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【報告】東京大学−ハワイ大学夏季比較思想セミナー(番外編)

2012.10.02 梶谷真司, 神戸和佳子, Philosophy for Everyone

 ハワイ比較思想セミナーの期間中、思いがけずPhilosophy for Children in Hawaiiの活動を見学する機会をいただきました。セミナーの内容とは直接関係しませんが、大変貴重な機会でしたので、ここに報告させていただきます。

 Philosophy for Children (P4C) とは、哲学の問いや思考プロセスを用いて、子どもたちの思考力や議論する力を育てようとする、教育理念・教育方法です。P4Cを取り入れることによって、子どもたちが様々な問題についてより深く考えられるようになることや、他の人々の意見に耳を傾けつつ自分の意見を述べることで、よりよい解決方策を共同で構築していけるようになることが、期待されています。子どもたち、と言ってもその対象年齢は幅広く、小学生から高校生まで、その発達段階に応じて適用していくことができる教育方法です。

 P4Cは世界各地で行われていますが、その中でも特に熱心に行われている場所の一つが、ハワイです。今回見学させていただいたワイキキ小学校は、P4Cのモデル校となっています。この小学校では学校全体をあげてP4Cに取り組んでおり、それは校内に入った瞬間に一目で見て取れます。

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 今回見学させていただいたのは、2年生と4年生のクラスでした。両方の授業に共通して私が感じた、P4Cの特徴や効果を報告します。

《問いの難しさ》
 2年生のクラスでは「みんながまったく同じ顔・同じ性質をもつ惑星と、みんなが違っている惑星の2つがあるとしたら、どちらに住みたいですか」という問いが、先生から提示されました。ただ単にどちらに住みたい、というのは簡単ですが、よく考えてみると、その理由を適切に述べるのはなかなか難しいことです。こんな高度な問いが低学年の生徒に与えられることに、まず驚かされました。もちろん、議論が始まった時点では、問いの意味を十分に理解できない生徒も多くいます。しかしそれによって発言が妨げられることはなく、議論が始まった瞬間から、次々に手が挙がっていました。また、議論を進めるにつれて、他の生徒や先生の発言を聞くことで、問いそのものについての理解が深まっていっているように見えました。

 4年生のクラスでは、生徒たちの多数決でその日話し合うテーマを決めていました。ここで生徒たちから出されるテーマ案は、必ずしも「哲学的」なものばかりではありません。この日のテーマは「もし夢の中にとらわれてしまったら、あなたはどうする?」というものに決まりました。この子どもらしい問いも、話し合いの中で、夢にまつわる様々な問いに展開していきます。先生の導きにかなり頼る部分はありますが、問いを立てる力や、立てた問いを吟味する力が、養われているように感じられました。


《傾聴の大切さ》
 日本で対話型の授業をするときには「一人一回は発言しましょう」といった指示を、教師がよく出します。しかしP4Cの場合、発言よりもずっと重視されるのが、ほかの生徒の意見をよく聴くことです。ほかの生徒の発言中に、関係無いことをしていたり私語をしたりしている生徒は、かなり厳しく注意されます。その一方で、一時間ずっと無言でいる生徒もいますが、耳を傾けてさえいれば、叱られることはありません。その生徒は「聴く」「考える」という仕方で、参加しているからです。
 聴き合うことは、ハワイのP4Cで特に重視される”safety”の雰囲気につながっているように感じられました。「聴く」ことが、その話し合いの輪、コミュニティの中に参加することを可能にし、話し始めるための条件を整えるのでしょう。


《7つの道具立て》
 P4Cには、WRAITECという7つの質問があります。語義の確認(What do you mean by that?)、理由(reason)、前提(assumption)、推論(inference/if-then)、真偽の確認(true)、実例(example)、反例(counterexample)の頭文字をとっており、これがみなに共通の道具立てthinker’s toolkit とされています。こう書くととても難しそうですが(実際使いこなすのはとても難しいです)、先生方はこの頭文字をかたどった、見るだけで楽しくなるポップな画用紙を用意していて、毎回の授業でこの道具立てを子どもたちと確認しあっているようでした。

 議論の中で、子どもたち同士でこの質問を投げかけ合う姿はあまり見られませんでしたが、先生からはよく投げかけられていました。2年生の生徒に対しても「その言葉はどういう意味で言っているの?」と問いが向けられます。言葉は文脈や話し手によって様々に異なる意味を持つから、自分がどういう意味でその言葉を使うのか定義しなければならない――このことを私が理解したのは、かなり後になってからだったと記憶しています。しかしP4Cの授業では、これはごく当たり前のこととして、どんなに幼い子どもに対しても教えられる事実なのです。

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《はかりすぎないこと、焦らないこと》
 P4Cでは、議論が深まることは期待されていますが、それは必ずしも、建設的な議論をせよ、といったようなことではありません。また、話し合いの最後に、意見をまとめたり結論を出したり、といった時間はまったく設けられておらず、何か到達点に至ることも求められていません。内容的に重要な論点を出すことよりも、前述の7つの質問を用いて問いや発言を吟味し、それによって自分たちの考えが変容していく、というプロセスの方が重視されているようでした。従って、教師の側からの「いい意見を出してほしい」というプレッシャーは、ほとんど感じられません。このことが非常に印象的でした。

 また、小学校全体でP4Cに取り組んでいることで、6年間という長い時間がありますから、子どもたちの議論の技術や能力が、時間をかけて育てられているように感じました。一回一回の授業では、子どもたちはただ思い思いに喋っているようにみえる場面も多くあります。しかし、質問の仕方や意見の述べ方を短期間に教え込まれるのではなく、日常的に繰り返し使ってみることによって徐々に体得していくという一見悠長な過程は、この技術を身につけるのに有効な方法であるように思いました。

教育という観点からも、また哲学をどのようなものとして見るかという観点からも、ハワイでのP4Cの取り組みから学ぶものが多くありました。日本でもP4Cを導入するとしたら、どのような点をどのように生かせるのか、考えてみたいところです。

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