチ活動とプロダクトの共同制作を重視する。「アクション・リサーチは、現場で『他者』と向き合い、他者に身をさらすことなしには成立しない。『地域』の視点が重要である。知識は『遂行的』である」と松田氏は強調する。続いて、松田氏は、『石の綿』の合評会でのマンガの表現可能性や媒体の特異性についても報告し、阪神淡路大震災をルーツとする震災によるアスベストリスクの減災プロジェクトとしての「マスク・プロジェクト」やブックレット、「クロスロード」を使った防災のための意思決定ゲームなどの取り組みについても紹介した。

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松田氏の発表から、地域の歴史や視点を大切にし、聞き取り調査やマンガ制作という実践によって推進されたマンガプロジェクトは、まさに研究と教育が一体化した理想的な在り方であり、応用哲学としての成功事例であると言える。学生と教員がともに調査・研究を行うことによって、各々がアスベスト問題の研究に対する責任感を強く持つことできる。この取り組みを通して、学生自身の社会問題に対する意識や地域に対する視線が変わっていくに違いない。このことが学生の教育に繋がり、地域や社会を支える人材育成にもなるはずである。

次に、竹宮氏が「機能マンガとしてのアスベストマンガ―『石の綿~マンガで読むアスベスト問題~』を制作して」について発表した。竹宮氏は、マンガを社会的な問題を市民に広め、理解し、解決のための合意形成に導く機能を持つもの、「機能マンガ」として確立することを目指している。竹宮氏は、機能マンガとしてアスベストマンガの制作に至るまでの軌跡を紹介した。クライアントにあたる松田研究室とのコラボレーションを最終目標とし、描き手となる京都精華大学生がアスベスト問題に興味を持つようなコラボ授業を企画した。すでに神戸大学側で出来上がっていたマンガの構成をもとに、各章ごとに神戸大学と京都精華大学の混成チーム分けをし、役割と義務の確認を徹底させた。仮本の回覧によって確認・点検も十分に行った。この過程を通して、学生たちに強い使命感が生まれてきたと竹宮氏は報告する。竹宮氏は機能マンガが果たすべきこととして、「説明の機能を果たす」「ストーリー・ドラマで情報を読みやすく」「説明とドラマの綾織り」を挙げる一方で、「ドラマチックよりも情報の積み上げを大切に」「偏らない、傷つけない、親身になる」ということも挙げる。機能マンガの目的達成は「クライアントの要求に、どれだけ見事に応えるか」であるが、その達成のためにはクライアントの要求に対して制作者が冷静な判断を下し、公平な視点を持ち、必要十分な説得力を備えている必要がある。竹宮氏によれば、「マンガの使い手」として、意欲を持って困難な対象を表現しきることは、普通の制作よりも遥かに高い目的意識と技術を必要とする。竹宮氏は、今後の機能マンガにおいてマンガ家が留意するべきこととして、「ノイズ」を作り、「ささくれ」を示すことを挙げる。ノイズやささくれとは、資料には残っていない記憶の再現であり、リアリティのための想像・創造性を示すものである。その具体例として、コマとコマとの間に入れる主人公の過去の回想シーンや、資料には残っていない石綿工場内部や地域の当時の様子、息子に「死ね」と言われた時の表情の見えない母親の姿などが挙げられた。創作臭くなることは絶対に避けねばならない一方で、目的に沿った創作や演出を入れていくことがマンガ家に求められる。竹宮氏によれば、クライアントに協働を促し、ささくれ・ノイズを作る努力をし、プライドを持って仕事を成し遂げることが、これからの「機能マンガマスター」に求められる。

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竹宮氏の発表では、制作途中のマンガがいかに完成へと導かれていくのかが、絵とともに示され、普段マンガの読み手としてマンガに接している参加者にとっては、その制作過程やマンガ家の試行錯誤は非常に興味深いものであった。学習マンガとは異なり、クライアントとの協働によって作られる機能マンガには、マンガ家の力量や個性が試される。マンガ家が何にやりがいを感じるかは、人それぞれであるということがマンガ家の口から語られたことは非常に印象的であった。機能マンガの確立と機能マンガマスターの育成において、マンガプロジェクトのような共同研究が果たす役割は大きいだろう。

(続く)

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