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【報告】「共生のための障害の哲学」第13回研究会 マイケル・イワマ講演会―ディスアビリティの文化的構築と作業療法学

2014.07.08 石原孝二, 筒井晴香, 共生のための障害の哲学

2014年6月23日(月)、駒場キャンパス18号館コラボレーションルーム3において、「共生のための障害の哲学」第13回研究会「マイケル・イワマ講演会―ディスアビリティの文化的構築と作業療法学」が開催された。この研究会では、日本の作業療法士との共同作業に基づく新たな作業療法理論「川モデル」を提唱された作業療法学者のマイケル・イワマ教授(Georgia Regents University)にご講演頂き、続いて田島明子准教授(聖隷クリストファー大学)よりコメントを頂いた。

以下、司会を務められた景山洋平氏(東京大学/日本学術振興会 (PD))より、研究会についてご報告頂いた。
(ここまで:筒井晴香(UTCP))

6月23日に、「共生のための障害の哲学」第13回研究会として、ジョージア・リージェント大学のマイケル・イワマ教授をお招きして、“Eastern & Western Constructions of Disability; a Critical Examination of Occupational Therapy Theory”の表題でご講演いただいた。イワマ教授は、作業療法学における理論モデル研究と医療人類学を架橋する独創的な研究で世界的に著名な作業療法学者であり、その代表的成果としてThe Kawa Model: Culturally Relevant Occupational Therapy(2006)を挙げられる。今回は、先だって横浜でおこなわれた世界作業療法士連盟大会のために来日されており、非常に貴重な機会なのでご講演をお願いする運びとなった。

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イワマ教授の提題は、社会構築主義の立場から作業療法の理論モデル研究を再検討する必要性を説くものだった。まず、社会構築主義の基本的な説明を行った上で、各人が属する社会に固有の文化的なレンズを通して、ディスアビリティが構築されていることを主張された。しかるに、イワマ教授はこの文化的な意味の領域を<西洋/東洋>という非常に大きな単位にまで拡大して、ディスアビリティや作業療法学の問題を検討すべきだと言う。教授のまとめによると、西洋を特徴づけるのは合理主義であり、そこでは神・真理・自己・社会といった諸単位が相互に分離・独立している。対して、東洋を特徴づけるのはホーリズムであり、自己は自然との一体性を生き抜いているとされる。しかるに、こうした巨視的な文化論によって立つと、西洋の作業療法で自明視される「作業」や「ディスアビリティ」の観念をそのまま東洋の文脈に適用することはできない事が分かると言う。なぜなら、西洋でいう「作業(occupation)」は相互に独立した人間と環境の交渉関係であるのに対して、東洋では人間と環境をそのように分離したものとみなさないからである。同様に、西洋のリハビリテーションで重視される自己効力感(self efficacy)や独立性、証拠に基づく実践といった価値や、また、現在を超えて将来の目標に向かう西洋的な時間感覚は、必ずしも東洋のリハビリテーションには馴染まない。なぜなら、東洋、特に日本では(西洋的な)作業ではなく社会的な人間関係への所属こそが重要だからである。そして、最後に、以上の議論にもとづいて、川の図像を利用してクライエントの経験を理解するイワマ教授の新しい理論モデル(川モデル)が、西洋的人間観に拘束された従来の作業療法の理論モデルよりも、より柔軟な仕方で日本におけるリハビリテーションの実践に活用できるに違いないと主張された。

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その後、聖隷クリストファー大学の田島明子准教授にコメントを行っていただいた。コメントの趣旨は、「文化」を強調することへの疑義である。第一に、一口に「文化」と言ってもそこで生きる人間は限りなく多様であり、日本人でも集団主義的でない者もいる。「文化」の強調は、ある特定の文化の表象に馴染まない人間・集団を排除する可能性がある。第二に、「自己決定」のような西洋的な価値観・人間観に対して、川モデルがそれとは異なる人間観を打ち出した点は重要だが、それによって明らかにされたものは特定の文化に限定されるものでなく、<生命力としての川の流れ>というどの文化でも語りえる各人固有の生であるように思われる。田島氏はこのような指摘をされた。

最後に、会場の参加者を交えて全体討議を行ったが、基本的には田島氏と同じく「文化」という論点への疑問が目立った。ただ、田島氏やその他の参加者とのやり取りで浮かび上がったのは、イワマ教授の議論が作業療法の臨床と作業療法学の言説状況に向けられた戦略的かつ実践的なものであり、文化論はむしろその手段にとどまるという点である。
例えば、「川モデルの人間観は、とりたてて日本的ではないのでないか」という質問に対して、イワマ教授は、「文化を強調する必然性はなかったが、先行する支配的な理論モデルを相対化する為に文化論が有益だった」と述べて、文化論の対抗言説としての性格を指摘した。また、「『日本人が集団主義的で〜』といった文化論はオリエンタリズムなのでないか」という質問に対しては、「多くのクライエントを相手にする実際の臨床において、一人一人のナラティブの真の個性を捉えることなど不可能だから、ステレオタイプな文化論を理解の枠組みとすることは必ずしも悪くない」、と応答した。さらに、「川のメタファーでクライエントを捉える際に恣意的解釈となる危険がある」との指摘には「川モデルはあくまでクライエントの状況を理解するための『道具』に過ぎない」と返答して、また、従来のリハビリテーションのアプローチを代替するものでなく、むしろ「補完」するものとして受け止めて欲しいと強調した。

当日は、東京大学の研究者の他にも、平日にもかかわらず、作業療法学の研究者もご来場くださり、活発な議論が行われた。UTCPという哲学研究の場で、作業療法の現場に密着した研究に触れることができたのは、非常に貴重な機会であった。ご講演いただいたイワマ教授ならびにコメンテーターをお勤めくださった田島准教授に、心より御礼申し上げます。

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(報告者:景山洋平(東京大学/日本学術振興会(PD)))

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