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【UTCP日本思想セミナー】Reconsidering Gendered Modernity - Love Marriage and Divorce in Prewar Japanese Literature

2010.03.14 金原典子, 内藤まりこ, 日本思想セミナー

3月11日、UTCP日本思想セミナーとして鈴木美智子氏(インディアナ大学)による"Reconsidering Gendered Modernity - Love Marriage and Divorce in Prewar Japanese Literature"と題された発表が行われた。

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女性は常に近代的な進歩を表すシンボルとして捉えられてきた。つまり、女性のあり方が国家の近代性の指標となることだとされてきた。しかし、鈴木氏は女性をシンボルとして捉えるのではなく、近代化に自ら参加し、自己を完成させようとしていた人々として捉える。発表では、Becoming Modern Women: Love & Female Identity in Prewar Japanese Literature & Culture(2010、Stanford University Press)に基づき1910年代から1930年代(prewar period)において女性が近代的な人間になろうと試みた過程が宮本百合子の『伸子』(1924-26; 1928)を通して分析された。鈴木氏は、1920年代という歴史的・社会的な背景を重視しながら、この小説における宮本の恋愛結婚イデオロギーと言説(love marriage ideology and discourse)の捉え方、そしてまたそこから見える当事の社会的背景を考察する。

1920年代に盛んであった恋愛結婚イデオロギーは、恋愛が結婚の前提にある「恋愛結婚」を勧める。日本では明治期から、キリスト教の影響により近代的な自己及び国家を築くためには恋愛をすることが必要だとされてきた。20世紀初頭には、文学者により恋愛結婚が勧められた。1920年代の女性作家は、政治的な権力においてまだ男性とは平等ではない女性は、恋愛をすることで自己を完成し、自己表現できると捉えた。恋愛結婚をすることで、制度的・政治的には男女は不平等であっても、内面的には平等でいられると捉えたのだ。エレン・ケイや平塚らいてうはこのような考え方を日本に広めた代表的な人物である。

プロレタリアン作家であり、投獄された経験も持つ宮本百合子(1899-1951)も、恋愛結婚イデオロギーを『伸子』の中で扱っているが、その捉え方というのは時代的背景及び彼女の政治的関心に影響されている。『伸子』は、宮本自身の体験に基づくとされている。多くの批評家は『伸子』を宮本の自伝として捉え、宮本が結婚に対して反対しているというような読み方をする。しかし鈴木氏によればこのような読み方はあくまでも戦後の産物であり、この小説の書かれた1920年代の社会的、歴史的コンテキストにおいての分析ではない。宮本の作品を当事の日本における文学的言説、また世界的な共産主義の運動の中においてみると、彼女の作品が恋愛結婚イデオロギーにより近代的な自己及び国家形成にたどり着く、という単純な考え方の批判であることが分かる。

『伸子』の1924,26版では、理想としての恋愛結婚において、男女が相互的な平等の関係においてお互いを完成していく、という恋愛結婚イデオロギーについての疑問がいささか窺えるが、恋愛結婚自体については批判されていない。しかし1928年版では、恋愛結婚が完全に否定されるようになる。この背景には1920年後半から、文学的言説において男女平等の関係を築くであろうとされた恋愛結婚イデオロギーの単純さが益々疑問視されるようになり、議論が近代的な正しい離婚のあり方へと移っていったことがある。鈴木氏によると、宮本は『伸子』の中で結核にかかる伸子の夫を通して、恋愛結婚の問題、つまり結核でありながら伸子と結婚をした夫の罪や非道徳性を描きだしているとする。このような読み取りは、当事の文学に於ける結核の比喩的な扱いと比較することで分かる。結婚も離婚も全く反対のものではなく、共に1920年代に起こった恋愛結婚イデオロギーとそれを取り巻く言説に基づくのである。驚くことに1928年に出版された『伸子』では、恋愛結婚イデオロギーに関するすべてが消されている。そして、伸子は結婚について疑問を持つようになる。宮本が1930年台初頭に共産党に所属していたことも踏まえて分かるのは、この版では、宮本が恋愛結婚というブルジョワ的な制度を批判していることだ。鈴木氏はこのように、歴史的コンテキストにおくことが正確な分析のためには重要であると結んだ。

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発表後には、司会者であった内藤まりこ氏(UTCP PD研究員)を始め参加者から鈴木氏へ質問があった。宮本がどのような思想の流れの中に自らを位置づけていたのか、国家に対してどのような立ち位置にいたのか、小説の中でなぜ肉体的な関係について触れていないのか、などの質問に対し、宮本のプロレタリアン作家としての思想、モダニスト女性作家として肉体関係について書けなかったこと、などが答えられた。現代における恋愛と結婚を歴史的な文脈において考えるという意味でも大変興味深い発表であった。

報告者:金原典子

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