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梶谷真司「邂逅の記録38:P4E(Philosophy for Everyone)への道(8)」

2013.01.10 梶谷真司, Philosophy for Everyone

《P4Cのインパクト》

 夏にハワイ大学との共同比較思想セミナーを行った際、P4Cの見学に行ったことについては、以前にも報告した。

【邂逅の記録】(10)~(14)
・P4C(Philosophy for Children)の初体験
http://utcp.c.u-tokyo.ac.jp/blog/2012/09/post-561/
・哲学と国語の融合
http://utcp.c.u-tokyo.ac.jp/blog/2012/09/post-562/
・言葉を学ぶことと哲学的な資質
http://utcp.c.u-tokyo.ac.jp/blog/2012/10/post-564/
・小さな子供のためのP4C
http://utcp.c.u-tokyo.ac.jp/blog/2012/10/post-565/
・Free Thinkerとしての子供
http://utcp.c.u-tokyo.ac.jp/blog/2012/10/post-567/

 実を言うと、私にとって当初この見学は、共同セミナーのついでに行く、という程度の位置づけだった。P4Cについても、それほど深く理解していたわけではなく、日本で土屋陽介さんが「子どものための哲学教育研究所」に書いたコラムや、そこでアップしている論文などの資料を読んでいただけであった。確かにIPOへの協力、哲学サマーキャンプの企画は、本気で考えていたし、哲学教育一般にも強い思いがあった。しかしそれは、P4Cとは明確に結びついてはいなかった。楽しみにはしていたが、「とりあえず、長期的には関わってくることもあるだろうから、見ておいて損はないだろう」くらいの気持ちであった。
 言い訳をさせてもらえば、実際に見学する前なら、これ以上のことは望めなかったと思う。そもそも私は、共同セミナーで人生初の英語の授業をすることになっていて、精神的にはそれだけで一杯になっていた。それに、土屋さんのコラムを読んで、面白そうだと思ってはいても、それだけではまったく不十分だった。とはいえ、その不足は、おそらく、知識や理解の“量”ではなく、“質”に関わることであり、実際に自分がP4Cを体験しなければ分からなかったのである。
UTCPとハワイ大学の哲学研究とP4Cの活動をともに支援している上廣倫理財団のほうでも、おそらくそのあたりのことを察しておられたのであろう。サマーセミナーの期間中に、ハワイ大のホスト役ロジャー・エイムズ氏の自宅で関係者を集めてパーティーをする機会を設けてくださった。そのさい私は、ハワイのP4Cセンターの所長トーマス・ジャクソン氏と知り合うことができた。私たちは、たくさんの人でごった返す家の中で、目があった瞬間にお互いが誰か悟った。そして、哲学教育について語り合い、すぐに意気投合した(こういう体験は、哲学教育に関心のある人たちの間では日本でもよく起こる。逆に関心のない人、懐疑的な人とは、どれだけ話しても通じない)。そして、後日授業を見学させてもらうことになったのである。
 その詳細は、上のリンク先に書いたとおりである。それは私が前もって知識としては仕入れていた通りのものだった。土屋さんのコラムも読んだ。見学に行くことになって、前もって渡されていたジャクソン氏の概説も読んだ。だから、そこでどんなことが行われるのかは、おおむね分かっていた。それでも実際に見て自分もその授業に参加して体験したインパクトは、想像を超えていた。私は「自分一人だけで見ていてはいけない!学生にも見せなければ!」と強く思い、翌日、一番興味をもっていた院生を一人連れて行くことにした。その時私は彼女に「人生が変わるかもしれないから、気を付けたほうがいい」と“忠告”した。それはたぶん(いや、間違いなく)私自身の人生がすでにその時点で変わっていたからだろう。
 P4Cはきっとものすごいポテンシャルをもっている。相手や状況に合わせてアレンジすれば、いろんな形で使えて、いろんな効果が期待できる──そういう確信が私の中に芽生えた。ハワイから帰国直後の二日間の哲学サマーキャンプで、さっそく私は何か試してみたかった。そこでハワイで見学に連れて行った院生に、夕食後の高校生とのフリーディスカッションを任せた。彼女は私の意を汲んで、P4Cスタイルでやってくれた。そして予想通り、それは高校生にとってばかりでなく、東大の院生にとっても、稀有で豊かな時間となった(らしい。私はその場にいなかったので、よく知らないが)。
 やっぱりそうだ、これは行ける。いろんなことができる。一緒にやれる人たちもいる!──キャンプには、ワークショップで呼んだ河野哲也さんと土屋陽介さんも来てくれた。そのあと間もなく彼らと再び会って打ち合わせをして、ワークショップの中身は一気に形をとった。そうした勢いの中で、「Philosophy for Everyone(哲学をすべての人に)」というタイトルは、ほとんど自然発生的に出て来たのだった。

(続く)

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