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【報告】ジョセフ・マーフィ講演会「科学と文学」

2012.01.30 └レポート, 齋藤希史, 柳忠熙, 近代東アジアのエクリチュールと思考

2011年12月22日(火)、本学駒場キャンパスで、講演会「科学と文学」が開催された。ジョセフ・マーフィ氏(フロリダ大学)を講師とし、小森陽一氏(東京大学)の司会で行われた。マーフィ氏は、認知神経科学を利用した文学研究のあり方について報告した。また、この研究の出発点として、夏目漱石の『文学論』を取り上げた。

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 マーフィ氏は、文学と認知神経科学の特徴から話を始めた。文学は、信念や欲求に加えて、美的な問題が複雑に絡み合っている、高次元のプロセスを持つものである。認知神経科学では、このような文学の高次元の精神的な現象を、脳内の物質的な過程における因果関係として捉えている。
 
 認知神経科学による文学研究では、脳に関わる文学的なプロセスの存在を前提として、インターディスプリナリー的あるいは還元的な方法から文学を研究する。インターディスプリナリー的な方法とは、既存の学術分野の間に存在する、どこにも属していない部分を探ることである。還元的な方法とは実験科学を通じて結論を見出し、ある現象をより単純なエンティティの観点から説明することである。
 
 認知神経科学における文学研究の可能性を探るためには、ストーリーの「ナラティブ」性に注目する必要がある。なぜなら、人間社会は、ストーリーを通して情報を処理してきており、この情報の「ナラティブ」性こそ文学の特徴だと言えるからである。
 
 脳科学におけるナラティブについての研究は、脳の損傷によってストーリーを理解することができなくなってしまった患者を観察することから始まる。患者たちの症状は、脳内の物質的なプロセスと文学を理解する上位の精神現象との因果関係を考えさせる事例になるからである。
 
 ナラティブは計算するプロセスと、感情移入や同一化するプロセスとで構成された中位のプロセスの一つである。ナラティブの二つのプロセスは、それぞれ脳の異なる部分で働いている。つまり、人間のナラティブ理解力は、大脳の連合野が担っている情報処理プロセスを解明することで説明できるという。
 
 この問題を検証するには、まず実験のモデルを想定する必要がある。マーフィー氏は、ナラティブの特徴を、終幕・時間系列・擬人化・同一化・コンテクスト合図に整理した。このモデルに従って作成された「文学」テキストを被験者に読ませ、その際の脳活動を行動的記法・ERP・PETスキャン・fMRIを使用して観察する。この実験を通じて、氏は、ナラティブ理解における、終幕を閉じるプロセス・時系例プロセス・感情を同定するプロセス・きっかけとなるプロセス、それぞれの根底にある認知的および神経的なメカニズムを研究している。

 つまり、「文学」と想定できるテキストを読む被実験者の脳活動を観察し、ナラティブの処理プロセスの神経的な様子を具体化することで、「文学」を説明するのである。以上の認知神経科学における文学研究の発想は、夏目漱石が『文学論』で取り上げた「f+F」と類似するものである、という。

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 マーフィ氏の講演後、多様な質問とコメントが出された。その中で、実験に使用するテキストを「文学作品」と見なすことができるかどうかについて質問があった。例えば、fMRIで実験を行う場合、被実験者はナラティブの処理プロセスを確定しやすい実験用テキストを読むことになる。実際に普通の長編小説を読むことはできない。つまり、この実験用テキストを、文学作品として認めることが難しいという指摘だった。
 
 マーフィ氏は、この質問を受けて、文学作品をそのまま実験に導入することの難しさと実験における現時点の限界を認めた。しかしながら、これはあくまで現時点での問題であり、科学技術の発達に伴って、新たな研究方法や技術が開発されるだろうと答え、最後に、今回の発表は、そうした研究の試みの一つとして捉えてほしい、と挨拶を兼ねて述べた。

(文責: 柳忠熙)

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