Blog / ブログ

 

【報告】第7回こまば脳カフェ

2010.02.05 └こまば脳カフェ, 筒井晴香, └こまば脳カフェ報告, 脳科学と倫理, 科学技術と社会

2010年1月26日、本年度最後となるこまば脳カフェ「他人の損失は自分の損失?―共感を支える脳活動―」が開催された。今回は慶應義塾大学文学部心理学研究室の福島宏器さんをゲストとしてお迎えし、他者への「共感」の基盤となる神経活動を探るご自身の研究についてお話しいただいた。

100126_7th_Brain_Cafe_Photo_01.jpg

心理学や脳科学において研究の対象になっている「共感」とは、私たちが他人の感情や経験を共有・理解するという現象、あるいはその働きのことである。社会心理学では50年ほど前から研究が重ねられてきたテーマだが、ここ10年の間に脳科学の分野でも様々な知見が得られてきた。この「共感」について、現在、脳科学の研究者の間で得られている認識は次のようなものだ。私たちの脳には、他者の経験を自分の経験のように処理するメカニズムがあると考えられる。例えば、自分がある動作をしたときに活動する脳領域の一部が、他者が同じ動作をするのを見たときにも同じように活動する、といった具合である。運動だけでなく、様々な感覚や情動についても同様のことが観測されている。このような脳の働きが、他人の感情や経験を理解する「共感」の基盤になっていると考えられる。

福島さんが共感について研究する上で注目するのは、共感に多様性があるという点だ。例えば、私たちはふつう親しい相手ほどより強く共感する。また、他者に共感を抱きやすい性格の人もいれば、抱きにくい性格の人もいる。このように、状況や個人によって共感のあり方は様々に異なる。福島さんの研究は、脳活動の計測を通して共感の多様性を捉えることを狙ったものだ。

脳活動を計測する方法は幾つかあるが、福島さんの研究では脳波の計測という方法が用いられる。これは多数のニューロンの活動に伴って生じる電位の変化を、頭皮に張ったセンサーで記録するというものである。脳波は、何かを見る、聞くといった特定の出来事に応じて、特有の変動パターンを示すことが知られている。以下で見る実験の手がかりとなるのは、行為に成功した時と失敗した時に生じる脳波のパターンの違いである。それぞれの場合に生じる脳波の差を取ると、ある特徴的な波形が現れるが、これは行為評価電位(MFN)と呼ばれる。MFNは額の上あたりで最もはっきりと観測され、学習に関する脳内のメカニズム(失敗を検出して、補正に役立てるメカニズム)の活動を反映していると見られている。

100126_7th_Brain_Cafe_Photo_02.jpg

MFNは、選択に応じてお金をもらえたり、逆にお金を取られたりする「ギャンブル課題」における、金銭的な損得に対して生じることが確認されている。福島さんはこれを踏まえて、ある実験を行った。それは、被験者が自分でギャンブル課題をやる時と、被験者の友人が同じ課題をやるのを見ている時、そしてコンピュータプログラムが同じ課題をやるのを見ている時、それぞれの脳波を測って、MFNの有無や大きさを調べるというものだ。結果として、友人の成功・失敗を見る時には、自分が成功・失敗する時よりも小さいものの、自分の時と同じようにMFNが生じていたのに対し、コンピューターの時には明確な反応が検出されなかった。ここでは、被験者自身と友人の金銭的利害は独立だったにも関わらず、被験者は友人の損得に対して、自分の損得に対するのと似たような脳波を示しているという、興味深い結果が得られている。

