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【報告】UTCP/PhDC×浦河べてるの家討論会『当事者研究の現象学3』

2013.01.21 石原孝二, 稲原美苗, 飯島和樹, 岩川ありさ, 共生のための障害の哲学

 2012年11月29日・30日に、浦河べてるの家、Necco当事者研究会、三重当事者研究会、UTCP上廣共生哲学寄付研究部門「共生のための障害の哲学」プロジェクトが集まり、当事者研究ライブ・当事者研究討論会、そして当事者研究ラウンドテーブルを行い、当事者一人ひとりが直接的に体験する知覚的・感覚的現象、生き辛さについて研究し、それを観客と共に考察していった。この討論会では、多様な当事者研究会のスタイルを実際に見学できる貴重な機会になった。

 ここで少し当事者研究について説明をしておきたい。当事者研究とは、北海道浦河町のべてるの家で始まった取り組みである。そこに助けを求めて来る人は、統合失調症やうつ病などの精神疾患の当事者であり、病気の症状だけではなく、多様な生き辛さをもって生活している。ここで話す当事者研究とは、障害当事者が「苦悩の主人公」として、同じような症状をもつ仲間とともに自らの生き辛さについて「研究」をすることによって、自分自身の知覚的・感覚的現象や環境を知り、自分を少しずつ生き辛さから解放していく取り組みである。この報告では3つの異なる当事者研究の紹介をすることに焦点を絞りたいと思う。

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 初日は、「共生のための障害の哲学」プロジェクト(UTCP/PhDC)のコーディネーターである石原孝二が開会の挨拶をし、これまでの経緯と当事者研究と現象学の関連性について述べたところから始まった。当事者研究の現象学は2011年2月に始まり、今回が3回目になるが、これまでの2回は浦河町で行われ、今回初めて東京大学駒場キャンパスで開催されることになったとのことである。また石原は、従来の現象学的精神病理学が専門家の視点から行われていたものであるのに対して、当事者研究はまさに(精神障害に関する)当事者の視点からの現象学的実践としてとらえることが可能であると指摘し、今回の討論会を、当事者とのインタラクティブな研究討論を行う「現象学的共同体」を作り上げていくための足掛かりにしたいと述べた。

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 次に、統合失調症を中心とする精神障害者の「当事者研究」で有名な浦河べてるの家のメンバーによる当事者研究ライブが始まった。北海道医療大学の向谷地生良教授がファシリテーターを務めた。べてるの家の当事者研究ライブの特徴は、登壇者一人ひとりの抱えている問題・苦労への対処を専門家や家族に丸投げし、諦めるのではなく、自分と向き合い、自分らしい問題・苦労との付き合い方を考えながら、苦悩の主人公になろうとするところにある。このライブでは、仲間と経験を分かちあい、専門家と家族ともしっかり繋がりながら、自分にやさしい生き方を探求していく研究を見学させてもらった。観客席にいた私自身、色々なことを考えさせられた。幻聴、幻覚、妄想等の症状に苦しめられてきたこの目の前にいる人々が、それぞれの症状とどのように付き合っているのかを語り、そこから一歩踏み込んで、そのような症状と共生する方法を考えているのだ。特に、登壇した当事者の皆さんが「自己病名」をもっていた。自己病名とは、医師からもらった医学的な病名ではなく、自分の苦労のパターンを分析して、仲間や関係者と一緒になって考えた過程でつける病名である。 例えば、幻聴という現象と丁寧に付き合うために、「幻聴さん」と呼び、人格化することで、「恐ろしいもの・おぞましい現象」という悲観的なイメージは薄らぐ。そして彼らは、その幻聴がどんな声を発しているのか自分なりに分析をし、観客に教えてくれた。

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 その後、べてるの家のメンバーとUTCP/PhDCのメンバーで当事者研究討論会を行った。ライブの鑑賞後、UTCP/PhDCのメンバーからの率直な感想から入り、当事者研究の目的を再考できた。その中で、精神疾患を抱えながら、何度も爆発をくり返し、幻聴さんに自分を拉致されたり、色々な問題が起きてしまった際、自分の現象をしっかりと研究し、そのメカニズムや対処方法を研究したりすることで、その人の生活世界が少しずつ変わっていくのだと実感した。

