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時の彩り(つれづれ、草) 128

2011.01.16 小林康夫

UTCPムーヴィー
昨年のパレスチナ/イスラエルの旅の膨大な記録を、西山雄二さんに編集していただき、15分の映画をつくってもらいました。当ブログの西山さんのものからYouTubeに接続してごらんいただけるようになっています。同時に、3年前のアルゼンチンの旅の記録も新ヴァージョンがアップされています。

記録の映画とはいえ、ごらんになっておわかりのように、シンポジウムの全記録を目指したものではありません。むしろ(本来的な意味での)「旅」という次元を浮かび上がらせることを狙っているといったらいいでしょうか。わたしは、人文科学の研究というより「実践」は、本質的な意味で「旅」であると考えています。「観光」ではなく、「旅」。ほとんど「巡礼」に近いような「旅」。そういう次元が重要であるということを確認すること、と言ったらいいでしょうか。一方では、向こうの研究者との交流に基づいた国際シンポジウム、他方では、ひとりの孤独な「旅」の思考、その二つの異なった次元を、きれいにつないで「作品化」してくれる西山雄二・監督!に感謝です。

まあ、こうして別な人の眼を通して作品化された自分の姿を見ると、もちろん差異の感覚はあるわけで、たとえばわたし自身のこの「旅」の感慨は、最後のアコという街でとうとう!地中海、ああ「海」よ!――に戻ってきたところにあったわけですが、そういうわたし個人の感傷はばっさりカットされて、「もうひとつのend」が虚構化されるわけですね。それがおもしろい。自分の「旅」だが、もはやこれはわたしのものではなく、そこには行かなかった西山さんの「旅」にもなっているのです。その視点の交錯が興味深いのです。

ともかく、映像には、身体が映りこみます。この映像はすべてまったく演出なしの現場の映像です。隣でバナナを食べている人(トラヴァールさんですね)も映る、検問所を通過しながら(映像を見ると思い出すのですが)わたし自身が無意識で、怒りから両手をばたばたさせているのも映る、そのとき自分が「C’est pas possible!」(アリエナイ!)と何度もつぶやいていたその声が聞こえてきます。そう、そのような身体がそこにアッタ、そこに(まだ)アル、ということが映像の力なのだと思います。

(連載の「UTCPの実験2」は明後日以降に!)

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