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【報告】UTCPワークショップ「人文学と制度」

2013.04.01 梶谷真司, 藤田尚志, 星野太, 宮崎裕助, 西山雄二

2013年3月26日(火)に、東京大学駒場キャンパスにて、ワークショップ「人文学と制度」が開催された。本ワークショップは、先頃刊行された西山雄二編『人文学と制度』(未來社、2013年)の合評会というかたちで、人文学の今日的な意義とその将来性を描き出すことを目的としたものである。

本ワークショップに登壇したのは、2009年に刊行された『哲学と大学』(UTCP叢書3、未來社)に続き本書の編者を務めた西山雄二と、その他の中心メンバーである大河内泰樹、藤田尚志、宮崎裕助の各氏である。そこに、同書の執筆者でもある星野太(UTCP)と、梶谷真司(UTCP)が登壇者として加わった。

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前半のセッションでは、西山氏が同書の概略を提示し、大河内・藤田・宮崎各氏が自身の執筆論文の紹介と、同書全体に対するコメントを行なった。詳しい内容は同書の記述と重複するので割愛するが、各氏の論文タイトルは次のとおりである。

宮崎裕助「ヒューマニズムなきヒューマニティーズ――サイード、フーコー、人文学のディアスポラ」/大河内泰樹「特権としての教養――大学の統治と自律をめぐる争い」/藤田尚志「耳の約束――ニーチェ『われわれの教養施設の将来について』における制度の問題」

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後半のセッションでは、まず星野が同書所収のナイシュタット論文「大学とグローバリゼーション」(星野訳)に批判を加えつつ、「制度の名、場への愛」と題する発表を行なった。そこでとりわけ強調されたのは、ナイシュタットが主張するような大学制度の可逆性や回帰性は別としても、近代的な大学制度の変遷においては「(固有)名」が——大学の統合や学部・学科の再編などによって――しばしば不可逆的に失われるという問題である。また、反対にそうした「(固有)名」が回帰し、そこに特異な「愛」を呼び招く例として、大学という制度の外にある「ポンティニー」と「スリジー」というフランスの二つの事例に言及した。発表で話題にした論考・コラムは以下の2本である。

フランシスコ・ナイシュタット「大学とグローバリゼーション――近代の大学における三つの変容と啓蒙の放棄」(星野太訳)/星野太「ポンティニーからスリジーへ――ポンティニーの旬日会とスリジー=ラ=サルのコロック

もうひとりのコメンテーターである梶谷は、論文の執筆から語学教育にまでいたる研究者のあらゆる活動が「制度」と深く関わっていることを指摘したうえで、しばしば「危機的」と呼ばれる近年の大学の急速な変化が、むしろある面では「健全」なことなのではないかという問題提起を行なった。

その後のディスカッションでも非常に多くの問題が提起され、ワークショップは予定されていた時間を大幅に超過し3時間以上にわたって行なわれた。おそらく参加者のあいだでもっとも広く共有されていたのは、新自由主義的な「適切性」や「効率性」が、いまや人文学を含めた大学制度に深く侵食しているという現状認識だろう。しかしそこでどのような議論をし、どのような態度をとるかという点に関する見解は、参加者のあいだで大きく異なっていたように思われる。そのなかでも、登壇者やフロアの発言者のあいだの不和がもっとも顕在化した論点を二つほど書きとどめておきたい。

(a)今回のようなタイプの議論においては、しばしば〈人文学そのものの危機〉と、〈旧来の人文学を支えている制度の危機〉が混同されているのではないか。前者であればそれは原理的な問題になるだろうし、後者であればそれはまさしく制度論になる。『人文学と制度』という論集においても、また今回のワークショップにおいても、この二つの問題が厳密に区別されていないのではないか、という問題提起は重要なものであるように思われた。

(b)以上の問題を引き受けつつ提起されたのが、人文学における「危機」とは何かという問題である。これについては、おおむね次のような複数の見解が提出されたように思われる。(1)人文学の本質は、そもそも危機にある。仮に人文学が国家をはじめとする共同体によって安定を保証されたとしたら、人文学は批判を本質とするみずからの存在意義を失うことになるだろう。(2)その意味では、〈人文学そのものの危機〉は存在しない。近年さかんに論じられているのはあくまでも〈旧来の人文学を支えている制度の危機〉であり、人文学は現在のかたちを失おうとも、その批判力は何らかの仕方で継承されていくはずである。(3)これに対し、次のような反論も提出された。たとえここでの争点が〈旧来の人文学を支えている制度の危機〉であろうとも、仮にそれが今後も新自由主義的な「効率性」に侵食されていけば、やはり人文学は死ぬだろう。その意味では、現在生じているのはやはり〈人文学そのものの危機〉でもあるだろう。

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『人文学と制度』の出版元である未來社の西谷社長もまた、閉会のコメントにおいて「危機」という観点から「人文書」という制度の問題に言及した。本ワークショップではほぼ「大学」に話題が限定され、なおかつその論点も「大学における人文学の危機」に終始した印象がある。今後、「人文学」と「制度」をめぐって付け加えられるべき議論としては、人文書の出版や流通をはじめとするより大きな制度の問題が挙げられるだろう。

報告:星野 太(UTCP)

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