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 第2の当事者研究ライブは、大人(成人)の発達障害者のための就労支援施設 Necco(ネッコ)の当事者研究会によるものだった。ファシリテーターは自らも発達障害をもつ当事者であり、当事者研究の活動を展開している東京大学特任研究員の綾屋紗月氏が務めた。登壇者の一人ひとりは、これまで自分の思っていることと相手の思っていることの間にズレを感じていた。そのズレがうまく理解できず、そして理解されず、トラブルの原因となることが頻繁にあったそうだ。そのようなズレをどのように説明できるのかと研究した結果、彼女たちは「星と星座」という言葉を手に入れた。その発端は、メンバーの一人が言った「頭の中にいつもつぶつぶがある」という言葉。観客にこう呼びかけた。「頭の中に『星』が沢山あるとまず想像してみよう」と。ホワイトボードに点々を沢山描きながら、彼女たちの生き辛さを話し始めた。ここでの「星」とは、あらゆる情報の一つ一つを示し、「星座」とは、星の一つ一つをつなげて立ち上げた意味を示す。発達障害は先天的なコミュニケーションの障害だと考えられている。しかしコミュニケーションの障害(ズレ)は両者のあいだに生じるものであって、どちらか一方に原因があるわけではない。そのズレを今回参加したNecco当事者研究会のメンバーは、星や星座の違いで表そうとしていた。例えば、Aさんがある星(情報)を提示したとする。それを受けて、Bさんは、Aさんの提示した星に刺激を受けて、頭の中に電流が流れるようなイメージで、他の星をつないで星座(意味)を作り出す。このとき、Aさんがどのような星座の一部分としてその星を提示したのかの判断を保留せずに、情報の受け手であるBさんは自らが構築した星座を情報の提供者であるAさんも共有しているものだと思い込んでしまう。そこで、二人の間のイメージが異なって、コミュニケーションにおいてズレが生じ、「わかってくれない」とか「パニック」といった状態になってしまうのである。このように今回ライブを行ったNecco当事者研究会のメンバーは、意味のまとめあげのズレや飛躍を「星と星座」という共通言語で共有できるようにし、コミュニケーション上のトラブルをこの概念を用いて研究しているそうだ。

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 2日目は三重当事者研究会のライブで幕を開けた。精神疾患や発達障害を患っている当事者(三重県の大学生たちが中心)が集まって活動している三重当事者研究会は、パワーポイント等を駆使したプレゼンテーションを一人ひとりが順番に行っていった。ファシリテーターを務めたのは三重大学の精神科医である樫本香苗氏と大山慶子氏。登壇者は4人で、4つの研究発表から構成されていた。その一人ひとりが自分自身と自分の環境(周囲)のズレや生き辛さ、幻聴の特徴等を分析していた。一つひとつの研究発表が「どのように幻聴が聞こえるのか」、「発達障害や精神障害の感覚はどのようなものなのか」という質問に答え、会場の観客に直接訴えかけ、当事者からみた世界観を教えてくれた。会場では、登壇者と観客の間に「繋がり」が芽生えたように思えた。ライブの中で一人ひとりが自己病名を使い、自己紹介をするところから研究発表が始まる。「私の症状は〇○で、このようなことに困っている」といった思いを言語化し、始めはもやもやしていても、みんなで研究し討議していくうちに、自分で自分を理解したり、相手が自分を理解したり、症状に対する自分なりの対処法が見つかったりしていく。そのようなプロセスを実際に見学でき、学ぶことも沢山あった。

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 私自身、軽度の脳性マヒをもって生きている障害当事者である。UTCPのメンバーとして参加していたのだが、当事者研究をライブで見学したのは初めてだった。実際経験してみて、目から鱗が落ちた。それと同時に私自身も当事者研究をずっと以前からしていたことに気が付いた。私の博士論文は自分の経験を哲学的に分析し、考察したものだった。博士号取得後に私自身の研究が行き着いた場所が「現象学」、つまり、当事者研究だったのである。この討論会で3つの異なる当事者研究のライブを観て、それぞれの取り組みが重要視している共通の目標のようなものを私なりに感じた。それは、語られなかった経験を語り合い、自分と世界を丁寧に繋ぎ合わせるパッチワークのような作業をすることだと思う。障害当事者の誰もが色や形の違う端切れを沢山もっているのだが、それをどう組み合わせて繋げれば良いのか分からない。糸の種類によっては、ぷっつりと切れてしまい、バラバラになる恐れもある。ばらばらになることを恐れている健常者は、そのプロセスを無駄だと思うのかもしれない。しかし、このばらばらに端切れが外れてしまうプロセスも人生には不可欠なのである。ばらばらになったら何度も縫い合わせていけば良いのである。この2日間の討論会は、そのような貴重な考え方を教えてくれた。最後に、この討論会に参加して頂いた全ての人々にお礼を述べたい。有難うございました。

(報告:稲原美苗)

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