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【UTCP Juventus】金原典子

2010.09.10 金原典子, UTCP Juventus

2010年のUTCP Juventus第18回は金原典子が担当します。 本稿では私の経歴と現在関心のある事柄をご紹介いたします。

 私は修士課程まで文化人類学の方法論を用い、移民研究を行ってきました。私自身、幼い頃より日本・トルコ・アラブ首長国連邦・インド・米国と移動の多い生活を送り、新しい土地に慣れることの難しさを身をもって体験してきたこともあり、人々が移動を通して築く人間関係や場所の認識の様態、そして移民が移住先の地域やそこに存在する制度の中でどのように捉えられるのか、といったことに関心を寄せています。

 米国・ニューヨーク州北部にあるBard Collegeというリベラル・アーツの大学で書いた卒業論文では、ニューヨーク市のクイーンズ区アストリアに居住または勤務する出身が多様な人々がどのような形の≪近所づきあい≫をしているか、そして出身地や居住地を含む≪場所≫をどのように認識しているか、をフィールドワークを通して調査しました。そこから見えてきたことは、彼らは現在の居住地であるアストリアよりも自分たちの出身地であるギリシャやアルジェリア、クロアチアについて多くを語り、現在のご近所よりもこれら出身地でつながる人脈を大切にしているということでした。しかし、その中でも一部のムスリムの人々は出身地よりも信仰を通した人間関係の築き方を実践しているということも分かり、以降の研究の主な関心事となりました。
 
 修士号は東大・駒場の地域文化研究科と英国のUniversity of Oxford、Migration Studiesで取得しました。こちらではアルジェリア出身の移民男性がロンドンで体験する「反社会的行動(anti-social behaviour)」の取り締まりについて研究を行いました。また、UTCPの博士課程二年目となった現在は、日本学術振興会の特別研究員として「イスラーム信仰復興運動における共同体(ウンマ)意識―イギリスの若い女性信者の場合」というタイトルで研究を行っております。(※以上二つの研究の詳細は昨年のJuventus 2009年9月30日号に記載されていますので、こちらを併せてご覧下さい。)
 
 最近ではこれまでのテーマであった人の移動の他に、日本史や日本思想史の授業にも顔を出すようになりました。これらは一見、私の研究と関係がないように見えますが、これまで私が教育を受け親しんできた欧米の人類学の方法論を相対化して考えるという点で非常に新鮮かつ有意義な時間を過ごしています。フランスや米国の理論の重きを置いた研究方法とは異なり、歴史学が重視する、一次資料を丹念に読み、当時の政治的・歴史的文脈を幅広く理解して当時の人々の目線に立つことの重要性に気づかされました。これはフィールドワークにおいても同じだと思います。他者を完璧に理解することは難しいかもしれませんが、少なくとも自分がもつ先入主を乗り越える努力を絶えず怠らないことは大事であると思います。自分が現在もつ思考枠組みや既存の理論を主として他者を理解するのではなく、一次資料やフィールドワークで得た生のデータを基に過去、そして現在を見直してみたいと思うようになりました。現在欧米生まれの理論に基づく研究が主流となっていることは否めないと思いますが、それ以外の視点、例えば駒場で出させていただいた歴史・思想史の授業で用いられた手法、また特に一神教ではない宗教に影響を受けた人々の思想・歴史を見直すことで、新たな知の可能性が生まれてくるのではないかと感じています。
 
 国家、宗教、西洋、東洋、など- 頭の中にできあがった二項対立的な思考様式を克服したいと思いながらもそこから抜け出せることのできない自分がいます。しかし、当たり前のことですが、人々と会話をすればする程、人間の考え方は複雑であり、一定の枠組みに押し込むことの難しさを感じます。ロンドンにおけるフィールドワークでは、アルジェリア系の男性を取り締まる警察官の人種差別的な考え方に辟易としながらも、彼は彼なりに(多少の偏見はあるにせよ)自分たちのやり方に問題があることを認識していることに気づきました。また、私が批判していたジャーナリストに実際会って話してみると、彼が短絡的な発想で文章を書くことの理由は常に短時間で≪売れる≫記事を書かないと食べていけないという彼の経済状況にあることが分かりました。最近では、戦時中に「日本宗教精神」に基づいた「日本基督教」について論じ、天皇中心の国家を肯定した神学者、魚木忠一について学びましたが、当時のファシズム的政府の厳しい監視体制という歴史的文脈を考えると、彼が一概に戦争に加担していたと位置づけることはできないと思いました。自分自身の頭の固さと視野の狭さに気づかされることばかりですが、これから少しずつ変わっていくことができたらと思います。

金原典子

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