Blog / ブログ

 

梶谷真司「邂逅の記録19:ハワイ大学との共同夏季比較思想セミナー報告(10)」

2012.09.25 梶谷真司

P4C(Philosophy for Children)の初体験

8月14日(火)

 今日の午前中は石田先生、午後は中島先生の授業であったが、私は石田先生の授業に半分少し出た後(私もほとんど学生のように何度も質問していて、途中で抜けるのが本当に残念だった)、P4C((Philosophy for Children)のリーダー的存在で、ハワイ大学のP4Cセンターの所長Thomas Jacksonさんの案内で授業を見学(参加?)させてもらうため、一緒にKailua高校という地元の公立高校へ行った。

 まずはこの高校について説明しておこう。この学校は4学年で750人ほどの生徒を擁し、規模としては比較的大きい学校であるが、かつてハワイ州でもっとも荒れた高校であったらしい。それが今では世界中から人が見学に来る教育モデル校になっている。そこで決定的な役割を果たしたのがP4Cである。もともとここが荒廃した学校であった背景には、この地区に特有の事情がある。カイルア高校の学区には、おもに3つの地域が属しており、一つは現地ハワイアンのなかでも貧しい人たちの住むところ、次にハワイアンでも中間層に属する比較的裕福な地域、もう一つは、軍関係の仕事をする白人ないし黒人の家庭が多い地区である。これだけ境遇が違うことから、お互いの無理解や反発が絶えず、友人関係は、同じ地区の人に限られていたという。とくにハワイアンの白人に対する憎悪は根深いものがあったようで、しかも現地の人の間にも貧富ができていて、ハワイの歴史がもつ歪みを基盤とするような学校であったと言える。

 このような状況は、1999年にAmber Makaiauという女性教員がP4Cを導入するまで続いた。彼女は社会科の担当で、授業にP4Cのメソッドを用いた。まず行ったのは、生徒たちをサークル状に座らせ、お互いの目を見て話すような状況を作り出したことである。多くの子供たちにとって、このことじたいが初めての経験であったらしい。そもそもクラスメートと言っても、他の地区から来た奴など、まともに相手をしていなかった(するとしたら敵対や攻撃)のだから、彼らにとっては異常事態だっただろう。しかも、そこから民族・人種や文化的アイデンティティーの問題をテーマに話し合ったという。もちろん当初は、お互い非難したり罵倒する場面もあったそうだが、そのような発言に対しては、「なぜそう思うの?」「そう言われたからだよ」「それは事実なのかな、そうではない事例はないの?」といった問いを繰り返し、そこから実際に歴史の勉強やお互いの立場の理解が進んでいったらしい。そしてその後2003年に、Chad Millerというハワイ大学でジャクソンさんからP4Cを学んだ英語教員が来て、P4Cによるカイルア高校の教育改革は本格化した。
 
 このような荒れた高校の立て直しというと、何年も先生が戦って血と涙と汗を流してやっと達成!という感動のエピソードをイメージしがちだが、効果はすぐに現れたようで、暴力や麻薬、売春などの問題は、劇的に減っていったという。うーん、スゴい、スゴすぎる。私が行ったのは今日が初めてだが、そんなに荒れていたというのは、まったく感じられない、ごく普通の元気で和気あいあいとした感じの高校であった。

 さて、いよいよP4Cのクラスへ。訪ねたのは上で述べたChad Millerさんの英語の授業。こちらで英語を教えているわけだから、日本で言えば、国語の先生である。出席者は25人。国語の授業で「子供のための哲学」ということは、教える内容より、教える方法としてP4Cを使っているということである。サークル状に座り、お互いに向かい合って発言するという形で、教員もそのサークルのどこかに座る(私もそうした)。またいくつか決まったルールがある。一つは、「コミュニティボール」という毛糸で作った(これは授業の最初にみんなで作り、それによってクラスの連帯感を生みだす。授業は選択制で学期ごと、クラスごとにメンバーが変わるので、これはクラスの基本的な雰囲気を作るのに役立つ)があり、これを手にした人だけが発言していいというルールである。発言したい人は手を挙げ、その時ボールをもっている人からそれを投げてもらって受け取れば話すことができる。教員もそのルールに従わなければならない・・・というようなことは、前もってジャクソンさんから渡されていた論文に書いてあり、何となくイメージはできていた。

1200925_kajitani01.jpg

1200925_kajitani02.jpg

これがコミュニティーボール

 さて、いよいよ授業開始。机つきの椅子がすでにサークル状に並んでいて、先生がみんなに私のことを紹介しながら席に着いた。私は彼の隣の席に座った。しかし、サングラスをかけてガムを噛んでいるなんてかわいいもので、フラフラ歩いている生徒はいるし、おしゃべりはしているし、なぜか食堂からもってきた(というのは後で私が食堂で昼食をとったので分かったのだが)日替わりのランチボックスを机の上に置いている生徒もいる。軍服を着ている子もいる(高校生でも軍関連の仕事をしているのか?)。うーん、さすがアメリカだなあ、と妙に感動する。
                                 (続く)

Recent Entries


  • HOME>
    • ブログ>
      • 梶谷真司「邂逅の記録19:ハワイ大学との共同夏季比較思想セミナー報告(10)」
↑ページの先頭へ