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【報告】第2回こまば脳カフェ

2009.06.15 └こまば脳カフェ, └こまば脳カフェ報告, 中尾麻伊香, 科学技術と社会

2009年5月27日、第2回こまば脳カフェ「記憶を取り戻す!?食べて治す認知症」が開催された。今回は、東京大学大学院総合文化研究科でアルツハイマーに効果のあるとされる食物ワクチンの研究をしている野嶋純さんをゲストに、イタリアン・トマトCafé Jr.にて行われた。

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  野嶋さんの話は、アルツハイマー病のメカニズムの説明から、現在の研究の状況、そして今後の展望へと続いた。順に紹介したい。

  現在アルツハイマー病の治療法は確立されていないが、さまざまなことが分かってきている。アルツハイマー病患者の脳には、老人斑と神経原繊維変化という特徴がみられる。それらに対して主に、①阻害剤、②ワクチン、による治療が研究されている。

  野嶋さんが研究するのは、②のワクチン治療である。まずアルツハイマー病へのワクチン治療の先例が紹介された。この分野の先駆的研究を行っていたElan社は、ワクチン接種をしたモデルマウスに老人斑の消失と認知機能の改善がみられるという実験結果を得て、2001年に人間への臨床実験へとふみきった。ところがこの臨床実験は、一部の患者に副作用がみられたために中止となった。そこで副作用をおこさない、より安全なワクチン療法が求められるようになった。

  このような背景のもと、野嶋さんの所属する石浦研究室では、より安全だとされる「食物ワクチン療法」を研究することになった。現在、野嶋さんはマウスを用いて「Aβ米」という食物ワクチンの実験を行っている。食物ワクチンの利点としては、低温にしなくても室温で保存が可能である点、長期保存ができる点、そして一番の利点として、ゆるやかな抗原抗体反応をおこすことができる点が挙げられた。つまり、より安全であるということだ。

  しかし実用化に向けてはさまざまな問題がある。まず、食物ワクチンは、遺伝子組換え作物である。野嶋さんは、遺伝子組換え作物のなかでも、医療利用については許容できるとする割合が大幅に増えたアンケートのデータを示し、医療利用ならばより社会で許容されるのではないかと希望をもっていると話した。そして、日本における遺伝子組み換え作物を用いた薬品製造の先例として、「花粉症緩和米」をめぐる動向を紹介した。

  以上が野嶋さんの話の概要であるが、会場には終始活発な質問や意見がとびかった。ワクチン治療に関しては、「動物実験の結果をどこまで人間に適用できるのか」、「ワクチン治療でうまくいっている例はあるのか」、「ワクチン療法は社会に受け入れられるのか?」といった、シビアな質問が続いた。これに対する野嶋さんの答えは、動物だけでなく人間で実験しないとわからないことがある、ワクチン治療でうまくいっている例は知る限りではないが、阻害剤だと別の酵素にも働きかけてしまうので、ワクチン治療の可能性があると考える、というものだった。また、「ワクチンは、ターゲット(敵)があり、それを予防するものだが、老人斑はターゲットといえるのか」といった質問もでた。野嶋さんからは、老人斑はアルツハイマー病の症状と関係があることは確かだが、これがアルツハイマーのターゲットだとはいいきれず、今後の研究による解明が待たれる、という返答がなされた。

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  遺伝子組換え作物の「食物」と「薬物」利用へのイメージの違いについては、食物は知らずに食べてしまうが薬物は自分で選択できるということや、食物は生産者にメリットがあるが消費者にはメリットがなく、薬物の場合は消費者にメリットがあるという点が指摘された。また、世間には遺伝子組み換え作物のよい面しか知らされないことへの不安がある、どこかで悪影響を及ぼす可能性を否定できない、という意見もだされた。

  野嶋さんの研究は、実験室で完結するものではなく、Aβ米を作っているグループとの提携、さらに今後実用化されるためには、医学・薬学系との連携が欠かせない。また、「花粉症緩和米」などのほかの食物ワクチンの動向も密接に関連してくる。今回はこのような基礎研究をとりまく状況の一端を知ることができた。そして、実験室内の研究から外へ出る過程で起こりうるさまざまな問題について考えさせられた。アルツハイマー病のよりよい治療法が開発されることを拒む人はいないだろう。しかしその研究の過程で、さまざまな倫理的な問題も生じうる。それをどう考えたらよいのかについては、簡単に答えはでないが、さまざまな背景や利害関係をもつ人々と話し合いを続けていく必要がある。今回、アルツハイマーのワクチン治療をめぐる様々な側面が見えてきた。脳カフェは、共通の合意を得ることを目的としたものではない。こうした合意形成を目指さない会は必要であると感じている。参加者の多様な関心ゆえ、時間内に語りきれない点も残ったが、終わらない議論は、次回以降のこまば脳カフェ、そしてその他さまざまな場所で続けられたらと思う。

文責:中尾麻伊香

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