Blog / ブログ

 

【報告】阪大・臨床哲学研究室&東大・UTCP上廣共生哲学寄付研究部合同ワークショップ「障害の哲学:理論とその応用」

2016.02.15 石原孝二, 井芹真紀子, 共生のための障害の哲学

 2015年10月22日、大阪大学豊中キャンパスにて大阪大学臨床哲学研究室とUTCP上廣共生哲学寄付研究部門の合同ワークショップ「障害の哲学:理論とその応用」が開催された。

 大阪大学側からは浜渦辰二氏(臨床哲学)、東京大学UTCP側からは石原孝二氏(科学技術哲学・現象学)と報告者井芹(クィア理論・障害学)の計3名による研究報告が行われた。

 はじめに、UTCPの井芹から「ポストヒューマン? 義肢の表象と女性身体」と題した研究報告が行われた。近年フェミニズム・クィア理論と障害学とを接合する議論が英米では盛んになっている。報告者はその中での「障害disability」概念の様々な使われ方とその問題点を指摘し、マイノリティ身体の管理をめぐる政治と新自由主義的社会・経済体制におけるフレキシビリティの称揚が孕む問題性を、女性身体において視覚化・消費される義肢の表象の分析から提示することを試みた。2012年のロンドンパラリンピックにおける「スーパーヒューマン」表象の批判的な分析は、2020年に東京オリンピックを控えた現在の日本においても現在取り組むべき課題のひとつであると言えるだろう。

 次に、大阪大学教授の浜渦氏から「フッサール現象学と精神医学における対話」と題した研究報告がなされた。精神医学分野において現象学の強い影響がみとめられる一方で、フッサール哲学とはその出発点からしてモノローグ的であり、フッサールは精神医学の枠組みを自らの思想に決して取り込もうとしなかったと浜渦氏は指摘する。しかしその一方でフッサール現象学において提示された「間主観性」の問題系とはまさに「対話」の重要性を示すものであり、精神医学との「対話」を通じて、フッサール現象学をどのように再考することができるだろうか、と氏は問う。「対話」をキーワードに、氏は現象学的精神医学における、患者の「生きられた経験」へのアプローチに着目する。メンタルヘルスにおける対話の役割に焦点化したケースとして、(1)60年代イタリアの精神科医バザーリアによって提唱された、精神病患者の相互関係の回復を目的とする「脱施設化」の実践、(2)地域に根ざした精神障害者たちの共同体を作った「浦河べてるの家」、(3)そして80年代からフィンランドで行われている「オープンダイアローグ」という手法を紹介し、これらの3つの実践から、精神医学の枠組みを現象学に取り込み、「対話」の役割から「一人称の現象学」を再考する可能性を論じる。

 最後に、UTCPの石原氏から「対話的アプローチと障害の概念」と題した報告が行われた。WHOによるICIDH(国際障害分類)からICF(国際生活機能分類)への改定において「障害」から「生活機能」へとその焦点が移される中で、今日の「障害」概念はより複雑化している。ICFにおける「生活機能」的な発想とは、社会モデル的な枠組みを意識的に取り込む一方で、現代の精神医学における「生物−心理−社会」モデルの枠組みにも影響を受けており、そこでは「自然な機能」を発揮することを妨げるものとしての「(生物学的)機能不全」がまず存在するという発想が残っていると石原氏は指摘する。つまり、専門家が診断を下し、専門の施設において治療を施し、社会復帰に導くべきものとしての精神疾患・障害disorderという伝統的な「障害」概念が温存されているのだ。

 そのような「生物−心理−社会」モデルの再考を迫る取り組みとして、石原氏は精神医療分野における「対話的アプローチ」の実践に注目する。浜渦氏の報告でも挙げられたフィンランドにおける「オープンダイアローグ」という手法やバザーリアによる精神科医療改革の成果である「トリエステモデル」は、どちらもソーシャル・リソース・ネットワーキングの構築と治療の社会化という共通点を持つ。地域精神医療の徹底的な実践例として知られるこれらの取り組みは、脱施設化というだけでなく、診断名ではなくそれぞれの当事者が直面する困りごとに基づいて治療を行うという点においても新しい治療的アプローチであるという。一方で、治療ではなく教育的アプローチから行われている英国の「リカバリー・カレッジ」の取り組みやべてるの家の「当事者研究」が紹介された。これらのアプローチから見えてくるのは、教育や研究を通して、専門家が教えたり決定したりするのではなく、あくまでも本人が主体的に活動することで当事者の主体性を確保することの重要性であり、「治療」からは切り離された場において社会的ネットワークを(再)構築することによって回復を支援する取り組みの有効性である。これらの「対話的アプローチ」は、従来の「生物−心理−社会」という精神医学の枠組み、そして「障害」概念そのものを問い直す実践であると、氏は論じる。

 ワークショップでは少人数にも関わらず参加者同士での活発な議論が行われ、それぞれの登壇者の報告内容の間に思いがけない結節点が見出されるなど、非常に刺激的なセッションとなった。最後になったが、本ワークショップ開催にあたって、ポスターの作成や会場準備などにご奔走くださった大阪大学の稲原美苗氏(臨床哲学・障害の哲学)に記して心よりの感謝を申し上げたい。温かく迎えてくださった浜渦、稲原両氏に感謝するとともに、今後も引き続きこのような研究交流の場が開催されることを切に願っている。


報告:井芹真紀子(UTCP・東京大学大学院博士後期課程)

Recent Entries


  • HOME>
    • ブログ>
      • 【報告】阪大・臨床哲学研究室&東大・UTCP上廣共生哲学寄付研究部合同ワークショップ「障害の哲学:理論とその応用」
↑ページの先頭へ