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【報告】賀桂梅講演会「伝統を再び“発明”する」

2012.08.06 石井剛, 星野太

2012年7月31日、UTCPのL3プログラム「共生の政治国際会議」(コーディネーター:石井剛)のイベントとして、賀桂梅氏(北京大学中文系副教授)の講演会が開催された。

賀桂梅氏は中国の文学史、思想史、および現代の批評理論を専門としており、これまでに『「新啓蒙」的知のアーカイヴ 80年代中国文化研究』、『歴史と現実の間』、『ヒューマニティの想像力 現代中国の思想文化と文学をめぐる問題』など数多くの著作を刊行している(いずれも中国語)。今回は、孫軍悦氏(東京大学教養学部講師)の通訳のもと、「伝統を再び”発明”する」というタイトルで講演が行われた。

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賀氏によれば、近年の中国では極めて広範な「伝統文化ブーム」が見られるという。それは、80年代から90年代にかけての中国が「反伝統」に傾いていたのとは対極的な現象である。賀氏はその「伝統文化ブーム」に焦点を当て、その背後にあるさまざまな要因を多角的に分析してみせた。

その第一点目の要因としては、「国家イデオロギーの構築」という問題がある。近年の中国では、かつての毛沢東の時代とも鄧小平の時代とも異なる、「復興の道を歩む中国のイメージ」が歴史劇や歴史番組を通じて表象される傾向にある。いわばこれは中国の(とりわけ共産党の)歴史を「中国の復興」という観点から再構築しようとするものであり、こうした歴史の表象の仕方は2008年の北京オリンピックの開会式や閉会式などにも見られるという。

また第二点目として、人々の「社会心理の変化」が挙げられる。近年の中国では、伝統的な儀礼や道徳、さらには四書五経をはじめとする古典への関心が高まっており、出版業界や中央テレビ局では古典を扱った書籍や番組が大ブームになっているという。また、伝統的な祝日の復活や民族的な衣服への関心の高まりなど、社会全体の傾向としてノスタルジックな感情が見られるということが、伝統文化ブームの第二の要因となっている。

さらに第三点目としては、「経済」の問題が挙げられる。90年代以降の観光産業とメディア文化産業の拡大にともなって、まずは政府がそれを主要な産業のひとつとして位置づけるようになった。この意味において、伝統文化とは重要な「経済的リソース」であり、映画やテレビ番組においては伝統文化を主題としたドラマが数多く制作されている。さらに観光産業に目を向けると、近年では歴史上の偉人の故郷や墓地の「所有権」をめぐって、各地域で発掘調査が活発化するという事態にもつながっているという。

最後の第四点目として、「伝統社会」と「近代社会」という西洋のモデルが、20世紀末に疑問に付されていったという事実が挙げられる。具体的には、80年代に台頭した新儒家が大きな影響力を持つようになり、儒教の復興をめざすという価値観が社会の中で次第に存在感を増していった。こうした儒教復興を背景に、グローバリゼーションの時代における中国文化の主体性を訴える声が拡大していること、それが「伝統文化ブーム」の四番目の要因である。

整理すると、現代の中国には(1)新しい歴史記述、(2)民族心理の構築、(3)文化産業、(4)近代への反省などによって映し出されるさまざまな「伝統」の姿があり、それが複雑に絡み合うプロセスの中でその都度「伝統」は語り直されている。賀氏がこの講演会のタイトルに掲げた「伝統を再び”発明”する」という言葉は、伝統がこうして語り直され、つねに「発明」されつづけるものであることを含意している。

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その後の質疑応答の際には、講演の中で提示された問題がさらに詳しく検討された。とりわけ、80年代に「伝統復興」に先鞭をつけた李沢厚、とりわけ彼の1986年の論文「啓蒙与救亡的双重変奏」(邦訳は「啓蒙と救国の二重変奏」)の抱えた矛盾をめぐる議論は、中国研究の門外漢である報告者にとっても大変興味深いものであった。

賀桂梅氏の講演の中で提示された「伝統の再発明」という問題は、狭義の中国研究にとどまらず、「近代化と伝統」という普遍的な問題をめぐるケース・スタディとしても大きな示唆に富むものである。実際、各文化圏における「伝統の再発明」という事態は、今日さまざまな場所で目にすることができる。今後、そのような再発明のプロセスがより詳細に検討されることを期待しつつ、本報告を終えたい。

(報告:星野 太)

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