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【報告】橋本和典講演会「3.11東日本大震災後の心的外傷の予防と治療」

2013.01.15 小林康夫, 星野太

2012年12月18日、東京大学駒場キャンパスにて、橋本和典氏の講演会「3.11東日本大震災後の心的外傷の予防と治療:福島サポートグループを例に」が開催された。臨床心理士である橋本氏は、東京大学の駒場学生相談所でも非常勤講師を務められている。そうしたご縁もあり、今回は小林康夫(UTCP)の司会のもと、UTCPで東日本大震災後の心的外傷の予防と治療についての講演を行なっていただく運びとなった。

橋本氏の講演では、東日本大震災直後に設立された震災復興心理・教育臨床センター(EJセンター)や、橋本氏が事務局長を務める国際力動的心理療法研究会の活動が紹介された。特に、今年2012年の9月1日から3日にかけては、仙台で国際力動的心理療法研究会の第18回大会が開催され、「災害と外傷からの回復のための心理的トリートメント」がテーマに掲げられた。震災後の被災者の心理的トリートメントをめぐる橋本氏らの活動の特異なところは、震災で深刻な被害を被った被災者の方々ばかりでなく、被災者の支援に携わる専門家の心的ケアをも視野に収めているところだろう。つまり、震災後の現地での支援活動においては、二次、三次、四次外傷、あるいは代理外傷や同情疲労に苛まれる専門家や支援者たちの支援もまた必要となる。国際基督教大学と宮城学院女子大学のメンバーを中心に設立されたEJセンターは、ともすれば忘れられがちな心的外傷の連鎖を緩和すべく、震災とさまざまな仕方で関わりあう人々の心の支援に携わっている。

他方、福島県出身の橋本氏のもうひとつの活動である「福島サポートグループ」は、人々に心的外傷の普遍性を伝え、その脱却の知恵を共有していくことを活動の目的としている。橋本氏の言葉によれば、同サポートグループは、率直な語り合いを通じて自分そして他者をケアし、ケアされる能力の回復を狙う「サポーティブ・グループセラピィ」なのだ。橋本氏も強調するように、被災した人々が心的外傷の影響を減じ、人生を前進させていく力を得るためには、みずからが負った傷を含めて、それぞれが言いたいことを言える場所を作ることが必要となる。震災について、福島について、あるいはそれぞれの人生について、誰もが自由に語ることのできる「walk-in center」を福島に作ることこそが、これからの目標であると橋本氏は力強く語った。

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さて、以上の報告では、本講演のタイトルに掲げられた「3.11東日本大震災後の心的外傷の予防と治療」をめぐる橋本氏の活動の要点のみを整理してきた。しかし、おそらく報告者である私自身を含めたほとんどの聴衆にとって予想外なことに、橋本氏の言葉は一貫して、震災後の世界を生きるひとりの人間として発せられたものだった。講演の冒頭において、橋本氏は「2011年3月11日」を直接・間接に体験した私たち一人ひとりがどのように変わったかを問いかける。そして、先の問いにみずから答えるかのように、橋本氏は臨床心理士として、福島出身・東京在住の男性にして父親として、みずからを「事例」としつつ語りはじめたのである。

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つまり橋本氏はこの講演において、言わば臨床心理士としての視点と、ひとりの被災者としての視点をどちらか一方に還元するのではなく、つねにその両者――あるいはその狭間――を往還しながら言葉を紡ぎ出していたと言えるだろう。本講演では、否認、解離、基底喪失不安といった具体的な心的外傷の事例が語られたが、その語り口は臨床心理士としての客観的な分析にとどまるものではなく、つねにみずからを具体的な対象として巻き込みながら展開されたことを強調しておきたい。震災から二年近い年月が経った今も、東日本大震災と原発事故がもたらした大きな爪痕が消え去ることはない。橋本氏の講演は、私たちがいまだその渦中にいるそれらの出来事を決して否認することなく、私たち一人ひとりがその出来事に向き合っていくことを強く求めるものであったと言えるだろう。

(報告:星野 太)

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