さらに、福島さんは、友人との金銭的利害が一致したり、対立したりするという条件でも実験を行っている。注目すべきは、友人が課題に成功すると自分のお金が減り、逆に失敗すると自分のお金が増えるという条件である。被験者は「相手が失敗するとかわいそうだが、自分の利益になる点では嬉しい」といった、相反した気持ちを抱くだろう。この時、脳波はどのように変化するのだろうか。この条件のもとで得られた実験結果は、個人間のばらつきが大きいものだったが、その個人差を最もよく説明するのが、男女差という要因であった。利害が対立する条件で、被験者が女性の場合はMFNが生じていたのに対し、男性の場合はそれが見られなかったのである。興味深いことに、課題を行った後の主観的報告からは、女性も男性も同じように、他人が損をするとくやしいと感じていたという結果が得られている。つまりこの場合の女性群の結果は、本人に意識された感情と、脳の反応とが食い違っている様子を示しているのである。このような男女差は、様々な生物学的・社会的要因が絡んで生じてくるものと考えられる。

以上が、今回ご紹介いただいた福島さんの実験の概要である。最後に共感に関する脳科学研究の今後の課題として、共感を支える具体的なメカニズムの解明や、遺伝子研究、文化比較研究などと絡めた上での個人差の解明といったことが挙げられ、話題提供が締めくくられた。

100126_7th_Brain_Cafe_Photo_03.jpg

今回、事前のミーティングで、福島さんには「ご自身の実験手法や内容について、出来る限り詳しく説明を」とお願いしてあった。実際に、福島さんには限られた時間内で丁寧な説明をしていただいたが、他方で、専門的知識を持たない方にとっては、多少複雑でややこしいと感じられる部分もあったかと思う。おそらくそのせいもあり、議論は日常的関心に即した問題よりも、実験の解釈や、研究の文脈で用いられていることば・概念について、詳しく検討するような問いが多くなった。ファシリテーターとして、専門的な表現ややや込み入った議論に対しては、そのつど可能な限り解説・まとめを行うよう留意したつもりである。

以下、議論で出た話題の一例を紹介する。
一口に共感と言っても、「他人がある感情を感じていると理解することで、それと同じような感情を持つ」という状態もあれば、「自分が他人に同化するような感じで、他人と同じように自分もその感情を経験する」といった、いわゆる「感情移入」と呼ばれるような状態もある。実験では「共感」としてそのどちらを想定しているのかがよくわからなかった。このような問いに対し、次のような回答がなされた。実験で採用されている「他者の経験を共有・理解する」という共感の定義は、どちらも含むようなものになっており、具体的には共有が後者のような他人に同化する状態、理解が前者のような「頭で理解する」状態に当てはまると言える。今回の実験は、ある反応が両者のどちらを示しているのかというところまで詳細に調べられるものではないが、MFNが生じる早さなどから、どちらかというと自動的に他人に同化する種類の処理を反映しているのではないかと考えている。また、頭で考えて生じる「認知的共感」と、感情的な反応としてひとりでに生じてくる「情動的共感」を生じるメカニズムの違いについては、fMRIなどの手法を用いて、少しずつ研究が進められている。
 
上で述べたように、今回は比較的専門的な色彩の強くなった回であったと思う。この点に関連し、今後のこまば脳カフェのあり方について、以下、私見を述べておきたい。

今年1年を通して計7回のこまば脳カフェを開催してきたが、参加者には脳科学・認知科学や哲学を専攻する大学院生・研究者の方々もいれば、脳科学の話題に興味を持つ一般の方々もいるというのが通例であった。こまば脳カフェは研究会ではないため、専門的知識を持つ人だけが共有できる話に終始してしまうことは会の趣旨にそぐわないだろう。(とはいえアンケートで「カフェでなく研究会のようだった」というご意見を頂くこともあり、運営スタッフとして反省するところである)
だが一方で、教科書的な話や、分かりやすく噛み砕いた話だけに終始してしまっても、やはりこまば脳カフェという場の特性を生かしきれないのではないのかと感じている。研究者の方々がいま実際に考えたり、悩んだり、互いに意見を違えたりしている事柄を語って頂き、それを参加者の間でなるべく多く共有できるような場であることが、こまば脳カフェのひとつの望ましいあり方ではないか。そのためにはファシリテーターによる議論内容のフォローが重要であると感じている。

筒井晴香(共同研究員)

Recent Entries


↑ページの先頭へ