Blog / ブログ

 

【現地報告@パリ】遺産相続と出版―ブランショとレヴィナスをめぐる出版研究動向

2009.01.25 西山雄二

1月24日夜、クリストフ・ビダンらが主宰するブランショ研究者のアソシエーション「Espace Maurice Blanchot」の会合がパリで開かれ、カナダ、フィンランド、ブラジル、韓国、日本のブランショ研究者が集まった。この団体には、日本からは郷原佳以さん(関東学院大学)と私が海外協力者として参与している。

Blanchotmtg.jpg

この日の議題は、昨年、エリック・オプノの編集で刊行されたブランショ「政治論集1953-1993」(Écrits politiques 1953-1993, Eric Hoppenot (éd), Gallimard, 2008)をめぐる問題に関してだった。ブランショの政治論集はすでにリーニュ&マニフェスト出版から刊行され、日本語訳も出ている。(Écrits politiques : Guerre d’Algérie, Mai 68, etc. 1958-1993, Lignes & Manifestes, 2003.『ブランショ政治論集1953-1993』安原伸一朗・西山雄二・郷原佳以訳、月曜社、2005年。)

ブランショの遺志により、彼の著作と未発表原稿についてはデリダが管轄役を引き受けていた。だが、デリダの死後、その役は遺族に移され、エリック・オプノを介してガリマール社で管理されるようになった。昨年、オプノは複数のテクストを追加して、『政治論集』を再編集して刊行した。だが、この再編集版は名前の表記や年代などの単純な間違いから、歴史的な事実の誤認、ブランショ研究の蓄積への無知に満ちたものだった。Espace Maurice Blanchotのメンバーを含む有志* はガリマール社に書簡を送り、再版時には間違いを訂正するように要請した。ガリマール社は作家ブランショとともに20世紀を歩んできた出版社として事の重大さを認めたのだが、オプノはこの要請に応じようとはしない。

* 署名者は、クリストフ・ビダン、ジャン=リュック・ナンシー、マルグリット・デリダ、ミシェル・ドゥギー、モニク・アンテルム、ダニエル・コーエン=レヴィナス、ジゼール・ベルクマン、レスリー・ヒル、マイク・ホランドなど

(『政治論集』再編集版の間違い一覧 ⇒ こちら

BlanchotEcrits.bmp BlanchotEcrits.jpbmp.bmp
(オプノによる『政治論集』再編集版とリーニュ&マニフェスト出版版の日本語訳書)

ウェブ・サイト「Maurice Blanchot et ses contemporains」を通じて活動を展開しているオプノはさらに、ブランショのテクストを集めて「イスラエル論集」を準備しているという。レヴィナスの親友だったブランショは確かにユダヤ的なものへの親近感を示し、イスラエル国家を支持する発言も残してはいる。だが、非人道的なガザ攻撃がなされたこの時期に完全にシオニスト的な文脈でブランショの論集を組むことは問題だろう。オプノの恣意的な判断ではなく、複数の研究者からなる編集委員会を通じてブランショの著作が刊行されることが望ましい。オプノのグループとEspace Maurice Blanchotのあいだで、ブランショの出版研究動向をめぐって微妙な駆け引きが今後も展開されることになる。

思想的な遺産相続をめぐる諍いは、ブランショの親友レヴィナスをめぐる諍いとも連関している。レヴィナスの未公開資料の保管場所に関して、アメリカのレヴィナス研究の第一人者リチャード・コーエンは、レヴィナスの娘シモーヌ・アンゼルに対してノースカロライナ州へのレヴィナス・アーカイヴの設置を提案した。ところが、レヴィナスの息子でピアニスト・作曲家として知られるミカエル・レヴィナスは、父のフランスへの深い愛着を理由にこれを拒否、1996年のル・モンド誌上に小文を載せた。

これ以降、シモーヌとミカエルの間には溝が生じているようである。シモーヌの義理の娘(息子の妻)ジョエル・アンゼルは元々カバラー研究者だが、近年はレヴィナス・シンポジウムや論集の組織で活躍している。2006年、レヴィナス生誕百周年の際には、シモーヌの夫でレヴィナス研究者でもあるジョルジュも含めたアンゼル家が中心となり数多くのコロックが開催された。サルトルの秘書を務めていたプロレタリア左派の活動家で作家のベニー・レヴィは、アラン・フィンケルクロート、ベルナール=アンリ・レヴィとともに、2000年にエルサレムにレヴィナス研究センターを創設する。レヴィナス思想を介してユダヤ性に目覚めたこれら「ヌヴォー・フィロゾーフ(新哲学者)」らは(毛沢東MaoからモーゼMoïseへの転向 !)、アンゼル家グループと深い関係をもち、レヴィナス研究に関して行動を共にしている。実は前述のオプノはベニー・レヴィの弟子筋にあたり、彼は2006年にこのグループと国際シンポジウム「レヴィナスとブランショ」をユネスコで開催したのだった。

LevinasBlanchot.jpg cahier.jpg
(シンポジウム「レヴィナスとブランショ」@ユネスコ、2006年。レヴィナス研究センター発行の研究論集。)

一方、ミカエルの妻で音楽学者のダニエル・コーエン=レヴィナスは主にフランス国内の学者を中心にしたレヴィナス・コロックを2006年に二つ開催している。現在進行中のレヴィナスの未公刊文書の整理出版は彼女によってなされており、近々その最初の成果が公になる予定だ。

一方で、娘シモーヌ・アンゼルの家族とレヴィナス研究センターのグループ、他方で、息子ミカエルとダニエル・コーエン=レヴィナス――両派は共通の友人をもちながらも決して学術的な催事を共催することはない。レヴィナス自身シオニストであったことを考えれば、この対立を単純なシオニストと反シオニストの対立に還元できるわけではない。遺産相続の問題は、現在、レヴィナスとブランショの出版研究に深い影響を及ぼしている。

テクストはそれ自体で存在するわけではなく、つねにコンテクストのなかで存在する。創作―研究―出版―受容の布置のなかで、著者―研究者―出版者―読者という異なる立場においてコンテクストは変化する。だから、ブランショとレヴィナスの出版研究動向はたんに専門家に関わることではなく、読者一般に対する彼らのテクストの価値にも関わるものだ。テクストは公刊されればどれも同じで、ただ一般に読められさえすればよいというわけではないのだ。

だがしかし、こうした政治的・思想的なコンテクストの諍いは、果たして、ブランショやレヴィナスのテクストがそもそも内在的な仕方で要請するものなのだろうか。テクストの固有名がコンテクストの布置連関に対して、何かを呼び求めているのだろうか。

※レヴィナス研究の動向に関する記述は、レヴィナス研究者・馬場智一氏(パリ第4大学)の談話に多くを負います。

(文責:西山雄二)

Recent Entries


  • HOME>
    • ブログ>
      • 【現地報告@パリ】遺産相続と出版―ブランショとレヴィナスをめぐる出版研究動向
↑ページの先頭へ