UTCP短期教育プログラム「エンハンスメントの哲学と倫理」活動報告
「エンハンスメントの哲学と倫理」では、人間の能力を科学技術によって増強することの倫理的是非を問題にしてきました。約1年間の活動を総括いたします。
そもそも、なぜ私たちがエンハンスメントを問題にしたのか。その動機を次のようにまとめることができます。
「集中力や記憶力などの知的能力を高める薬物や、脳とコンピュータとの直接相互作用を可能にするインターフェイス(BMI)、神経信号の読み取り技術に基づいたロボットスーツの開発。こうした技術は第一に、障害のある脳の治療を目指す。しかしそれに加えて、第二の目標として、人間の能力の拡張や増強、つまり、エンハンスメント技術をも視野に含むものである。しかし、エンハンスメント技術は、かりに能力の向上をもたらすものであったとしても、脳という精神の座に介入し、また有限の能力の枠内で生きるほかないという人間の生の基本的条件をも変更してしまいかねないといった点において、無条件に承認できるものではない。したがって、現時点で、社会がエンハンスメントにどのような形で対応すべきなのかを、哲学的・倫理学的観点から考察せねばならない。」(植原亮・UTCP共同研究員)
これが短期教育プログラム「エンハンスメントの哲学と倫理」を発足させた動機になっています。
短期教育プログラム「エンハンスメントの哲学と倫理」では次のように研究会を2回、それを踏まえてシンポジウムを1回行いました。2009年3月にはプログラムの研究成果を踏まえて「エンハンスメント論集」をUTCPブックレットとして刊行する予定です。
(1) 第1回研究会
静岡大学教授の松田純先生を招き、「サイボーグ技術の臨床応用とその先にあるもの」というタイトルでエンハンスメントの基本問題を論じていただきました。
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(2) 第2回研究会
慶応大学文学研究科後期博士課程の鈴木生郎氏を招き、「世界の中に人を位置づける―人についての四次元主義的捉え方に対する批判的検討―」というタイトルでエンハンスメント論争の哲学的基礎として人の同一性を論じていただきました。
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(3) シンポジウム
2009年8月23日に「エンハンスメントの哲学と倫理」を総括するシンポジウムが開催されました。本シンポジウムは短期教育プログラム「エンハンスメントの哲学と倫理」を総括するものとして企画されましたが、まだまだプログラム自体試みの段階にあるものであり、その意味では今後も同様の方向を継続していかねばなりませんが、その第一歩としては十分満足のいくものであったと思われます。
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(4) 総括に替えて
エンハンスメントという問題はいまだ議論の途上にとどまっています。われわれはこれからも継続的にエンハンスメントを論じ、近未来の科学技術がわれわれの人生や社会に及ぼす影響を哲学的に深化させていく必要があるでしょう。科学と社会の関係という観点から言うと、われわれには大きく分けて2つの任務が課せられていると私は考えています。ひとつは科学技術の暴走を止めるために、科学者にたいして倫理的・哲学的な提言を発信していくこと,もうひとつは,科学技術にたいする過度の不安を取り除くために科学技術にかんする知識を社会に発信していくことです。こうした両面をサポートしていくことが、哲学を専門にしているわれわれに課せられている任務であると考えています。(全体的な文責: 中澤栄輔(UTCP若手研究員))