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時の彩り(つれづれ、草) 116

2010.10.12 小林康夫

「三田文学」

 先週末のこと、自宅に「三田文学」の最新号が届いた。ありがたいことに毎月、「新潮」や「すばる」など何冊か文学雑誌を送ってもらっているのだが、「三田文学」ははじめて。いったいどうしたことだろう?と思って頁を繰っていたら、吉増剛造さんの「無限のエコー」という、吉増さんが去年なさった「詩学」の講義の採録のテクストのなかに、わたしの名前を発見。

 今年の7月に坂部恵先生を追悼するシンポジウムを行ったときに、その最後にわたしが読み上げた文章、吉増さんも登場するので、その原稿をお送りしていたのだけど、それを取り上げて、「啓示的とさえ(読んでおりましたわたくしには、・・・)いうことの出来る一文でした」と望外のお言葉。応答、嬉しかったです。そして吉増さん、そのテクストのなかに、わたしも講演の最後にプロジェクターで映し出した、坂部先生がご自分の論文のなかに挿入された、渦巻く雲の写真を掲載しているのでした。

 坂部先生、吉増さん、そして私と時間と空間を越えて、しかも幽明境を越えて、三人のあいだになにか「風のパス」が通ったみたいな感動がありました。そういうことがほんとうの「文化」の手応えなんですねえ・・・・だが、そこにもうひとつ付け加えれば、ニーチェあるいはヴェネチア。

 というのも、吉増さん、坂部先生が若いときに訳したニーチェのヴェネチアの詩の訳をそこで掲げていらっしゃる。「運命愛と音楽の倫理」という論文からのもの。「わたしの心、弦を張った楽器」という一行が突出するロマンティックな詩なのですが、先生、その憧れのヴェネチアには行かれたことがなかったのに、UTCPが2006年春だったか、ミラノでシンポジウムを行ったときに先生に来ていただいて、その後、わたしの友人たちと一緒にヴェネチアにお連れしたのでした。先生、どんな思いで「橋のほとりに、鳶色の夜につつまれて」たたずんでいられたのかなあ、と今になって感慨しきり。坂部先生をヴェネチアにお連れしたのはわたしだ!――わたしの数少ない「自慢」です。

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