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【報告】汪暉教授講演会「二種類のニュー・プアおよびその行方:衰退から再形成へ向かう階級政治とニュー・プアの尊厳をめぐる政治について」

2015.09.01 石井剛, 佐藤空, 井芹真紀子

去る7月13日、清華大学教授の汪暉氏を招いて、講演会「二種類のニュー・プアおよびその行方:衰退から再形成へ向かう階級政治とニュー・プアの尊厳をめぐる政治について」が東京大学駒場キャンパスで開催された。

平日の開催にもかかわらず会場はすぐに満席の状態となり、また参加者の所属や年代、専門領域が多岐にわたっていたことからも、氏が提起する課題の今日的重要性が伺えた。日本語の通訳を交えて1時間程、現代中国における「ニュー・プア」という新しい「労働者」の歴史的・経済的・文化的背景とその課題についての講演がなされた後、氏が提起する「新しい階級政治」の可能性をめぐって、参加者間での活発な質疑応答が行われた。
 はじめに、本講演の主催者の一人であり、汪暉氏の著作の翻訳にも携わってきた石井剛氏(東京大学)より開会の挨拶があり、現代中国の枠組みがどのように構成されているかを、「現代思想としての魯迅」という視点から論じる氏のこれまでの研究について紹介がなされた。


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 講演では、製造業の集中に伴って飛躍的に労働者人口が増加する現代中国で生まれてきた、「ニュー・プア」と呼ばれる新しい労働者のグループが置かれている現状を、20世紀社会主義時代における階級闘争との関係において考えることの重要性が繰り返し強調された。農村から都市に出稼ぎに出て労働者となった「新工人」と呼ばれる人々や貧しいホワイトカラー労働者の人々は、その多くが非正規雇用のもと低賃金で不安定な労働を余儀なくされ、労働法の保護からもこぼれ落ちる存在であるために、20世紀の階級政治における伝統的な「労働者階級」とは全く異なった位置に置かれている。換言するならば、ニュー・プアとは、代表制政治の断裂という工人国家・社会主義国家の失敗の下に立ち現れてきた問題であるとも考えられる。しかしだからこそ、20世紀中国社会主義時代の階級闘争を全否定するのではなく、むしろそれらをどのように現代の枠組みに結びつけ、引き継いでいくかということを考えなくてはいけないと、汪暉氏は指摘する。氏が可能性を見出す中国社会主義の「遺産」とは、労働者と農民の連帯という階級を超えた普遍的利益を求める闘争の形である。世界的な資本の流動化と国家や市場における脱政治化といった潮流の中で、ニュー・プアの人々が直面する雇用の短期化や貧困、生活(再生産)空間の剥奪、労働組合への国家・市場経済の介入など、労働闘争が困難化する現代中国においてこそ、自らの階級に反逆し、他の階級闘争に参入することで生まれる、新しい政治領域、新しい価値付け、新しい平等性の可能性を、20世紀社会主義の遺産から引き継ぐための作業が必要となるのだ。


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 講演後の質疑応答の中で、汪暉氏のテクストを単なる学術書として消費してしまうのではなく、それらが非常にアクチュアルな社会変革をもたらすための明確な意図を持って書かれているということを理解した上で読まれなければいけないという指摘があった。そのような指摘への応答として、氏が〈非専門性〉の重要性を強調されていたことが印象に残った。それは学者がしばしば直面する「理論と実践の乖離」という問題に立ち向かうために、自らの専門分野のみを重視するのではなく、他の領域、他の問題との対話やコミットメントを深めることの重要性だという。このような汪暉氏の研究姿勢は、まさに今回の講演の中で提起された「自らの階級に反逆し、他の階級の闘争に参入すること」の政治的可能性とも共鳴するものであろう。既存の枠組みからこぼれ落ちるものであるために存在しない、あるいは瑣末な事柄であると見なされがちな様々な問題に対して、その暴力性を批判し現実を変えていくために、アカデミックな議論は何ができるのかという、私自身が日頃思い悩んでいる問いに新たな示唆を与えてくれる貴重な講演会となった。

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