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【報告】渡辺公三「レヴィ=ストロース『神話論理』の論理」

2010.02.17 大橋完太郎, 時代と無意識

2010年1月29日、先年没したフランスの文化人類学者レヴィ=ストロースをめぐる講演会がおこなわれた。

昨年の秋、クロード・レヴィ=ストロースが101歳の誕生日を目前にして逝去したというニュースはまだ記憶に新しい。レヴィ=ストロースはきわめて旺盛な好奇心を携えた文化人類学者であり、「現代思想」を準備した構造主義者の先鋒とみなされ続けているということ、またその筆は晩年も衰えることなく、思想・文学の領域のみならず、狂牛病に代表される同時代の問題を論じて倦むことがなかったということは、フランス人のみならず世界中の多くの人たちが知るところであろう。

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明けて1月29日、フランスから随分と離れた東京・駒場においても、レヴィ=ストロースについて今一度考える機会が設けられた。彼の仕事を一生の課題として追い続け、近年、次々と、レヴィ=ストロースの主著である『神話論理』(みすず書房)の大部に渡る翻訳や、彼の思想形成を丹念に追いかけた労作『闘うレヴィ=ストロース』(平凡社)を――まさにその死の直後に――公刊し、レヴィ=ストロースの思想に対する一つの重厚かつ体系的な読解を完成しつつある渡辺公三氏(立命館大学)を講演者としてお迎えできたことは、レヴィ=ストロースの営為を考え直し、新たに考え始めるためのまたとない機会となったに違いない。席を埋めてもなお引きも切らぬ聴衆の多さが、レヴィ=ストロースに、そうして日本におけるその第一人者である渡辺氏の発言に寄せる関心の高さを物語っていたように見える。

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渡辺氏の講演は、先述の『闘うレヴィ=ストロース』の内容を下敷きにしながら、若き日、ブラジルに渡る以前のレヴィ=ストロースの知的営為を追いかけていくことから始められる。若き社会主義者として学生時代を過ごしたレヴィ=ストロースの文筆活動は、渡辺氏の著作に詳しいところではあるが、氏が今回、その中でも注目したのは、レヴィ=ストロースにおけるカント主義的転回とでもいうべきものであった。ポール・ニザンの『アデン・アラビア』の書評(1931)中に書きつけられた「思弁的理性」と「実践的理性」との不均衡な関係、また自然と人間とのアンチノミ―といったテーマ群は、ブラジルに旅立つ前の最後の寄稿となったシュルレアリストであるジャック・ヴィオの書物『白人の降架』書評(1933)において、近代西洋が自然を西洋化することで打ち立てた「当座のモラル=仮の道徳 morale provisoire」に対する強い批判となって表れている。革命と自然を近接させ、そこに「基礎づけ」の契機を見出すこと、この「基礎づけ」が、まさに理性の根源たる「構想力」の次元において行われなければならないこと、青年時代のレヴィ=ストロースの思想が、いわばこのようなカント的自然革命というべきものに彩られていることが明らかとなる。


渡辺氏のこうした指摘からレヴィ=ストロースの営為を見直したとき、彼がブラジルに渡ってからおこなった神話・親族の構造分析のすべてが、反=西洋的なパースペクティヴのもとで行われた「構想力批判」とでもいうべきものとして現れてくる。神話論理の探究は構想力を駆動させる「図式」の探究であり、結果としてレヴィ=ストロースがそこで見出したものが、「種」であり「種操作媒体」という概念であった。(ほぼ同時代にコジェーヴのヘーゲル読解へとフランス思想界が傾倒していくことに対する危惧感、というか反骨の機運がレヴィ=ストロースにはあったのではないか、と渡辺氏は重ねて指摘している。)

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「神話」の位相が明らかになる。だが、レヴィ=ストロースによって行われた西洋理性のこうした「批判」は、重層的に行われるカント的基礎づけの「建築術」とは趣がまったく異なるものであったということも、渡辺氏が最後に――パフォーマンスをおこなうかのように――示していることでもあった。微妙な差異を含みつつ時代時代を超えて変奏され続けていく神話のヴァリエーションを書きつけるレヴィ=ストロースとは、「神話論理」の体系に身を沈め、十全にそれを楽しみながらそれを一緒に奏でていた人物だったのではないだろうか。渡辺氏の口調や表情も、語られた神話を語りなおすとき、楽しみに満ちた深い和らぎを見せていたように思える。あたかもそのとき、レヴィ=ストロース/渡辺公三による神話の変奏を――音楽を聴くかのように――耳にしたという印象を持った方も、聴衆の中にはいるのではないだろうか。


渡辺氏がレヴィ=ストロースを介して示してくれた哲学と神話論理との共生のヴィジョンは、哲学史、現代思想、あるいは「構想力」を作動させるあらゆる知的営みを振動させ、来るべき新たなハーモニーを予想させるような、きわめて実り多いものであった。渡辺氏とUTCPリーダー小林康夫氏との長きにわたる友情が、レヴィ=ストロースの思想の倍音のようにその場に響いていたというと、蛇足になるだろうか。ともあれ、大いなる盛況のうちに幕を閉じた今回の講演会に際して、御出演いただいた渡辺公三氏、およびご来場いただいた聴衆の方に、心から感謝を申し上げたく思う。
(大橋完太郎)

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