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梶谷真司「邂逅の記録66:共生の作法 Decoding the Noise of Existence」

2014.05.13 梶谷真司, Philosophy for Everyone

2014.5.13 共生の作法 Decoding the Noise of Existence

5月10日、2014年度のキックオフシンポジウム「共生の作法」が開催された。

今年は4月に延世大学との共同シンポやその他のイベントが重なったため、1か月遅れの開催となった。まずセンター長の小林さんから挨拶があった。そのなかで、COE時代との違いについて、何よりも実践とその現場の重要性が強調された。現在、ヨーロッパの思想が行き詰まりを見せる中、日本やアジアから今日、将来必要とされる思想はまだ本当の意味では見つかっていない。それを各国の研究者との交流や、現場に根ざした実践から掴み取り、それを理論として発信するように努めてほしい――小林さんはこれを特に若い世代へのメッセージとして訴えた。

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第一セッションは、L1「東西哲学の対話的実践」の企画で、澤井啓一氏(恵泉女学園大学)に「<近代陽明学>の誕生」というテーマでご講演をいただき、今年度から助教になった川村覚文さんがコメンテーターとなった。澤井氏によれば、日本において儒学というのは、何か特定の本質的な実体をもった思想ではなく、外部からもたらされた何らかの原理を「領有化(appropriation)」する現象、言い換えれば、すでにある材料を使って自分たちに合うものへと変容することで再生産する運動として捉えるべきだという。とくに近代の陽明学は、西洋思想の受容に際してそのような役割を担ってきたという。私は仏教(とりわけ禅仏教)について漠然とそのような印象をもっていたため、澤井氏の主張は、非常に共感できるものであった。そして中国から日本を切り離し、アジアの後進性を中国に帰し、日本を東洋の遺産の真の継承者として位置づける一方で、西洋の思想の核心とそれを超えるものを自らのうちに見出そうする。そのような動きは、私が以前論じた漢方の歴史にも言えることで、日本の知的営為に広く見られる傾向なのかもしれない。

第二セッションは、私のプロジェクトPhilosophy for Everyoneの企画で「哲学対話の新たな可能性」と題し、この一年の活動を振り返り、今年度の展開について、鞍田崇氏(明治大学)を迎え、助教の清水将吾さんと3人で鼎談を行った。寄付部門が始まった最初の年は、国際哲学オリンピックへの協力と学校教育への取り組みが主であったが、昨年度の大きな展開は、学校からも大学からも外に出て、様々なところで対話を実践してきたことだ。テーマも「母」や「お金」など、通常哲学では扱わないものを取り上げ、また熊本への出張イベントで対話がコミュニティ形成に貢献できるという確信が得られた。現在私が京都の総合地球環境学研究所のプロジェクトとして鞍田氏と共同で行っている「ローカルスタンダードの創出による地域社会の再生」も、そうした活動との関連で構想した。鞍田氏は、Design for AllのUniversal Designに対抗する形で出てきたInclusive DesignのDesign with Allの流れを紹介し、それを哲学対話による社会変革と結びつけて語ってくれた。そこから見えてきたのは、これまで互いに関係がないように思われていたいろんな領域において同時多発的な動きが現れている様だ。哲学対話の向こう側に広がる可能性についていろんな角度から考えるきっかけになった。

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第三セッションは、L2「共生のための障害の哲学」から「障害の哲学の展開」と題してから石原孝二氏からの活動報告と、2年前にUTCPでPDをしていた稲原美苗さん(大阪大学)との対談があった。石原氏によれば、「障害」という概念自体がまだ海外でも日本でも明確になっておらず、disabilityではなくabilityとは何かについても研究が必要だとの考えを述べた。また障害は社会にあり方によって生み出されているといういわゆる「社会構築主義」の立場は、障害者個人の問題を考えていた時期よりは進んでいるが、社会をどれだけ変えても、障害はなくならないという点を石原氏も稲原氏も強調していた。また当事者研究の点から見た場合、言葉を発することが困難な人にとって、当事者研究はどうすれば可能なのか、哲学はどのように貢献しうるのか、という問題も提起された。障害に限らず、私たちの抱える問題は、社会性と個人性の両方を備えているが、それをどのように捉えるべきなのか。また問題をどう取り除くのかということと、それを本人や周りがどう受け止めるのかということを関連づけながらも、分けて考えていくことも必要であろう。

各プロジェクトはまったく異なるテーマに取り組みながらも、それぞれの現場から新たな思考を生み出そうとしている点で共通しているように見えた。最後に上廣倫理財団の方から、私たちの活動が「知の拠点」にふさわしく、もっとも豊かな成果を上げているとの評価をいただいた。このような形で引き続き支援をいただけることに心より感謝したい。

今年度は、助教が川村覚文氏と清水将吾氏の二人体制となり、PDも事務スタッフも新たなメンバーを迎えた。上記のプロジェクトだけでなく、UTCPじたいがどのように進化していけるのか、期待していただきたい。

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