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梶谷真司「邂逅の記録25:北京大学哲学系創立百周年記念国際会議に参加して」

2012.11.06 梶谷真司

10月26日から29日、北京大学哲学系創立百周年記念国際シンポジウムに招待され、初めて中国を訪問することになり、UTCPから石井剛氏と私が参加した。私自身は、中国の事情には暗いので、そのあたりの詳しいことは石井氏のブログに任せるとして、私はまったくの門外漢として、ただ自分の受けた印象を素直に記そうと思う。

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到着翌日の27日の午前に、記念式典が開かれた。セレモニーの会場となっていた百周年記念講堂の前には、「群衆」と言えるほどの数の人々。中の大ホールには「建設国際一流哲学学科、推動中華文化偉大復興」の横断幕。ステージの上には16人ものVIPが一列に並び、順次登壇してスピーチをする。中国語のみで行われていたので、詳細は分からなかったが、その規模、そこにかけた威信、意気込み、手間、人手、いずれも日本では考えられない。
シンポジウムのテーマはPhilosophy Education and Contemporary Society: A Global Meeting of Chairs of Philosophy Departmentであり、趣旨としては、世界の著名な大学とのつながりを作り、あるいは強化し、それぞれの機関における哲学教育の現状、課題、取り組みについて報告し、意見交換するということだった。

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いろんな人たちの話を聞いて感じたのだが、どこの国でも課題や理念は共通している──知の根拠づけ、知の厳密化、論理的・批判的思考力の育成のような哲学の学問的意義が強調される。また哲学の社会的意義も各国で同様に問われていて、市民社会の成員としての資質の養成や、現実の社会の問題との関連(主として応用倫理学)についても、多くの人が語っていた。教育の現場では、グローバル化への取り組みとして授業での英語の使用や留学の推進、学生の質の低下への対策などが問題になっていた。

中国に特有の事情として興味深かったのは、中高における哲学(主として弁証法的唯物論のこと)の授業時間が削減されていることに危機感に強まっていること、また北京大学のようにステータスの高い大学には、より高い学歴を求めて、興味はなくてもスコアが低くて入りやすい哲学科に来る学生への対処に苦慮しているといったことである。その結果、哲学科においてすら関心の低い学生にどうやって哲学の意義や魅力を伝えるかが問題になるようだった。

ただ、課題や理念を共有するのはいいのだが、逆に新鮮味はあまりなかった。哲学を巡る状況は不安定で混沌としている。そうした中で哲学の重要さについては、たんなる同業組合的な自己防衛以上の何かを感じてはいるようだったが、決定的な打開策や興味深い試みは、欧米の哲学者からも聞けなかった。もちろんこの会議だけから一般論を引き出すことはできないが、良くも悪くも、これもグローバル化の現れの一つなのだろう。

一方で、今回シンポジウムでいろんな話を聞いて、UTCPの活動が世界的に見てもかなり特異なものであることを実感した。実際、私たち自身にさほど迷いはない。大学からも日本からも外へ出て、社会と世界との間でできることを探し出し、各自がやれることをやりたいようにやっている。大変ではあっても、実質のある、しかも楽しいことをやっているという自負は、メンバー全員が持っているのではないかと思う。こうした方針を確立し、センターを牽引してきた小林康夫、中島隆博という二人のリーダーの先進性と創造性を再確認した。

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最後の晩餐のとき、北京大学のほうからWorld Philosophy Round Tableという組織の設立が提案された。今回できた協力関係を継続的に発展させようという趣旨である。既存の類似した組織とどう差別化を図るかをめぐって様々な意見が交わされた。これがどのように展開していくのかは未知数であるが、どうなるにせよ、こうした新たな世界的な動きにも応答しつつ、私たちは私たちでUTCPらしさを失うことなく進化していければと思う。

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