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【UTCP Juventus】 中澤栄輔

2009.08.07 中澤栄輔, UTCP Juventus

2009年のUTCP Juventus,第3回は特任研究員の中澤栄輔が担当します.

  このUTCP Juventus,若手研究員が各自の研究活動などを紹介するというものですので,わたしも自分のこれまでの研究,これからの研究について述べたいと思います.

  わたしの研究テーマは「記憶の哲学」です.「~の哲学」というのはいろいろありますが,残念ながら記憶の哲学はそれほど流行っていません.流行っていないというより,そもそも記憶の哲学というのがあるのかどうかも疑わしいのです.

  もちろん,哲学史的に記憶といえば,アウグスティヌスの『告白』,ベルグソンの『物質と記憶』など,さまざまな哲学者がこれまで「記憶」をテーマに論じてきました.すなわち,記憶は哲学のテーマでした.でも,いま,記憶研究の中心は心理学や脳神経科学に移っています.ですから,もはや記憶は自然科学のテーマであり,哲学にとってふさわしいようなテーマではないのではないかと思われるかもしれません.これが私のそもそもの疑問です.そして,この疑問に否定的に「記憶は哲学的に問題になりうる」と答えることが私の研究の目的なのです.

  では,具体的に,記憶にかんしてどういった哲学的問題が考えられるでしょうか.わたしが取り掛かりと考えているは「人間のアイデンティティ」です.アイデンティティの基準の候補として有力なのが記憶の連続性です.とりわけ最近は「記憶の脳神経科学が人間のアイデンティティにもたらす影響」というトピックで研究を進めています.このテーマは記憶の哲学の領域に属しているとは考えていますが,同時に,というより,むしろ,脳神経倫理学の領域に属するテーマなのかもしれません.つまり,記憶の脳神経科学の発展がもたらす倫理的問題を扱うわけです.とりわけ,記憶を操作する技術,なかでもトラウマ記憶などのマイナスの価値を持つ記憶を消去させること,あるいは改変させることを目指す技術の開発がわたしたちのアイデンティティにどのような影響を与えるのか,そういったことについて調査・検討しています.

  ぐっと話がそれる感じになりますが,この一年ほどで非常に痛切に感じているのが「社会」や「市民」といった視点の重要性です.脳神経倫理学という「倫理学」を扱っているわけですから,そんなことは当たり前かもしれません.でも,わたし自身の研究史からするとこれはかなり画期的な気づきでした.もちろん,脳神経倫理学の枠内で考えていますので,社会や市民といってもわたしの念頭にあるのは脳科学とそれを取り巻く社会や市民です.そこで,脳科学における科学コミュニケーションの実践,および現状の調査と分析,さらにあるべき姿の科学コミュニケーションの模索,こうしたことに非常な関心を抱くようになりました.

  以前から(といってもここ二三年ですが)科学コミュニケーションの実践には(ちょっとは)かかわっていましたが,専門である哲学と科学コミュニケーションとはまったく別ものと考えていました.科学コミュニケーションはいわばアウトリーチ活動としてやっていこうと思っていたのです.しかし,今はちょっと違います.もちろん記憶の哲学というテーマで研究は進めていくつもりではありますが,記憶の哲学というテーマに密接に関連させるかたちで科学コミュニケーションの実践および理論的考察を進めていく,このような企図をもっています.

中澤栄輔

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